音声データ4


――もしもし。


――もしもし、お久しぶりです。


――よかった。尾野さん、電話にも出てくれないから心配しましたよ。


――すみません、仕事が忙しくて。調査結果を持ち寄って相談しようって言ったのに、それどころじゃなくなっちゃって。


――送っていただいた書類、読みましたよ。


――ああ、ありがとうございます。どうでした?


――確かにどれも木片が出てきますね。それに何かおかしな感じがします。木片を受け取った人がおかしくなっているっていうか……。


――そうですよね。そういう視点で読むと、そう読めますよね。


――はい。これ、警察の方では木片のことを追及していないんですよね?


――ええ。どちらも傷害事件ですから、捜査の主眼は暴行に至った経緯や具体的な暴行状況などになります。木片のことは本筋とは関係ありませんからね。そのまま流されたんだと思います。


――なるほど……。確かに、木片が傷害事件に関わってくる、なんて普通に考えたら意味が分からないですからね。そういえば、私が送った資料は見てくださいましたか?


――はい、読みました。やはりこしえさんの怪談が存在するんですね。それに、場所がK市。


――ええ、ずいぶん探すのに苦労しました。ネットではなくて、昔出されていた子供向けの怖い話の本で見つけたんです。メジャーな都市伝説ではないですね。かなり限定されたローカル都市伝説といった趣きがあります。木像が出てきますし、どうもポイントは「削る」ということなのではないかと思うんです。


――「削る」、ですか。


――はい。こしえさんは、誰かに木像を削ってくれないかと頼む、そして自分は削れないから、と爪のない指を見せる、という怪異です。次の学校の先生の話も、これはネットでたまたま見つけたんですが、子供が鉛筆を自分の歯や爪で削っているという話でした。


――そうですね。僕がお送りした書類も、突然同僚がおかしくなって壁を削るという内容でしたね。それに、次の書類もよく分かりませんが、けずってるから、というようなことを書いています。


――そうですね。この木像というのは、何でしょう?


――え?


――木像って、何だと思いますか。


――仏像とか……ですかね。


――そうだとして、こしえさんは、それをなぜ削るんでしょうか。


――うーん……


――木片というのは、この木像を削ったものではないかということでしたよね。だから、木像を削って、その欠片を色々な人に配っているんじゃないかって思うんです。


――ああ……それを受け取ると、人がおかしくなる、みたいな?


――はい。理由は分かりませんが。


――なるほど。つまり、たとえば、呪いの木片だったりして。


――ええ。その力で人をおかしくさせるという可能性も。まあすべて私の想像ですけど。


――いや、確かにそうかもしれませんね。僕には思いつかなかった。さすがオカルトライター。その道のプロですね。


――やめてください。ですから、K署の殺人事件の隠蔽というのも……


――ああ、それ以上言わないで。


――え?


――どこで盗聴されてるか分かりませんから。電話ではそれ以上具体的なことは言わないでください。


――盗聴、ですか。


――ええ。僕もマークされ始めてるんです。


――でも、さっきまでもかなり具体的な話を……


――そうだ、飯田さんニュース見ましたか?


――は?


――ニュースですよ、ニュース。例の連続放火の。


――K市内で起きてる不審火の件ですか? 尾野さんが捜査しているっていう。すみません、見てません。


――あれ、飯田さんに話した後でも何件か起きててですね、それでうちの署も裏番を組んで対応してるところなんです。


――裏番?


――ああ、裏当番です。その日の当直から一番遠い日の当直班の人間が、泊まり込みでその捜査に専従するんですよ。


――ああ、だから裏……。つまり尾野さんの泊まりの勤務が倍に増えるんですか?


――そうなりますね。


――大変ですね。


――刑事やってれば、当たり前ですよ。渋谷あたりにいたら、こんなもんじゃないですから。


――そうですか……。犯人、捕まりそうですか。


――ええ、あんまり公には言えないけど、もう目星はついてます。


――目星、ですか。まだすぐに捕まえられない感じなんですか。


――放火ってそこが難しくて。

 たとえば道でナイフを持ってればその場で銃刀法違反でパクれますけど、ライターを持ってたって、それだけじゃ捕まえられないでしょ?

