婚約ダンジョン

@minakami_jyosui

第1話

10/31:全面的に改稿しました



今から30年前、突然ダンジョンが現れた。社会に混乱をもたらしながらも、ダンジョンから取れる多くの資源は、人類に大きな発展をもたらした。また、敷地内にダンジョンが発生して、ダンジョンの所有権を得た人は、ダンジョン貴族と呼ばれ、莫大な富を築く。この物語は、ダンジョンのもたらした社会の変化に翻弄される、1人の青年のお話。




電車を降りると、刺すような寒さにたじろぐ。季節は冬。コートからはみ出た指先を、乱暴に撫でる風。かじかむ指をポケットに突っ込み、改札へ急ぐ。最近は無人駅であっても、いや、無人駅だからだろうか、首都圏であれば、どこへ行ってもICカードが使えるので便利だ。改札を抜けて、待ち合わせ場所のロータリーへと向かうと、もうすでに相手は到着していた。



「おはようございます、先輩」



高校からの後輩であり、本日私を呼び出した彼女、松本結衣は、こちらを見つけるとハーフアップにまとめた長い黒髪を揺らしながら駆け寄って来た。黒のダウンジャケットに白いロングスカートをあわせた彼女は、こちらに駆け寄ると、大きな瞳を見開いて、私を上から下まで舐めるように観察する。



「先輩、そういう格好出来るんですね!」



彼女が驚くのも無理はない。私は普段、服装に無頓着。暖かければ何でも良いと、白い適当なTシャツにに黒いダウン、下はジーンズをあわせた格安没個性平均コーデに身を包む。ところが今日は、ライトグレーのスウェットの上に黒のチェスターコート。下は色の濃いジーンズをあわせた量産大学生コーデである。何よりる前髪をセンターパートに分け、軽くジェルで固めている為、風で前髪がだらしなくなることがない。正直人生で一番オシャレっぽい事をしていた。



「流石に今日はね、ちゃんとしてくるよ」



正直電車の中でも、今も、心臓バクバクである。柄にも無く、清潔感ある大学生っぽい格好をして、気持ち悪くないか。誰かに笑われているのではないか。自意識過剰と分かっていても、不安な事は不安なのだ。



「ちなみに監修は誰ですか?」



猫のように、いたずらっぽく笑った後輩から、私の事を良く理解している質問がきた。



「母さんです」



「まぁそうですよねぇ。後日お礼を言いたいですね」



やっぱりと、言いたげな後輩。そりゃそうだ。今から婚約者として彼女の実家へ行く。正直な所、私がこのような、すくなくとも見かけ上はかわいいと言われるような容姿の人間の、形だけとは言え婚約者になるとは思っても見なかった。



「それはそうと先輩、バッチリおしゃれした婚約者に、何か一言?」



「よ、よく似合っていてカワイイです」



「うーん、60点」



勇気出して伝えた言葉も、彼女にとっては平均点ちょい。いや、仕方のない事ではある。一つ、別に俺はイケメンじゃない。二つ、良い慣れてない感があってキモイ。三つ、ありきたりすぎる。スリーアウトでチェンジだ。慣れない事をするものではない。


「さ、行きますよ!」


私を一通りからかって満足した後輩。彼女に促され、軽トラの助手席へと収まった。



「てっきり高級外車でも乗ってるのかと思ってた」



ダンジョンで儲けたダンジョン貴族と呼ばれる人種は、多くの場合高級外車に乗っている。勝手なイメージであるが、最近実家にダンジョンが出来た彼女も黒塗りの高級車で現れると思っていた。



