14.寂しがりやの彼女 -託実-
人に交わろうとしないのに、
本当は誰よりも寂しがり屋で弱虫、泣き虫のアイツ。
仕方ないから、俺が傍に居てやるよ。
そう思うことが、素直になりきれない俺が
アイツと関わるための言い訳。
だけど……どんな言葉よりも裏腹に、
俺自身がアイツに惹かれてるのは、何よりも明らかだった。
夏……。
俺にとって、最悪の夏が……ほんの少しだけ薄らいだ。
俺があの時、怪我をしてここに入院しなければ
俺は、理佳と交わることなんてなかったはずだから……。
理佳と出逢う為に、
必要な怪我だったって言ったら言い方悪いけど、
そんな風に思ったら、少しは俺自身への苛立ちが紛れた。
リハビリも順調で入院当時よりもかなり動きやすくなった俺は、
検査とリハビリ合間、アイツを追いかけるように一緒に過ごす。
元弥が亡くなって一週間。
毎日、30分の朝のピアノ練習だけだった親父の指示が
ようやく緩和されて、アイツにとってのいつもの日常が戻ってきたのだと、
嬉しそうに微笑んだ。
「なぁ、俺のダチがさお前の演奏好きだって言うんだ。
何回も、お前の演奏聴く為に病院に足運んでんだ。
だからさ……その……、一緒についてっていいか?」
勢い任せに紡いだ俺自身の精一杯の勇気。
悪い、隆雪。
勝手にお前のこと、ダシに使って。
「別に私は構わないよ」
拍子抜けするように、告げられて
俺は思わず頭をもたげる。
朝食の後、いつもの様にアイツは安静時間。
俺はリハビリを終えた後、
アイツの居場所を確認して、その部屋へと向かった。
お遊戯室とアイツが呼んでいるその場所の扉の前、
コンコンとノックをする。
ピタリと止まった中の音色。
そして、中から不機嫌そうな顔をしたアイツが姿を見せる。
「もう、来るなら来てもいいけど
録音してたんだから、考慮してよ」
っておまえなぁ。
無茶言うなよ。
「うるせぇー。
録音しててノックされたくなかったら、
ドアに『只今、録音中』とか貼っとけよ。
お前が中で何してても、わかんねぇだろ。
外からじゃ見えねぇんだから」
売り言葉に買い言葉。
いつもの様にポンポンと言葉を言い放った俺に
今日はやけに素直?なアイツは、納得したように頷いた。
「そうかも。
そうだよね、ドアが閉まってるんだから中から作業内容なんて見れるわけないよね。
ごめん」
素直すぎる理佳は、気持ち悪い……。
心の中でそんな風に思った俺は、
ばれないようにしようと思いながら、俺もアイツにはノックをしたことを謝った。
「んで、録音中みたいだけど入っていいの?」
「うん、別に構わないよ」
「演奏してるの、何の録音?」
「曲名ってこと?」
「そう。
裕兄さんと演奏してるんだろ」
裕兄さんの名前を出すと、
理佳の表情が明るくなるのにちょっとムッとしながら
会話を続ける。
「今はヨハン=パッへルベルのカノンと、エルガーの愛の挨拶かな。
まだ裕先生とは一緒に演奏したことないんだけど」
そう言いながら、アイツはピアノに向かって座ると
パソコンで録音してるのか、起動しているソフトのボタンを押しながら
ゆっくりと演奏を始めた。
演奏しているアイツの様子が、パソコンに繋げられたデジタルカメラを通して
動画の撮影が行われる。
あぁ、この曲聴いたことあるなぁー。
その程度のレベルでしか、俺は音楽に触れあってないけど
アイツの演奏が凄いってことだけはなんか、感じて取れた。
凄く優しい表情で語られるように紡がれる演奏。
だけどアイツの手元に視線をうつすと、
これでもかってくらい、忙しなく動き続ける指。
だけどそんな指先の動きに戸惑いも、
間違いもせずにアイツは、演奏を続けていく。
一曲演奏が終わると、
アイツは録音ボタンを解除した。
息をするのも忘れたように、
静かに物音たてずに硬直しかかってた俺の体を
ちょっとリラックスさせるように動かす。
「今の私には此処までかな。
もう少しうまく出来ると良かったんだけど。
1週間、びっしりと練習できなかったのはやっぱり影響出るな」
なんて独り言を呟きながら、譜面台にあった楽譜を片付ける。
アイツが次の楽譜を手に取った隙に、
手にしていたアイツの楽譜を覗き込む。
おたまじゃくしがいっぱい。
手書きで用意されたその楽譜は、
名前は知ってるのに、他で見た時よりも、
おたまじゃくしの大群が多いような気がした。
「なぁ、これってこんなにおたまじゃくしなかったよな」
楽譜を指さしながら問いかけると、
アイツは「原曲はないと思う。指の練習も兼ねて、音数を私が勝手に増やしただけだから」なんて
サラリと言いやがった。
「次、愛の挨拶録音するから、また黙ってて」
告げられると、俺は深く息を吸って
息を半ばとめるように、アイツの方に視線を向ける。
って別に息とめる必要なんてねぇじゃん。
俺自身の行動に突っ込みながら、
奏でられるアイツの演奏を聴く。
最初のカノンとはまたガラリと雰囲気を変えて
奏でられる演奏。
三回ほど取り直しをしながら、ようやく録画を終えた頃、
アイツは満足げにピアノに向き合いながら笑ってた。
理佳が笑ったところ、初めてみたかもしれねぇ。
