調査資料6


チャンネル名「FAUT」 登録者2人

動画名「a」

再生回数 7回


○(撮影動画)山道(夜)

   画面の端に録画マーク。

   真っ暗な山道。撮影者である保坂の荒い息遣い。保坂が歩くたび、カメラは左右にぶれる。ヘッドライトの光が前方の闇を頼りなく照らす。

保坂の声「いや、マジでヤバい。正真正銘の山道じゃん。こんな時間に登るような道じゃないって。うわっ」

   がさがさ、という音。カメラが激しく揺れる。

保坂の声「あっぶねえ。足場悪いな」

   カメラは山道を映している。時折画面の端に、登る保坂のジーンズが映る。はあはあという荒い呼吸の音。

保坂の声「うそだろ。この上にまだ人が住んでるとか。仙人じゃねえかよ」

   スマホを取り出す手。

保坂の声「うお。圏外」

   がさがさという音。画面が揺れる。

保坂の声「ああ、くそ。やっぱやめときゃよかったかな。嫌な予感がビンビンする」

   保坂のため息。

保坂の声「仕方ねえ、やるか。マジで再生回ってくれよな。あー、あー。う、うん」

   咳払いの後、画面に保坂の顔がアップで映る。

保坂「(囁き声で)皆さん、こんばんは。ホサックです。前回の配信でお伝えした通り、今マジで向かってます、東京最後の秘境に。それがどこなのかついに発表します。Nという集落です」

   画面から保坂の顔が消え、登ってきた山道を映す。

保坂の声「信じられないでしょ? ここ、東京都ですからね。ほら、携帯も」

   保坂の手とスマホの画面。圏外表示がアップになる。

保坂の声「いや、マジで怖い。一人で夜中に来るような場所じゃない。俺、ただでさえ霊感強くていろんなもの引き寄せるのに、ここはちょっとレベルが違う気がする。今まで感じたことない悪い気配するもん」

   再び、保坂の顔が画面に映る。保坂、周囲をきょろきょろと見回している。

保坂「ご覧ください、全然、どこにも光がありません。文明がありません。まさに秘境です。この先に、人がまだ住んでる場所があるなんて信じられます? 秘境チャンネルのホサックがお届けしてます」

   保坂、笑顔。

保坂「ええと、この登山道の入り口はですね、本当に何の目印もないんですけど、車もすれ違えないようなほっそい林道の途中に、ちょっと一台分だけ車止められるくらいのスペースがあるんですね。頑張ればそこで転回できるかな、くらいの。そこが目印っちゃあ目印ですね。って言っても、それだけじゃここがどこだか分かんないですよね。まあ、実際に来ようなんて人はいないでしょうけど、多分やめておいた方がいいです。とりあえずそこにバイクを止めて、ここまで登ってきました。Nまであとどれくらいかかるのか、ちょっと未知数なんですが」

   画面は道の前方の闇を映す。

保坂の声「それじゃあ、あんまりのんびりもしてらんないんで。さらに登っていきましょう」


○(撮影動画)リンネ様の祠(夜)

   はあはあという保坂の息遣い。山道を歩く保坂のスニーカーが時折映る。

保坂の声「っかしいな、もうめちゃくちゃ歩いたんだけど。そろそろ着くはずだろ。……あ」

   カメラが前方を映す。山道の斜面にミニチュアのような小さな祠がある。

保坂の声「あった、これだ。リンネ様の祠」

   祠がアップになる。祠の前には花が供えられている。

保坂の声「花が供えてあるよ。やっぱ誰か来るんだ」

   カメラ、祠に近づく。花はすっかり枯れている。

保坂の声「あ、でも枯れてる。いつのだろ。これもうずっと前のかもな」

   カメラ、祠とは逆の斜面を映す。底まで照らすことのできない急な斜面で、断崖に近い。

保坂の声「こっわ……。これ、落ちたらひとたまりもねえじゃん」

   がさがさという音とともに、カメラが固定され、石の上に腰かける保坂が映る。保坂、手を伸ばしてカメラの位置を微調整する。

保坂「えー、ここがリンネ様の祠ですね。ちょうど、Nまでの中間地点って感じですね。昔Nから麓の小学校に通ってた小学生は、下校のとき、ここで一休みしてたんだそうです」

   保坂、傍らのリュックからペットボトルを取り出す。

保坂「俺もここでちょっと休憩しまーす。不摂生の身には、深夜の登山はつらいって」

   水を飲んで、タオルで汗を拭く保坂。

保坂「リンネ様っていうのは、漢字で言うと輪廻転生の輪廻じゃなくて、凛とした音って書くらしいです。凛とした音でリンネ様。で、これの由来なんですけど、あのー、おりんってありますよね。仏壇の前に置かれてる、ちーんって鳴らすやつ。あれに似た音がここらへんでよく聞こえてきたんですって。それで、何かありがたいものがいらっしゃるんだろうってことで昔の人が祠を建てたのが始まりらしいです。ま、本当かどうかわかりませんけど」

   保坂が話していると、どこかから女の悲鳴のような音。

保坂「えっ」

   保坂、顔を強張らせて音の聞こえた方角をじっと見る。

保坂「何? 悲鳴?」

   固まった姿勢のまま、耳を澄ませる。

保坂「動物の鳴き声?」

   しばらくじっとしているが、それ以上の音はしない。

保坂「山にはね、いろんなものがいますから」

   自分に言い聞かせるように呟き、立ち上がる。画面に手を伸ばす。


○(撮影動画)山道(二)(夜)

   保坂の荒い息遣い。カメラが揺れ、ヘッドランプの光も揺れる。

   時折、どこかで何かを叩くような金属音。保坂の怯えたような吐息。


○Nの入り口(夜)

