音声データ5
ああ、どうも。
Nのことを聞きたいっていうの、おたくさん?
あんなところのこと、調べてどうするの。
え、オカルトライター? ああ、そういう……
まあEさんにはお世話になってるから、協力はするけどね。
俺もガキの頃にあそこから引っ越しちまったから、あんまり詳しいことは知らないよ。
で、何が聞きたいの。
え? 調べようにも、そもそもNなんていう住所が存在しない?
ははは、そりゃそうだよ。もうとっくの昔にNなんて村は存在しないんだから。
今、地図ある? うん、K市の地図でいいよ。
ええと、その地図でいうと、Nはここ。
そう。山の中で、人なんか住んでなさそうでしょ? だけどそこにあるのよ。
車がこの辺の林道まで入れるから、そこからは山道を登っていくわけ。この地図には載ってないけどね、実際はここに山道が通ってるの。
昔、もっとたくさん人が住んでた頃は、子供はみんなこの山道通って麓の小学校に通ってたんだよ。
小学校はここ。まだあるじゃん、T小学校。懐かしい。今じゃここの子供もずいぶん少なくなったらしいよね。うちらのときはまだ各学年二クラスあったけど。
住所? ほら、ここに書いてある。■■■。
それが今の地名なんだけど、まあ■■■ってNだけじゃなくてこっちにあるEとかここのOとか、この辺一帯の総称みたいなもんだから。
住所が統廃合される中で、そうなったらしいんだよね。
だからNってのは消えた地名なんだけど、今でも地元の人間は自分たちの集落のことをNって呼んでると思うよ。小字? うん、まあそんなもんかもね。俺もその辺の詳しいことはよく分かんないからさ……。
もともとはN村って言って、江戸時代よりも昔からある村らしいよ。
行政区分的には戦前にT村と合併して、戦後にT村がK町と合併して、そのあとでKが町から市になったから、今はK市の一部ってわけ。
めちゃくちゃ不便なところだから、どんどん人が減っていってさ。
今でも年寄りばっかり何世帯か残ってるらしいけど、まあそういう人は他に行く当てもないんだろうから仕方ないよね。
ほとんどの人はKとか、もっと都心に近い街とかに出てきてると思うよ。
Nにいたって仕事もないし、そもそも今どき車も入れないんだから。
携帯の電波も届かないし、はっきり言って現代人の住むところじゃないよね。
Nから外に出てった人、みんな結構成功してるんだよね。ハングリー精神があるからなのかな。国会議員になった人もいるし、どこかの製紙会社の社長になった人もいるんだってさ。
まあ、成功したのはNを出るときに良くないものを全部捨ててきたからだ、なんて陰口を叩かれてるけどね。
誰にって、Nに残った人たちにだよ。
そうそう、言いがかりだよね。
自分たちが何もない山の中で朽ちていくっていうのに、故郷を捨てた人間が街で成功してたら、そりゃまあ、いい気分はしないでしょ。あいつらの成功はこの村のおかげだ、くらいのことは言いたくなるだろうと思うよ。
あ、うん。俺はNで生まれたよ。
昭和五十年代前半。Nで生まれた最後の世代だと思うよ。まだその頃は、俺のほかに同い年くらいの子供も五、六人はいたからね。
うん、そうそう。俺も通ったんだよ、あの山道を下ってT小学校に。ははは。そりゃ大変だったけどまあ、楽しかったよね。リンネさまのお堂で休憩して、そこの下の秘密基地で遊んだりしてさ。
でも、俺が小四のときだったかな、親の都合で急に引っ越すことになってさ。
なんかその時に、うちの親も村の人からいろいろ言われたらしいんだよね。俺は詳しくは知らないけど、ねちねちと嫌なことをさ。そのせいで、親は引っ越してからNのことを一切口にしなくなったもんな。
Kに越してきてからは、ほとんど向こうに行ったことはないなあ。なにせ、行こうと思ったらあの山道を登らなきゃならないわけだから。
一回だけかな、あそこに戻ったのは。
中学生の時に、友達に誘われて一度だけ……。
まあでも、もう二度と行くことはないと思ったな、そのときに。
え? とこしえ神社?
