第2話 成長
俺は慣れない体を動かしながら、周りを見渡した。
「一体ここは……どこなんだ? 地球なのか?」
足元の感覚も、空気の匂いも、何かが違う。
あたりを歩き回るうちに、ある確信が胸に生まれる。
――ここは、地球じゃない。
草むらの中には、ブヨブヨとしたスライムが蠢き、
小さなキノコが飛び跳ね、空には馬のような生き物が悠々と飛んでいた。
すべてが、俺の知らない“世界の理”で動いている。
やがて、湖のほとりにたどり着いた。
喉の渇きを癒そうと身をかがめると、水面に映る“自分”の姿が少しずつ露になっていく。
――獣。
狼のような顔、鋭く噛み合う牙、そして全身を覆う灰色の毛並み。
「……マジかよ、これが俺の姿か……」
---
一週間が経った。
この生活にも、少しずつ慣れてきた頃――俺は、この世界の仕組みを少しずつ理解し始めていた。
初めて“狩り”というものをした日のことだ。
草原の中で、飛び跳ねていた小さなキノコを一つ、恐る恐る食べてみる。
すると――脳内に直接、ふわりと情報が流れ込む感覚が走った。
『ピョンピョンキノコ』
正式名称とともに、その特徴や効果までが鮮明に浮かび上がる。
――食べると体が軽くなり、短時間だけだが跳躍力が飛躍的に増す。
体のバネや反射神経が自然に補正され、普通の草原の丘くらいなら軽々と跳び越えられるようになるという。
さらに、脳に直接入る情報によって、初めての採取でも調理法や毒性の有無まで瞬時に理解できる。
口に入れた瞬間、少しぴょんと跳ねてみると、確かに体がふわりと軽くなった感覚があった。
これなら狩りや探索に役立ちそうだ――この世界の生き物や植物には、触れるだけで情報を得られる不思議な性質があるらしい。
蓮は、小さなキノコを手のひらに見つめながら、胸の中でわくわくとした興奮を感じた。
レベルも上がることが分かり、狩りにも少し慣れていた頃――
ふとした瞬間、右上に何かが現れた。
色々見てみると、それはおそらくステータス表だった。
「レベル一……」
分かってはいたが、自分のレベルに少しがっかりする。
「ゲームみたいに最初から最強、とはいかないか……」
だが、俺は諦めなかった。
この一週間で――俺は、俺は……レベル三まで成長してみせたのだ。
馬鹿にされたって構わない、努力したことが何より大切だ。
しかし、獣の体である以上、どうしても不便なことが一つあった。
――手が使えないのだ。
物を運ぶには、口しか手段がない。
俺はあの手この手で工夫してみたが、結果は散々だった。
草や木の実を口で掴み、運ぼうとしても思うようにはいかない。
ジャンプや走力で補おうとしても、やはり限界がある。
――この世界で生きるには、体の不自由さを乗り越える工夫が必要なのだと、改めて痛感した。
---
ステータス表を眺めていると、ひとつ気になる項目が目に入った。
――スキル:形態変化(未習得)
「形態変化……?」
試しに意識を向けると、簡易説明が脳内に浮かぶ。
> 【形態変化】
一定以上の魔力と経験値を得た獣が、
“人の姿”または“異なる獣形”へと変化できるようになる。
「……獣限定のスキル、か?」
胸の奥が高鳴る。
もし本当に人の姿になれるのなら――この不自由な体から、抜け出せるかもしれない。
だが、習得条件には小さくこう書かれていた。
> 習得レベル:5
「……レベル5、か。」
今の俺は、まだレベル3。
――遠い。けれど、届かない距離じゃない。
その日から俺は、食事を忘れるほど狩りに明け暮れた。
だが、現実は甘くない。魔物たちは日を追うごとに強くなり、怪我も絶えなかった。
「きつい!……きつい!!」
叫びながらも、牙を食いしばって立ち上がる。
前に進まなければ、何も変わらない。
この世界で生き抜くためにも――
“人の形”を取り戻すためにも。
---
レベル上げのため、俺は密かに目をつけていた洞窟へ足を踏み入れることにした。
入口からすでに、禍々しいオーラが漂っている。
それでも――行くしかない。
「……ここを越えなきゃ、前に進めない」
喉の奥で小さく唸り、慎重に一歩ずつ進む。
中は想像以上に暗く、湿った空気が肌にまとわりついた。
足音が響くたび、奥で何かがざわめいたように感じる。
「……暗すぎるな」
前脚で石を踏みしめながら進むと、ふいに視界の端で淡い光が瞬いた。
奥の岩壁に、ひとつだけ輝くものがある。
――それは、青白く脈打つクリスタルだった。
「……光ってる?」
近づくたびに、鼓動のように光が強まる。
俺は思わず息を呑んだ。
どこか惹かれるように、口でその欠片を噛み折り、そっとくわえる。
瞬間――頭の中に情報が流れ込んできた。
> 【ルミナクリスタル】
洞窟の奥深くで自然生成される希少鉱石。
所持者の魔力を微かに増幅し、夜目を明瞭にする。
※強い魔物を引き寄せる性質を持つ。
「……魔力増幅、か。悪くない」
だが、最後の一文を読んだ瞬間、背筋が冷たくなった。
――“引き寄せる”。
洞窟の奥から、低いうなり声が響いた。
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