   月明りの下で、遠くに黒々とした民家が数軒見える。

保坂の声「着きました、ここがNです」

   画面、左右をぐるりと映す。

保坂の声「すげえ、本当にこんな山奥に村があるんだ」

   保坂の顔が画面に映る。

保坂「皆さん、着きました。ここまで、えーと所要時間は」

   保坂、腕時計を見る。

保坂「約一時間半。夜だったんで結構かかりましたけど、昼間の明るい時間なら一時間くらいで来られそうですね」

   保坂、自分の背後を振り返る。

保坂「いや、ほんとにここしか来る道ないんですかね。やばいなあ」

   画面から保坂が消え、闇の中の黒々とした数軒の民家が映る。

保坂の声「人、住んでなさそうですけどね……まあ、行ってみましょう」

   カメラ、保坂の足元を一瞬映す。


○(撮影動画)N(夜)

   全く人の気配を感じない民家。

   雑草が伸び放題の田畑。

保坂の声「人、住んでねえだろ……」

   砂利道を歩く音。

保坂の声「街灯のひとつもありません。え? さすがに電気は通ってるよね?」

   はるか遠くに、ちらちらと明かりのようなものが映る。

保坂の声「あ、街灯?」

   カメラが戸惑ったように揺れる。

保坂の声「あ、あそこ。高台の上」

   闇の奥、高台になった場所で明かりが明滅しながら揺れている。

保坂の声「人がいる」

   画面には明かりしか映っていない。

保坂の声「女の人だ。こっちに手を振ってくれてますね。第一村人発見、ってところでしょうか」

   保坂、自分の言葉に笑う。


○(撮影動画)花曲の坂(夜)

   はあはあという保坂の息遣い。砂利の坂道。

保坂の声「えー、さっきの女の人がいた高台に向かってます。いやしかし、この坂、急です。山道は終わったと思ったのに、また登ることになろうとは……」

   カメラに小さな羽虫がいくつもぶつかる。それを払いのける保坂の手。

保坂の声「すっげえ虫が多いな……」

   どこからか、けたたましい金属音。

保坂の声「えっ」

   画面に保坂の横顔が映る。

保坂「今の、どこからだ」

   がさがさという音。

保坂の声「えっ、えっ」

   激しく揺れるカメラ。山全体がざわざわと揺れている。

男の声「どうれどうれ、そげよそげよ」

保坂の声「えっ」

   走り出す保坂の足。カメラは激しく上下に揺れる。

保坂の声「やばい、やばいやばい」


○(撮影動画)花曲の坂(二)(夜)

   激しく揺れるヘッドランプの光。カメラは不意に背後を映す。闇。

保坂の声「くそ、何なんだよ」

   坂の下から微かに「どうれどうれ、そげてそげて」という男の声が聞こえてくる。声は途中からぶれて、複数のようにも聞こえる。

保坂の声「あれに捕まったら多分ヤバい」

   カメラ、坂の上を映す。

保坂の声「もう下りれないし、この先が村の別の場所に通じてれば」

   背後の声は徐々に小さくなって消える。

保坂の声「行ったか、行ったか? セーフ?」


○(撮影動画)とこしえ神社(夜)

   ヘッドランプの光が足元の無数の赤い花を照らす。

保坂の声「お……」

   カメラが前方を映す。光に照らし出されたのは、黒々とした古い木材のかたまりのようなもの。

保坂の声「あれ? ここだよな、さっき女の人がいたの」

   カメラは、木材のかたまりに近づいていく。無数の羽虫がカメラにぶつかる。

保坂の声「ほんと、虫が……うわ」

   カメラが保坂の足元を映す。

保坂の声「え、何これ。なんか木の切れ端がいっぱいなんだけど」

   画面に、地面に散らばるいくつもの荒削りの木片が映る。

保坂の声「ああ、もしかして削げって、そういう……」

   保坂のスニーカーが映る。

保坂の声「あ、ここだけ切れ端がない……」

   スニーカーが地面の土を削る。どす黒い金属のようなものが見える。

保坂の声「何、これ。マンホール?」

   カメラが急に保坂の背後を映す。

保坂の声「え? あ、はい」

   画面には暗闇だけが映っている。

保坂の声「はい、そうです。いや、別に……あ、はい」

   保坂の声以外には何も聞こえない。

保坂の声「え、そうですか? いやあ、それはちょっと……」

   保坂の声に笑い声が交じる。どこからか「どうれどうれ、そげよそげよ」という低い声と複数の足音。

保坂の声「まあでも大丈夫っす。はい、そういうことであれば、ええ」

   保坂、はきはきと喋る。

   「どうれどうれ、そげてそげて」の声、徐々に大きくなる。

保坂の声「え、お姉さんおいくつですか。あ、三十二? へー、俺の三つ上ですか。でも若いっすね」

   保坂、快活に笑う。

保坂の声「分かりました。じゃあそれ、受け取ります」

   不意に、画面に満面の笑みを浮かべた保坂が映る。顔はカメラを向いているが、その目はあらぬ方向を向いている。

   保坂は嬉しそうに、手に持った木片をカメラに映す。

保坂「はい、そういうわけで、いやあ、これ、いただいちゃいました。意外な出会いっていうのはね、こんなところにも転がってるもんですね。俺も苦労してこんなところまで来たかいがあるっていうか」

   「どうれどうれ、そげてそげて」の声、保坂の声を圧するほどに大きくなる。保坂は笑顔で何か喋っているが、「どうれどうれ」にかき消されて聞こえない。

   「どうれどうれ」の声が不意に消える。保坂、真顔で、

保坂「あ。そういうことか」

   カメラは地面を映し、暗転。




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