その後は、今度は今、練習しているピアノの先生からの課題とか何とかいいながら
ノーパソで、誰かが演奏しているところを流しながら、
それに重ねるようにアイツもピアノを奏で始めた。
俺が遊戯室に入って、すでに一時間。
もうお昼ご飯になりそうな時間。
アイツは何度も何度も同じ場所を繰り返しながら、
時に早く、時に遅く演奏を続ける。
「理佳ちゃん、託実くん、そろそろベッドに戻りなさい。
お昼の時間よ」
迎えにきた左近さんは、
そうやって声をかけると、他の看護師さんに声をかけられて
すぐに部屋を出ていく。
「俺が連れてくよ。
ほらっ、ピアノの椅子から移動できるか?」
「今日は出来るから平気」
そうやって理佳は答えると、
ゆっくりとピアノの椅子から立ち上がって、
その場で固まる。
「大丈夫か?」
「うん。
立ってすぐに行動は出来ないから。
今移動するね」
そう言ってアイツはゆっくりと車椅子へと移動した。
アイツに言われるままに、ピアノを片付けて楽譜をアイツの膝の上に置く。
そしてノートパソコンとマイクを片付けると、
全ての荷物を持って、遊戯室を出た。
病室に戻ると、そこには昼ご飯がすでに運ばれてきてた。
いつもの様に食器を移し替えて、
昼ご飯を食べると、俺はアイツが使った食器も奪って
給湯室で洗うと、病室に戻った。
病室に戻ると、アイツは楽譜に視線を通しながら
ペンを握って、おたまじゃくしを作り始める。
そんな作業に没頭した後、少し休んで
今度は、久しぶりのミニリサイタルの準備に向かう。
かおりさんが迎えに来て、車椅子で移動するアイツの隣、
俺もゆっくりとついて歩く。
車椅子からピアノの椅子に移動するのを手伝うと、
アイツのピアノを待ってたらしい人たちの輪が広がっていく。
椅子に座って会計を待ってる人たちも、一斉にピアノの方に顔を向ける。
アイツは、そんな皆にお辞儀をすると
鍵盤に静かに指を乗せて、奏で始める。
TVのCMとかで聴いたサウンドが、
俺の聴覚に届く。
沢山の人の拍手が包み込む中、
アイツは近くに居る人に、リクエストを聞いているみたいだった。
「一つリクエストしてもいい?」
人が集まった先をすり抜けて、
アイツの傍にいって声をかけたのは美加。
何かやらかしそうな雰囲気に、
俺は不安を感じながら、理佳の傍に近づく。
「ねぇ、演奏してよ。
貴方が七年前に、メイク・ア・ウィッシュに叶えて貰ったときに
羽村冴香と演奏した曲。
なんだったかしら?
18まで生きられないって、TVに出演してた割には長生きしてるよね。
今、何歳になったの?
心臓の病気だからって、ちやほやされて、願い事叶えて貰って幸せでしょ?
ほらっ、あの時演奏した曲聴かせてよ」
食って掛かるでもなく、淡々と理佳に言い放つ美加の言葉。
美加の言葉が刃になって突き刺さってるのは、明白で
アイツは無言で俯いてしまう。
何があったのか、
何のことなんだという風に周囲の人たちはひそひそと会話を始める。
固まったように動かなくなったアイツは、
両手で自分の体を抱きしめるようにして、何かの苦痛に耐えているみたいだった。
「理佳さん、あの子か言ったことは気にしないで。
俺も、理佳さんのことはTVで知ってた。
あの番組に出演して願いを叶えて貰った難病の子たちが、
次々と亡くなってるのも知ってる。
だけど……俺は、今もこうやって生き抜いてくれてる理佳さんに逢えて
嬉しい。
あの頃、TVでしか出逢えなかった理佳さんに、
こんなに身近で逢えるのがわかった時、嬉しかったんだ。
だから、理佳さんの演奏を聴かせてよ。
今年小学校になったばかりの弟がさ、
最近練習してるんだ。
寮生活だから、たまにしか練習してるの聴けないんだけど
ショパンの幻想即興曲きかせてくんない?
右手と左手のリズムが違ってるの?
なんかすごく弾きにくそうに練習してるんだよね」
何時の間にか、理佳の傍まで歩いてきた隆雪が
弟の話題まで出しながら声をかけた。
そのまま隆雪が、俺にアイコンタクト。
それを受けて、
俺は美加をつれてその場を後にした。
美加は勘違いしてる。
多分……美加が考えてるほど、
アイツは幸せだと感じてないと思うから。
俺が言ってどうなるわけでもないけど、
ただ……人と関わることが少なくて、
人間関係の経験値が浅いアイツに、いろんな友達を作ってやりたい。
俺の友達が、理佳を助けることが出来るんだったら
理佳を笑顔にしてやれるんだったら、
率先して紹介してやりたい。
寂しがりやの彼女の心は、
どんなに素面で過ごしていても、
俺には泣いているように見えるから。
美加が理佳に向かって
吐き出した言葉の意味が気になりながらも、
俺は、美加にも……理佳の友達として交わってほしいと告げた。
美加が俺を思ってくれてるのも知ってる。
だけど、その思いに答えることは出来ないこと。
今の俺の心には、理佳が大きく存在していること。
そして叶うなら……美加には、
理佳の女友達になってほしいこと。
俺の想いをありのままに伝えた。
美加は下唇を震わせながら、
ゆっくりと頷いた。
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