第11話 再会②

ドン、と彼女の手が、僕の耳元の壁に当てられた。

しなだれ落ちた金髪が、僕の顔を掠める。

彼女の顔が、目の前にあった。


鼓動が加速するのを感じる。

全体的に凛々しい雰囲気の中にも、長いまつ毛や豊満な身体は女性らしさをしっかりと主張していて、それを意識せずにはいられない。


「どう責任とらせてやろうかしら」


草食動物を見つけた肉食獣みたいな眼で見つめられる。

その瞳の奥には、黒い炎がたぎっているみたいにみえた。


「なに、するんですか…」


僕は彼女のことを見上げる。

目が合った瞬間、彼女の目のギラつきが更に増した気がした。


「そういう顔、ほんとズルいよね」


「…………?」


「なんにもない、こっちの話」


彼女の顔がどんどん迫ってくる。

荒くなった吐息が鼻先にあたって、少しくすぐったかった。

そして彼女の顔が、薄い空気を挟んですぐ眼前に迫ったとき─────


────ビビビビビッ!ビビビビビッ!


耳をつんざく受話機からのコール音が、部屋中に響いた。


パッと、目の前の威圧感が消え失せる。

峰山先輩は僕に迫っていた手をどけて、自制するように頭を抱えた。

それからドサっと、僕の隣に腰を下ろす。


「冗談冗談。なんもしないって」


「とても冗談には見えなかったですけど……」


「冗談つったら冗談よ」


有無をいわさぬように、肩をガンとぶつけられた。

彼女は立ち上がって受話器を手に取って、一言二言の会話の後、ガチャリとスタンドに叩きつけた。


どうやら、退出十分前のコールだったようだ。


「三十分しか取ってなかったから、もう時間だわ。ぼちぼちでるよ」


「あ、はい」


「ほら、出る準備して」


峰山先輩に急かされて、僕は慌てて立ち上がった。



夜の繁華街を、二人並んで歩く。

僕と峰山先輩の間には、なんとなく気まずい雰囲気が漂っていた。


その雰囲気を打ち消すように、茶化した口調で峰山先輩が口を開いた。


「そういや陽向あんた、みんなの連絡無視してたでしょ」


「うっ」


じとっと、峰山先輩の視線が突き刺さる。


学校いけなくなって以降なんとなく気まずくて、僕はクラスメイトや は知り合いからの連絡に返せなくなっていた。


「せめてうちのだけでも返しなさいよ」


「⋯⋯⋯峰山先輩のだけでいいんですか?」


「別に返したくないなら無視しとけば。うちのこと無視すんのは許さないけど」


そうぶっきらぼうにいってのける。


「なんか困ったことあったら、なんでも連絡してくれていいから」


「⋯⋯⋯⋯ありがとうございます」


「ほんとに、遠慮しなくていいのよ?」


峰山先輩が心配するように身を屈めて、僕の顔を覗き込む。

彼女からの気遣いを感じて、僕は心が暖かくなった。


峰山先輩と話しているうちに僕たちは繁華街を抜けて、駅の方へと戻っていた。

彼女と僕は家の方向が違うので、帰るならここでお別れだ。


「それじゃ、ここらで解散しましょうか」


「はい、今日はありがとうございました」


「また連絡するから。無視は許さないかんね」


ひらひらと手を振って、峰山先輩はこの場を後にした。

彼女の姿を見送って、僕も帰ろうとしていると────


「ガキ君……?」


ふと後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。


驚いて振り返ると案の定、パーカのフードを深く被った人物が立っていた。

紫月さんだ。


「こんなところで、なにしてるの?」


「少し、深夜の散歩にでていました」


「ふーん」


いいながら、彼女はフードを取っ払う。

フードから溢れた髪の毛が宙を舞うと同時に、彼女の端正な顔があらわになった。


相変わらずの無表情だったけど、僕を見つめる視線の温度はいつもより低い気がする。

底冷えするような瞳に見つめられて、僕は背筋がゾクリとするのを感じた。


「⋯⋯⋯女の人と一緒に?」


「あ、みてたんですね」


いつもより、声色がぶっきらぼうな気がする。

鋭い目線で、彼女は問いかけた。


「あの女の人、誰?」


「学校の先輩で、お世話になってた人なんです。繁華街の方で、バッタリ出会いまして」


なんだか彼女がどんどん不機嫌になっていっているような気がする。

あまり表情が豊かでない紫月さんだけど、今の彼女の顔からは、不満気な雰囲気が感じ取れた。


「なにしたの」


「少し話しただけですよ」


「歩き回ってただけ?」


「あとは、カラオケに入ったり」


話をするために、三十分だけだけど。


彼女はカラオケという単語を聞いた瞬間、肩をピクリと跳ねさせて反応した。


「二人で?」


「え?ああ、そうです」


彼女が、なぜそんなことを気にするのかがわからなかった。


もしや、心配してくれているのだろうか。

こんな夜更けに二人でカラオケなど、確かに不用心に見えるかもしれない。


「あの、心配してくれなくでも、大丈夫ですよ。気心の知れた仲ですし、信頼できる人なので」


「ふーん、そうなんだ」


また一段と、声音がツンと冷たくなる。

不機嫌なオーラは丸出しで、冷気を纏っているようにさえ見えた。


「えっと、なにか怒ってますか?」


恐る恐る尋ねる。


「怒ってない」


口ではそういっているけど、とてもそうは見えない。

明らかになにか、機嫌を損ねているように見える。


突然ガバッと、腕を掴まれた。


これまでも腕を掴まれてどこかに連れ回されることはあったけど、腕を握る強さがいつもより強い。


「ちょっと、どこにいくんですか!」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」



無言で歩き出す彼女に、僕は尋ねるけど、帰ってくる返事はない。


「メッザノッテですか?」


今の時間からいくところなんて、あのお洒落なバーくらいしかないと思った。


「⋯⋯⋯⋯ガキ君の家」


しかし帰ってきた答えは、予想外のものだった。

てっきりまたどこかに連れ回されると思ったのだが、僕の家に向かっているだけらしい。


「⋯⋯⋯⋯それなら、腕を掴む必要ありますか?駅からの帰り道なら、案内してくれなくてもわかりますよ?」


そう提言するけど、彼女が手を離したり、足取りを緩めたりする機会はない。

むしろ足取りは、早くなってきているような気がした。


「えーと、聞こえてますか?」


僕がそう言葉を発して、ようやく彼女は歩みを止めた。

そして、ボソリとつぶやく。



「え?」


思考が停止する。

今この人は、なんていった?


僕の思考の整理が追いつかないうちに、彼女は振り返って、もう一度強く明言した。



 

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