「確かに。家にダンジョンが出来てから、車の営業がひっきりなしに来ましたよ」



電話線引き抜こうかと思いました。と、愚痴る結衣。ダンジョンの保有者とその連絡先は公開されている。新しいカモの登場に、営業マンたちはワクワクしただろう。



「確か昔、FRの高級スポーツカーがほしいって言ってなかったっけ?」



宝くじが当たったら某Pで始まる馬のマークの高級車を買ってみたいと言っていた筈。



「細い山道を高級外車で走りたいと思います?」



若干不機嫌な結衣は、やれやれといった様子。確かに日本の山道はきついか。



「結局日本の田舎では、軽トラ最強なんですよ。ちっこくて荷物が乗って燃費が良い。会社じゃとても叶いません。」



「確かに。軽トラックって初めて乗ったけど、思ってたよりは、こう、普通?」



トラックと着いているからには乗り心地が悪いと勝手に思っていたけれど、若干ふわふわする以外は意外と普通の軽と変わらない乗り心地。



「そりゃぁ先輩、普通ですよ普通。変な乗り心地してたら乗ってませんって」


「ちなみに先輩、なんとこの車は家のダンジョンで採れた魔石で動いてます!」



ドヤる後輩、どうでも良いけど女の子のドヤ顔って良いよね。



「え!まじで!ガソスタで入れる魔石と比べてどう?」



「いやいや先輩、ちゃんと加工されてるので、出力なんかは変わりませんよ


それはそうか。どこ産だから若干回転数が高いとか、車はともかく発電とかの用途では、不便きわまり無いだろう。



「後輩の家にダンジョンが出来てから、1月くらいだっけ?採掘開始まで結構早いんだね」



「先輩、婚約者相手によそよそしくないですか?結衣ですよ、結衣。りぴーとあふたーみー。結衣」



長い付き合いの相手の呼び方を帰る時、どことなく恥ずかしさを感じるのは俺だけだろうか?中学生の頃、ママから母さんに呼び方を変えたときのような恥ずかしさを覚える。



「んん、ゆ、結衣?」



若干どもりながら呼ぶと、小悪魔顔の結衣は満足げに頷いた。



「婚約者として、今日はしっかり頼みますよ」


「ちなみにこのトラックに入れた魔石は試掘で採れたもので、実際の採掘開始は1月後くらいに成りそうです」



お一つどうぞ、と、結衣からペンダントに加工された魔石を受け取った。



「試掘された魔石を研究所に送ったら、面白いことがわかりまして、家の魔石は魔力の漏れ率が異様に低いらしいです」



ダンジョンから外へ出された魔石からは、常に魔力が漏れ出す。漏れ出る魔力が多いと単に燃費が悪くなるだけでない。ダンジョン症候群の病状を悪化させる原因にもなるため、漏れ率が低いということは、魔石にとって重要な特徴である。



「そりゃ良いね。一切魔力の漏れない魔石もでてこないかな」



「それは厳しいでしょうね。でも、魔石学者の方々はサンプルが増えるって大喜びで研究してましたよ」



私の母はダンジョン症候群と言われる病気をもっていてる。ダンジョン症候群とはダンジョンや魔石から漏れる魔力に身体が拒否反応をおこす病気で、徐々に動けなくなり、最終的には死に至る。恐ろしい病気だ。



「そんなこんなで、家のダンジョン魔石の質は良いんですけど、ダンジョンへつながる道路の建設に難儀してまして」


「ダンジョンまで、そんなに遠いの?」



「いえ、直線距離で行けば、県道からダンジョンまで100m程なんですけど、高低差が厄介で。右にー左にー、何回も折り返しながらじゃないと行けないんですよね」



右にー左にーの部分を身体全体で表現し、左右に揺れる結衣。車も若干揺れてた気がする。そんなこんなでくだらない話をしていると、結衣がそろそろ着きますよと教えてくれた



「そりゃ大変で。ところでコンビニか何かない?ちょっと緊張してきて、お手洗いにいきたいんだけど………」



婚約者の親との初顔合わせ。普段着で来るようにと言われたので、普段着っぽい服で来たものの、大丈夫だろうか。おかしなところはないか、手土産は大丈夫か。そろそろ着くとなると、途端に緊張が押し寄せてくる。



「あー。駅前戻ったほうが早いですねどうします?先輩」



流石に駅前戻るほど、じかんに余裕はない。



「ちなみに先輩。スポーツカーは6週間後に届きます!届いたらドライブ行きましょう!」



「いや、買ったんかい」



私の緊張を見かねて、唐突にスポーツカーの話を始める後輩。いつも通りツッコミを入れると、何故か若干緊張がほぐれる。痛くなっていたお腹も少し落ち着いたところで、結衣の実家へ到着した。



トラクターをしまう大きな倉庫の脇を抜け、結衣の実家へと歩みを進める。立派な和風の平屋建て。都会では見ないような贅沢な土地の使い方をした豪邸の奥には、立派な山がそびえている。



「さて、覚悟はよろしいですか、先輩」



緊張に苦しむ私の横で、ニヤニヤとした笑みを浮かべる結衣を見ていると、無性に腹が立つ。



と、と、とと。軽快に歩く彼女の背を追いながら、私が結衣の婚約者になってしまった原因である、1月前に想いをはせた。









肌寒さを感じる日々の中、私は後輩に呼び出された。大学の最寄り駅、その駅前広場で待っていると、後輩がやって来た。濃紺のジーンズにに、うす茶色のだぼっとしたカーディガン。長い黒髪を低い位置で結んだ後輩は、今日もカワイイ。



「おまたせしました!今日はありがとうございます!」



久しぶりに会った彼女は、以前より大人びて見えた。



「いやいや、全然大丈夫だよ。相談が有るって言われて若干びっくりしたけどね」



今日、後輩には”相談したい事がある”と言われて呼び出されていた。正直、宗教勧誘とかマルチじゃないかとうっすら疑っている。



「とりあえず、フェミレスにでも入りますか」



こんな広場で喋っていても仕方が無い。後輩と2人、近くのイタリアンファミレスへ向った。



とりあえず、ドリンクバーとシュリンプカクテル、ポテトを頼む。注文した品を摘みながら、世間話と近況報告に興じていると、そろそろ本題に入りましょうかと、後輩が佇まいを正す。



「端的に言うと、婚約者になってほしいんです」



唐突に言われた予想外の言葉に、私は間抜け面を晒した。

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