第55話 最大魔法



 邪木樹という言葉が初めて大陸に出てきたのは百年前の事である。


 元々それは数百年を生きている大樹、北の国でも意思を持つ聖樹としても尊ばれた。もっとも意思を持つ……と言うのはただの噂だったのだが。


 しかし、それが変化したのは北の国である奇病が発生した時の事だ。


 木々を腐らせていくウイルスに似た物であり。沢山の木々が駄目になった。


 それはこの大樹も同じだった、ウイルスにかかった大樹はみるみるやせ衰えて行ったのだが。



 ある日、その樹を愛して近くに住んでいた高名な魔法使いがその樹を活かすために魔法を作り上げた。


 そしてその魔法を大樹に施すと、その樹は黒くなっていく身体で動き始めた。


 魔法使いは元気になったのだと勘違いして喜んだが、魔法使いが疲れてその樹の傍で眠ったその夜、その魔法使いの姿は消えていた。


 多分、その樹に飲み込まれたのだろうという話だ。


 動き始めた大樹は手始めに近くの集落を飲み込み、更に徐々に大きくなっていき、大地を腐らせ、森を汚し、動植物を取り込み腐らせて行った。


 生きるために他の生命を奪い始めたのだ。




 ケルンは深刻な顔をしてそれを話した。


 聞けば聞くほど作り話のような怖い話だが、この状況を見る限りだとこの話はきっと本当なのだろう。


 俺はミスミさんに聞いたことがある。


 身体を呪われし大樹にするという禁呪。


 恐らくその魔法使いの使った魔法を進化させた奴がいるのだろう。


 はた迷惑な奴もいたものである。


 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。


 このままでは王都近くの大地が腐り、というか王都自体が飲み込まれる可能性すらある。




 俺はすぐさま炎の魔法を放ちまくったのだが。



「全然だめだ」



 なんとその樹は俺の炎魔法じゃびくともしなかった。


 そもそもその樹は草が生えていないのだ。油性が無く、樹液も腐りきっていて燃える要素がない。


 当然の如く連鎖発火することは無かった。


 そうこうしている間に夜が来て一応樹の成長は止まったが、このままでは遅かれ早かれ王都を樹が侵食するのは間違いないだろう。


 なので、俺らは緊急で作戦会議することになった。


 ちなみにイズールドの兵は皆、リーゼ陛下の命令に従い、木々の周囲に誰も近づかないように警備をしている。


 まさか命令に従うとは思っていなかったのだが、主が取り込まれた以上、兵士達はどうしようも無かったのだろう。


 イズールド家への忠誠の厚いリーダー格の騎士団のベテランとかは率先して突っ込んで飲み込まれて行ったし。



「これ以上焼くことは出来ないか?」


「出来ないでしょうね。大して効果はなさそうです」


「それにしてもあれ凄いな。あっという間に大きくなったぞ」


「成長しているんでしょうね。厄介なことに。夜に近い時間で良かった」



「ハヤトさんの水魔法で洗い流しては? 清められないのでしょうか」


「大地が腐る位ですよ? もしかしたら被害が拡大するだけかも」


「彼に意思は無いのでしょうか?」


「再三呼びかけても返事の一つもなかったですからね、なさそうですね」



 それからもいくつか案が出てきたがどれもパッとしない。





「あの……」



 それまで黙っていた人から声が出る。


 意識を取り戻したレナだ。


 敵側ではあったものの、起きて早々謝られた事、そして罪滅ぼしの一つとして手始めに協力を願い出た為、会議に参加している。


 最も、聞けば女王排斥の件もリア様の父君暗殺の件もほぼ関与していない為、裁きも保留となっている。


 基本的にレブナントの補佐であり、やり方を見るようにと言われて見てただけの様だ。


 一人前に鬼畜な事が出来るように教育していたのだろう。


 教えられていた当のレナ自身はあまりやり方が好きじゃなく、逃げたかったそうだが装飾品で縛られていては逃げようもなかったのだろう。


 ちなみに首の装飾は付いたままだ。



「そもそも北の国ではどうやってこれを沈めたんですか?」


「冬が来ました、北の国ではたまに豪雪になりますから、時期が重なって活動が停止したんです。そのまま氷の魔法で徐々に凍らせていって結果、樹は死にましたね」


「徐々に……ね」


「一応氷の槍は放ちましたけど」


「氷の槍でも溶けて飲み込まれましたからね」


「栄養を与えただけだな」


「それに冬を待ったところでこの国は北方の国と違って雪は積もらないからな。そんな時期待つだけ無駄だ」




 ナルドが言うが、俺は少し考えた。


 雪……雪か。




「陛下」


「リーゼで良いですって。それで何ですか?」


「この辺の大地に被害が出ても宜しいでしょうか? 許可さえあればもしかしたら何とか出来るかもしれません」





 次の日、俺は邪木樹の近くにやってきた。


 最悪これをやればこの辺近くの水田は駄目になるかもしれないし、道自体使えなくなるかもしれないし、何より俺の魔力が持つか分からないので不安だったのだが、やるならこれしかないだろう。



「では始めます、一時的にでも活動が止まりましたら王都の魔法使いを動員して活動が完全に止まるまで凍らせてください」



 俺はそれだけ言い、詠唱を始めた。


 これから俺が使える中で恐らく最強の魔法を放つ。


 魔力が持つかは分からない、前ですらミスミさんの補佐が無ければ身体が消し飛んだ可能性すらあった、現代で聞いたことが無い。恐らく古代魔法の類じゃないだろうか。


 勿論前とは状況が違うが、今の自分の全力の魔力を込める。



『我、久遠なる時を紡ぐ者 我、悠久の時より絶氷海に封じられし王を顕現させし者 混迷なる大地を青より蒼し、絶対零度の吹雪で凍てつかせ、現世の刻限を止めてしまえ 三千世界を統べる氷獣王リカンド。我が前にその暴虐なる力を示せ』



 ふっと息を吐く。



「レブナント教官、終わりにしましょう」



【イシュタルド・シュベルネル】





 瞬間。


 魔力が爆発的に集まって放出された。


 周囲の温度はみるみる下がり、邪木樹の周囲を白い霧が囲い込む。


 そして、大きな体躯に氷の鎧を身に纏った獣王が顕現する。


 冷たい瞳は邪木樹を見据え、獰猛に笑う。


 ハヤトの中から大量の魔力が一気に持っていかれていく。


 動いていた樹の触手のような根はあからさまに動きを止め、凍り付いて行き、周囲は銀世界へと変わっていく。



『オオオオオオオオ……ッ!』



 邪木樹はつんざく様に叫ぶ、それはこれからもたらされるであろう一撃に怯える、恐怖の咆哮にも似ていて、


 ピクリ……と氷獣王は動く。


 そして影を残すほどの速さで大きな剣を邪木樹に振り下ろした。


 それは瞬きすら遅く感じられる程の速さだ、


 邪木樹は剣で一刀両断される。


 地面まで振り下ろされた剣を中心に絶対零度の波動が周囲へと走る。


 生物の発する熱という壁を冷気で力任せに引き裂く。



「やったか!?」



 後ろからナルドが死亡フラグのような言葉を叫んでくる。


 止めてくれよ、そんな事を思いながら俺は魔力を使い果たし、地面に跪く。


 倒れる直前、視界に入ってきたのは真っ二つに割れ、地面まで凍り付いた巨大樹だったものの残骸だった。

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