第39話

今日は早起きをして魔法の訓練をしたホレスはスヤスヤと眠ってしまう。

シルヴィーの膝の上で眠るホレスの寝顔は天使のようだ。無意識に笑みが漏れる。

こうなると一時間半くらいは起きないだろう。

このまま馬車で城に帰ればちょうどいいかもしれないと思っていると、アデラールがあることを提案する。



「折角だからこのままデートをしようか?」


「デート、ですか?」


「ホレスが休んでいる少しの間だけだよ」



人差し指を口元に当てたアデラールはウインクをする。

シルヴィーがどうするべきかと戸惑っていると、アデラールは「僕もシルヴィーとホレスが過ごしていた街を見てみたいんだ」と、アピールをしている。



「こんな機会めったにないだろうから行ってみたいなぁ」


「……!」


「次にいつ二人の時間がとれるかわからないし、シルヴィーとのデート……してみたかったんだけど」



アデラールが憂いを帯びた表情で呟く。

あまりにも悲しそうに言うので、シルヴィーはアデラールの提案を了承するしかなかった。


すっかり熟睡しているホレスをリサと近衛騎士たちに任せて、街へ向かう。

一時間ほどのデートとなるのだが、アデラールと二人きりだと思うと何を話したらいいかわからない。

アデラールはいつも通りに微笑んでおり何を考えているのかはわからない。

それからベンが働いていたパン屋へと向かう。

懐かしさに感動しているとパン屋の奥さんがシルヴィーを見て驚愕してパンを落としてしまった。

泣きながら母とホレスのことについて聞いてくるが、最終的には赤く染まった頬を押さえてアデラールとの恋物語について口にする。


(この話……随分と浸透しているのね)


脚色された物語は街全体に広がっているようだ。

お祝いだからと大量のパンを渡されて、シルヴィーは街の人たちと久しぶりに挨拶を交わしつつ、今までお世話になったお礼を口にしていく。


アデラールを見てうっとりする女性たちとは違い、なぜかガクガクと震えている男性たちの姿。

シルヴィーが話しかけてもよそよそしく返事をするだけ。

そういえばレオンやベンも最近はシルヴィーと一定の距離をとっているような気がしていた。


(……どうしてかしら)


こんな反応をされたことはないため、シルヴィーは戸惑うばかりだ。

彼らがアデラールに睨まれているとも知らずに、シルヴィーは首を傾げる。

彼らと別れてシルヴィーは再び歩き出す。



「シルヴィーは随分と街の皆に慕われているんだね」


「そうでしょうか?」


「うん、そう思うよ。君の人柄を考えたら当然かな。僕も……君の優しさに惹かれたんだから」



アデラールの声が少しだけ低くなったような気がした。

しかし慕われているというのはアデラールの方ではないだろうか。

アデラールにと大量の野菜やフルーツ、パンに雑貨など色々な贈り物が積み上がっていた。


アデラールがどこか建物の影を見て合図を送る。

すると荷物を持ち、サッと去っていく護衛たちの鮮やかさに目を奪われていた。

手ぶらになった状態でカフェに向かおうと提案してくれる。



「シルヴィー、お茶をしないかい?」


「よろしいのですか?」


「もちろん。それにデートっぽいでしょう?」



シルヴィーは断る理由もなく頷いた。 

街角にあるひっそりとしたカフェ。かなり落ち着いた雰囲気だ。

どうやらここは国王夫妻も若い時によくお忍びできていたそうで、アデラールを見てすぐにこの場所に案内してくれた。

周りからは見えない席で、ここならゆっくりと話せるだろう。

彼は変装用の帽子と眼鏡を取る。


すぐに運ばれてくる紅茶とケーキ。

宝石のように艶々とした苺や真っ白な生クリームに釘付けになった。

甘いものなどめったに食べられることはなかった。それはレンログ伯爵家にいる時から変わらないが。


ふんわりとしたスポンジにフォークをさして口へと運ぶ。

甘い生クリームと苺の甘酸っぱさが口内へ広がっていく。


(この味……なんだか懐かしい)


ふと幼い頃に母と二人で一緒に食べたケーキの味を思い出す。

自然と涙が溢れそうになり、ぐっと耐えた。

折角、素敵な場所に連れてきてもらったのにこんなところで涙を流せばアデラールも困惑するだろう。


(我慢するのは昔から慣れてるもの……)


少し俯きつつも「おいしいですね」と、言おうとしたシルヴィーはアデラールが立ち上がっていることに気づかずにいた。

いつのまにかシルヴィーの横にアデラールの姿があった。



「今までよく一人でがんばったね、シルヴィー」


「……!」


「ミーシャさんも君がいなければ今日まで生きてはいなかったと言っていたよ。シルヴィーはずっとあの家で耐えてきたんだろう?」


「ぁ…………」



ミーシャとはシルヴィーの母の名前だった。

アデラールは母から話を聞いたのだろうか。



「つらかったね。こんなことならもっと早く君を見つけだせていたら苦しい思いをさせずに済んだのに……自分の愚かさが恨めしいよ」



シルヴィーは首を横に振る。決して彼のせいではないからだ。

愛されて幸せそうなミリアムを前に、いつまでも諦めきれなかった自分が悪い。

いつかはわかってくれるかもしれない、がんばれば認めてくれるかもしれない……そう信じて待っていたことが、そもそもの間違いだった。

こうして街で生活ができたからこそ、現実を知って諦めをつけることもできた。



「こちらこそありがとうございます。ホレスだけでなく、わたしや母を受け入れてくださったこと感謝しています」


「……!」


「今日、アデラール殿下とこうして一緒に過ごせてよかったです」



シルヴィーがそう言うとアデラールは微笑んでくれた。

アデラールに対して、恐ろしいという以外の感情が芽生えたことも大きいだろう。



「君にそう言ってもらえて本当に嬉しいよ。シルヴィーに嫌われていると思っていたけれど、そうじゃないと知れてよかった」


「嫌いだなんて……」



アデラールのことは、よくわからないというのが本音だ。

むしろ嫌われるようなことをしているのはシルヴィーの方だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る