第5話『遅すぎた告白と、私の答え』
求婚者たちの猛アタックと、それを上回る元夫の妨害工作に、私の我慢もそろそろ限界だった。
そんなある夜、私はついにクロード様を問い詰めることにした。
いつものように、農園を見下ろせる丘の上に、彼はいた。今夜は変装もせず、月明かりの下、皇太子としての姿で。銀の髪が夜風に美しくなびいている。
「クロード様。一体、何が目的なのですか?」
私の声に、彼はゆっくりと振り返った。その氷蒼色の瞳には、今まで見たことのない、深い苦悩の色が浮かんでいた。
「……リネット」
「あなたに捨てられた女が、誰と結婚しようとあなたの知ったことではないはずです。それとも、元妃がみすぼらしい暮らしをしているのが、皇家の恥になるとでも?」
私の棘のある言葉に、彼は悲しそうに眉を寄せた。
「違う。そうじゃないんだ」
彼はゆっくりと私に近づくと、私の目の前でひざまずいた。皇太子が、平民の私に。ありえない光景だった。
「リネット……すまなかった。あの離婚は、君を守るための……偽装だったんだ」
「……は?」
予想外の言葉に、私の思考は停止した。偽装離婚? 守るため? 何かの冗談かしら。
クロード様は、絞り出すような声で語り始めた。
彼の話によれば、当時、宮廷内では反皇太子派の貴族たちが力を増していた。彼らはクロード様の最も大切な存在、つまり妃である私を標的に定めたらしい。私の些細な言動を悪意をもって捻じ曲げ、『悪役令嬢』のうわさを流したのも彼らの仕業だった。
「彼らは、君の食事に毒を盛る計画さえ立てていた。私が君の隣にいる限り、君は危険に晒され続ける。だから……だから私は、君を突き放すしかなかった。君を『価値のない女』として追放すれば、彼らも君に興味を失うと思ったんだ」
彼の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。「氷の皇太子」と呼ばれた男が、泣いている。
「君を愛している、リネット。あの日からずっと、後悔しなかった日はない。どうか、私を許して、王宮に……私の元に戻ってきてはくれないだろうか」
それは、悲痛な愛の告白だった。彼の瞳は真剣で、嘘をついているようには見えない。宮廷で彼が孤立していたことも、反体制派がいたことも、薄々とは感じていた。点と点が、今、線で繋がった。
彼が私を守ろうとしていたことは、わかった。そのために、彼も苦しんでいたことも。
けれど。
私は、彼の差し伸べられた手を取らなかった。
「……お断りします」
私のきっぱりとした声に、クロード様は信じられないという顔で私を見上げた。
「な……ぜだ……?」
「理由なら、たくさんありますわ。まず、あなたの計画は穴だらけです。私に一言も相談なく、勝手に事を進めた。私はあなたの所有物ではありません」
私は冷静に、一つ一つ言葉を紡ぐ。
「それに、戻ったとして何が変わりましょう。私を狙っていた貴族たちは、まだ宮廷にいるのでしょう? 根本的な解決にはなっていませんわ」
そして、私は自分の胸に手を当てて、一番大切なことを口にした。
「何より――私は、今の生活が、とても気に入っているんです」
土を耕し、作物を育て、村の人たちと笑い合う。誰にも縛られず、自分の力で生きているこの毎日が、私にとっては宝物なのだ。
「あなたのしたことが偽りだったとしても、私が手に入れたこの幸せは本物です。だから、戻る気はありません。申し訳ありませんが」
私の言葉は、彼にとって何よりも残酷な真実だっただろう。
クロード様は、血の気を失った顔で、その場に崩れ落ちた。彼が初めて見せた感情の爆発は、遠くで控えていた護衛たちを凍りつかせ、この話が伝わった宮廷を後日震撼させることになる。
でも、私は後悔していなかった。
やっと手に入れた自由を手放すつもりはない。たとえ、その理由が愛だったとしても。
月明かりの下、私たちは言葉もなく、ただ気まずい沈黙の中、立ち尽くしていた。私たちの間にあった溝は、埋まるどころか、さらに深く、広くなったように感じられた。
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