 自分が火を点けましたっていきなり自白でもしてくれれば別ですが、普通は否認しますからね。

 こっちにそこから詰める材料がなければ、その後の犯行をやめられたら捕まえるすべがなくなるんですよ。


――なるほど。確かにそうですね。


――だから現行犯で火を点けてるところを押さえないといけないんです。だけど、その辺の物に火を点けるのなんて一瞬のことですからね。


――そうですよね。


――だからまあ、苦労してます。それに、ははは、ええとまあ、これはそんなに関係ないんですけど。


――え? 何です?


――別れた妻から連絡があってですね。こっちは何だかいい感じなんですよ。そういうこともあって、いつも以上にバタバタしていたと言いますか。


――あ、プライベートが充実してたってことですか。


――まあ充実って言っていいのかどうか。連絡を取り合ってるだけの段階なので。でも、もともとお互いに嫌いになって別れたわけでもないので、ええ。


――よりが戻りそうって感じですか。


――そうなったらいいのかな、とも思うんですが。まあ離婚した経緯も経緯だったので。


――聞いていいんですかね。よければ、どういった経緯なのか教えてもらえますか。


――離婚届一枚置いて、急にいなくなったんですよ。


――え?


――家に帰ったら、テーブルの上に署名済みの離婚届が一枚だけ。ははは、ドラマみたいでしょ?


――奥さん、いきなりいなくなったんですか。


――うん。


――それは大変でしたね。


――まあ僕も悪いんですよ。当時、殺人事件の特捜本部に入っててね、家にも帰らず、署にずっと泊まり込んでたから。そんなことが日常茶飯事で、妻ともほとんど会話がないどころか、顔も合わせない日々で。


――激務ですね。


――刑事の宿命ですよね。それで三日ぶりか四日ぶりくらいに家に帰ったら、がらんとしててね。妻の荷物がほとんどなくなってて、テーブルに紙切れが。ははは。


――もしかして奥さん、不倫とかしてたんですか。


――うーん、不倫はないかな、と思います。ずっとすれ違いの生活で、一緒にいる意味が分からなくなったんじゃないかな。子供も欲しかったんですけど、できなくてですね……。ただまあ、いきなりいなくなられたら私だってびっくりするじゃないですか。電話もつながらないし、メールも返ってこないし。仕方なく妻の仕事先に連絡したら、もう数か月前に退職しましたよって。


――ええ?


――僕の知らないうちに転職してたみたいで。それで完全に連絡するすべがなくなってしまって。


――奥さんの実家とかには。


――ああ、妻は小さいときに両親を亡くして、面倒見てくれていた祖父母も高校生くらいのときに亡くしたとかで、天涯孤独の身なんですよ。生命保険が下りたから金銭面では困らなかったらしいですが。


――そうなんですね。ご両親、病気ですか。それとも、事故……


――あんまり詳しく話したがらなくて。


――そうですか。


――だから、もしかしたら自殺かもな、なんて思ってはいたんですけど。


――ああ……


――まあとにかく、彼女はそういう身の上なんで、どこに行ったのかも分からなくて。


――離婚届、出したんですか。


――出しましたよ。そこまで痕跡消して、決意固めてる女が、すぐに帰ってくるとも思えないじゃないですか。


――まあ、確かに。


――だけどこの前、急に連絡が来たんですよ、妻から。元気? 最近どうしてるの? なんて他愛もない会話でしたけど、結婚する前みたいな優しい声でね。嬉しかったな……。


――奥さん、今はどちらに?


――それは聞けなかったんですよね。こっちから踏み込むとまた姿を消しちゃいそうで。分かるでしょ?


――ええ、まあ。そういうものかもしれませんね。


――連絡は頻繁に来るんですよ。今はそれだけで満足かな。


――そうなんですか。


――まあ本音を言えば、よりは戻したいけど。あんまり焦ってもね……って、すみません。全然関係ない話をしちゃって。


――ああ、いえ。そっちもうまくいくといいですね。


――ありがとうございます。とにかくそういうわけで、今ちょっと忙しくてお会いする時間を取れないんですよ。放火の犯人が捕まれば、余裕ができると思うので。それまで待ってもらっていいですか。


――分かりました。


――引き続き、署内での書類探しは続けます。見つかり次第、写しを送りますので、お願いします。


――はい。


――それから、K署様式ってどんなものか分からないでしょうから、一部、写しを送りますね。


――いいんですか?


――今さらでしょう。僕が黒磯係長たちと臨場した時の書類です。


――ああ、西屋の……。


――はい。あ、すみません。妻から着信です。


――それじゃ切りますね。


――すみません、それじゃまた。もしもし?




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