ああ、あったよ。村を見下ろす高台の、花曲って呼ばれてる場所。
真っ赤な花がたくさん咲いててさ。「お筒」っていうのがそこにあって。よく行ったよ、花曲にも友達の女の子の家があったから。
え? いやいや、あそこの神社で遊んだことなんかないよ。まさか。
もしかして、どこにでもある普通の神社を想像してる? 全然違うから。あそこに子供が遊ぶような境内なんかないよ。
そもそも入っちゃいけないんだから。
あそこは毎年のお祭り以外には入っちゃいけないの。
そう。毎年一回、お祭りがあったよ。
あ、またこっちの普通のお祭りを想像したでしょ。違うからね。露店が出たり、神輿を担いだり、そんな楽しい祭りじゃないから。
楽しいことは何もないよ。大人が集まって、神社で何か儀式みたいなことをやるだけだよ。
子供はその真似をして遊んでたね。けそぎごっこって言ってね。懐かしいなあ。
負けるとね、とこしえ様のお怒りって言って、こうやって雑巾を絞るみたいに腕をぎゅーって絞られて。これが痛いんだ。それが悔しくて、またやろうまたやろうって。
そうだよ、勝ち負けがあるんだよ。手をこうやって組んで、そうするとここが盛り上がるでしょ。それを相手が「そげよそげよ」って言いながらこうやって。でもそれをさせちゃだめなんだ。だからこっちはこうやって……
ああ、うん。よく分かんないと思うよ。
俺たちだって当時はよく遊んでたけどさ、今となっちゃ何が面白かったんだか。ははは。
まあそういうわけで、祭りのことは詳しくは知らないけどね。うん、知らないよ。知らないってば。
何を祭ってる神社かって言われてもなあ……。
「とこしえ様」ってみんな呼んでたし、そういう神様なんじゃないの?
誰に聞いたんだったかな。村の人は、昔はみんな、あの神社でとこしえ様にお願いをしたんだってさ。だからNの住民はみんなとこしえ様の氏子みたいなもんなんだってさ。
何のお願いって……そりゃ神様にお願いするんだから、商売繁盛とか五穀豊穣とか、あとは健康とか学業とか恋愛とか、そういうやつじゃないの?
とこしえっていうくらいだから、永久にそれが続いてほしいって意味なんじゃないのかね。
あ、そうそう。思い出した。
「とこしえ」の「え」が古いひらがなで書いてあるもんだからさ。子供はみんな読めなくて「とこしる様」とか言ってたっけな。ははは。とこしる様だって。そうそう。「る」の下にごちゃごちゃって書く、あの字。あれで「え」って読むんでしょ?
俺が知ってるのはそれくらいかな。
本当に、こっちに引っ越してからは全然行ってないし、その当時の友達とかとも繋がってないしね。
だからまあ、Eさんに言われたから来たけど、これっきりにしてもらえるかな。もう手伝えることはないと思うからさ。
は? こしえさん?
とこしえ様じゃなくて?
こしえさんって、もしかしてタキコシエさんのこと?
ああ、いや違う違う。知らない、知らない、本当に俺は知らない。
大人が、とんでもない女だったって言ってたのを聞いたくらいで。その人が何をしたのかは知らない。
もういいでしょ? 俺、もう行かないといけないから。
木片?
知らないよ、知らないって言ってるだろ。
そんなこと聞いて、どうしようってんだよ。
しつこいな、あんた。
そもそも何のためにあんな消えかけの村のことをほじくり返してんだよ。
それは言えない? 言えないわけねえだろ。
言ってみろよ。本当のことをよ。
てめえ、ふざけんなよ。俺に触るな。俺を削る気か? そうなのか? お前がやってたのか、こんなことで俺を呼び出して、あれもこれもお前の仕業か。削ってみろよ。削れ削れ削れ削れ削れ。俺はとっくに引っ越したんだ。俺はNの住民じゃねえ。俺は死なねえからな。離れろ!
(大きな物音)
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