かげみたま-072-a:響く足音

 私は彩影監視協会の魂守、影山太郎。仲間二人と計三人で森の奥の廃小屋で異常を調査中だ。


 報告によれば、ここで夜な夜な足音が響き、聞く者の「色」を奪うという。かげみたま-005(囁く鏡)の破片が関与している可能性が疑われたが確証はない。


 私達は小屋に踏み込むと空気が重く、闇が墨のように体にまとわりつく。持っていたライトが闇を切り裂き、同時に足音が地面からではなく私の頭の中に直接響き始めた。


 最初に狙われたのは緑色(生命力)だった。足音が大きくなるたびに呼吸が浅くなり足元が黒く滲む。肌に墨のような斑点が浮かび始め、刺すような痛みが全身を襲う。


 仲間の一人、月見順子が叫んだ。私は彼女にライトを向ける。


「二人とも動くな! 足音が、足音が……!」


  彼女の腕が黒く染まり、皮膚が溶けるように剥がれ落ちる。血ではない黒い液体が床に滴った。かげみたまだ。私は目を閉じ、足音を封じる方法を模索するが頭が混乱する。


 そして彼女に白化の段階が訪れた。月見順子の姿が朧気になり線画の輪郭が揺らぐ。彼女の声が遠くなり、私の緑も薄れていくのを感じた。


 息苦しさが増し、まるで体が透明になる感覚だ。すると、もう一人の仲間・川崎省吾が提案した。


「儀式だ! かげみたまを喰らうしかない!」


 私はためらう。黒(恐怖)の浸食は人間性を奪う代償だ。だが、月見順子の白化が進むのを見て、決断した。小屋の床に滴り落ちた黒い物体、かげみたまの残滓を口にする。


 その行動を見ていた月見順子もかげみたまを口にした。味はなく、ただ冷たい虚無が喉を滑る。


 黒が私の心に広がり爪が鋭く変形した。頭の中に響いていた足音は止まり異常は一時収束する。


 しかし月見順子の姿は完全には戻らず、彼女の記憶が私の頭から薄れつつあった。この足音は影の残響なのか。それとも私たちの魂を試す何かか。


 これ以上は危険と判断し、一時撤退することに。月見順子は協会に保護され、様子を見ることとなった。


 調査結果:追加調査が必要。  記載者:魂守 影山太郎

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