尾野の手記1(1)


飯田さま


 先日はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございました。

 私の拙い話を真摯に聞いていただけたことに感激し、そのせいですっかり話が長引き、肝心の話をする時間が無くなってしまい、すみませんでした。

 代わりにこの手紙によって、K警察署において公然と行われている、恐ろしい隠蔽行為について飯田さまにお伝えできればと思っています。

 要点だけを書き出しても現実味のない話と一笑に付されるのが落ちであろうと考え、私がそれを知ることになった経緯について、思いつくままに書いていこうと思います。お会いした時にも言いましたように、第三者の公平な目で判断していただければと思います。

 捜査書類の作成には慣れていますが、こういった文章を書くことには不慣れなため、読みづらい乱文であると思いますが、ご容赦いただければ幸いです。




 私の勤務するK警察署刑事課刑事第一係は、黒磯係長を筆頭に、巡査部長の私と、先任の高石巡査部長、それから安田と郡山という二人の巡査長の、計五名で構成されています。

 全員が男性です。

 警察がいまだに男社会の側面が強いとはいえ、大きな署ともなれば各係に女性捜査員が配置されているものです。

 けれど、K署は規模が小さく人員も限られているためか、刑事課には男性しかいません。

 ですから、女性被疑者を扱う時は苦労しています。

 男だけでは女性被疑者の身体捜検もできませんから、そういうときは生安課の女性巡査に応援を頼むのが常でした。

 しかし所詮は他の課員ですから、ほかの仕事をしていて捕まらないときには、黒磯係長がよく冗談めかして、

「安田。お前、女だったよな?」

 などと言っていました。

 安田は機動隊上がりの、がっしりとした体つきの体力には自信のあるタイプの若手でしたので、快活に、

「いや、ほんと俺が女だったらよかったんすけどね」

 などと言って笑っていたものです。

 ある時私が黒磯係長に、

「女性を入れる予定はないんですか?」

 と尋ねると、係長は曖昧に笑って、こう言いました。

「女性はいろいろと……取り込まれたり、危ないからね」

 その言葉の意味は、私にはよく分かりませんでした。



 ある日の朝、出勤すると、いつも元気な安田がずいぶんと疲れた顔で書類整理をしていました。

 普段の勤務の服装は背広ですが、宿直では色々なことがありますので、汚れてもいい服装――まあ大体はチノパンにシャツ、ジャンパーといったような――を着ます。

 黒のベストにカーキ色のカーゴパンツの安田は、少し伸び始めた髭と相まって、一見して宿直明けであることが分かりました。

「お疲れ」

 私は安田の肩を叩き、言いました。

「昨日、直で何かあったの」

「あ、尾野長さん」

 と振り向いた安田の顔には、やはりいつもの覇気がありませんでした。

「お疲れ様です。一睡もできなかったんですよ。休憩に入ろうとしたら、不審火で」

「不審火?」

「放火ですよ。いや、別に怪我人とかはいないんですけど」

「へえ。こんなところでも放火とかあるんだな。俺が地域にいる間には一件もなかった気がするけど」

「珍しいっすよ、ほんとに」

 安田は大あくびをしました。

「まあ燃えたのはブロック塀に貼られてた古いポスターみたいなもんだけなんで、大したことはなかったんですけど。そのあと明け方まで騒音の苦情の110番が続いて」

「騒音?」

「ずっと何か叫び続けてる奴がいるって。地域課が行きましたけど、バイクか何かで移動してるっぽくて、とうとう捕まんなかったっす」

「じゃあ暴走族みたいなやつか」

「いや、多分おんなじやつっすよ。火つけたやつと」

「え?」

「頭のおかしいやつがいるんすよ、この街」

 安田は妙に据わった目でそう言い切りました。



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