クビになった俺、Excelで無双。旧本社は #N/A でざまぁ!〜俺はCtrl+Girlsと作業時間短縮〜
@pepolon
第1話 解雇会議と、白いキーボード
「我が社の理想は“誰でもできる仕事”だ」
部長・神宮寺はホワイトボードに太い字で書き、キャップをカチンと閉めた。
会議室の空調は低すぎて、非常口の緑だけが鮮やかだ。
「うちはベテランは紙で育ち、新人はスマホしか触ってない。だからボタンみたいな属人の仕掛けは危険だ。標準化する。——マクロは廃止」
総務と法務が同席し、HRが“説明用ファイル”を配る。シート名は「最終(仮)」。皮肉は罫線で丁寧に囲われている。
「引継ぎは?」と俺。
「不要。ボタンを無くせば、紙の手順書と誰でもできる作業に戻る」
「そのボタンの向こうに、三年分の手順があります」
「右クリックもできない人や長押しで出ると思ってる新人でも回る形にする。それが“誰でもできる”だ」
言葉は強いのに、中身の手順は示されない。俺は短くうなずいた。——仕様が無いまま決まっていくのを知っていたからだ。
「アカウントは18時で停止」
HRの声が事務的に落ちる。俺は白い薄型キーボードのケーブルを抜き、鞄にしまう。
隣の経理・斎藤が小声で訊く。「……大丈夫?」
「大丈夫。手でやっている時間の合計を、俺は“人力タイム”って呼んでた」
「うん」
「明日から、たぶんそれが増える」
自動ドアが開くと、外の空気は無関係な顔で冷たかった。
——“誰でもできる”の反対側、“誰もできない”へ、会社は静かに歩き出した。
⸻
その夜、求人票を要件書として読み直す。
「即戦力」「スピード感」みたいな曖昧語が並ぶ中、一社だけ違った。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
シートライト株式会社
・現場の主な道具=Excel。マクロを敵にしません
・手作業の合計時間を毎週計測
・“標準=誰でもできる”ではなく“標準=誰でも再現できる仕組み”
・マクロは目的ではなく手段。中身(手順)を公開します
・業務自動化チーム新設(先月の障害で“つぎはぎ手作業”の限界が判明)
面接は普通のやり取りだった。
社長「現場は明日から急に別のソフトに変わりません。明日もExcelです。だからExcelから整えるチームを作りました」
俺 「ルールと手順を決めて、使いやすくする。合っていますか」
社長「はい。マクロは手段なので、中身(手順)を共有して誰でも再現できるように。仕様書、書けますか」
俺 「書けます。まずファイル名/シート名/入力ルール。次に人力タイムを測って減らす計画を出します」
社長「採用です。明日からお願いします」
——はっきりしていて、分かりやすい。
⸻
初日。白が基調の小さなオフィス。ケーブルは束ねられ、壁のA3には大きくこうある。
「コピペせず、参照でつなぐ」(貼り付けではなく、数式やリンクで結ぶ)
「ようこそ。ここが業務自動化チーム。今日から君がリーダーだ」社長が言う。
ドアを叩くと、三人が待っていた。
「経理の早乙女 灯です」
丸メガネ、薄ピンクのカーディガン。やわらかい茶髪ボブが肩で跳ねる。
「数字は嘘つかない、人が嘘つく……って言いますけど、私、数字にも嘘つかせてる気がします」
「大丈夫。数字は間違った操作でズレただけ。直せます」
「広報の霧島 リリです!」
肩までのピーチピンクの髪に大きなリボン、ネイルがきらきら。
「パソコン好きですが、電源ボタンの場所が毎回あやしいです。コピペって妖精の仕事ですよね?」
「実在します。今日、会わせます」
「やった、コピペさんに会える!」
「総務の藤堂 つむぎです」
高い黒ポニーテール、紺ジャケット、指サック、A4バインダー二冊。
「セルって、結局なんですか?」
「セルは“小さな箱”です。箱に文字や数字を入れて、箱どうしを数式でつなぎます。この二つだけ覚えればOK」
俺はホワイトボードに三行だけ書く。
標準=“誰でもできる”ではない
標準=“誰でも再現できる仕組み”
コピペせず、参照でつなぐ
「最初は何から?」つむぎ。
「名前です。ファイル名・シート名・列名」
灯のPCを借りる。デスクトップはアイコンの花畑で、名札は騒がしかった。
・最終.xlsx
・ほんとに最終.xlsx
・ほんとにほんとに最終(今度こそ).xlsx
・最終(ガチ)(マジ).xlsx
・FINAL_final_v5_copy2.xlsx
・最終_修正版_ほんとのやつ.xlsx
・これで終わり.xlsx
・これで終わり2(ほんまに).xlsx
・最終(約束の地).xlsx
・SAISHU_FINAL_完成_ほんまに.xlsm
・最終_final_2025_今度こそ_最終_最終(終).xlsx
・last_last_really_last_for_real.xlsx
・最終の墓場(触るな).xlsx
三人の背後から同時に小さな悲鳴。
「これは“迷子のファイル名”(開くまで中身が分からない名前)です」
「集計_売上_週報_2025w43.xlsx のように、読むだけで中身が分かる名札に変えましょう。次回も同じルールで作れます」
リリ「名前だけで変わります?」
俺 「変わります。探す時間が消える。人力タイムは“探す・迷う”でも増えるから」
白い薄型キーボードを机に置く。
「次に復元練習。わざと壊してCtrl+Zで戻す。もし戻れなければ、保存する前の状態に戻す手順(自動保存の履歴/別名保存)も練習します」
つむぎ「いきなり壊すんですか?」
俺 「戻れる道を先に知ると、前に進めます」
リリが手を挙げる。「その“戻れる道”、どこに売ってます?」
俺 「ここ」キーボード左下を指す。「Ctrl と Z の間」
小さな笑いが生まれ、空気が少し軽くなる。
「今日の目標は三つ。
一つ、命名ルールを決める。
二つ、復元練習(わざと壊して戻す)をやる。
三つ、明日から動かす人力タイムメーターの準備」
灯 「私、数字が並ぶと息が詰まります」
俺 「今日は点数も評価もつけません。やることは一つ、失敗して戻る。戻り方を知ってから、明日“人力タイム”の数字を出します」
「ようこそ、業務自動化チームへ」
三人がうなずく。
最初のファイル名を決めた。
集計_売上_週報_2025w43.xlsx
名前は短く、意味は長く。
今日からすべてが、上書き保存されていく。
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