第26話 番外編 ミスミの大陸放浪記



 灰色の空がある。


 噴煙で染まるそこは戦争している二大国の間に存在していた。


 挟まれた小さな小国は関係ないにも関わらず決して血の匂いが消えない。


 森も川もあり、草原もある、かつては平和の象徴だったその綺麗な景色の半分は朱色に染まっていた。



「ふむ……腹が空いたな」



 崩れた家の中を歩くとすえた匂いがした。


 わさわさと這い出る虫を見て、不快な顔を浮かべてしまう。



「飯を先に食われてしまったか、だが許そう。そんな腐った食物わらわの口に合わぬ」



 そのまま滅びた村を通過し、歩くこと半時、ようやく見つけた川に動くものを見つける。



「あれを飯にしよう」



 小柄な体躯からは信じられない程の速さで石を振り抜き、それは見事に川を泳ぐ魚に当たる。


 手早く乾燥した木々を集め、火をかけ、食べた。


 ついでに水浴びをして汗を流した後、そのままうつらうつらと船を漕ぐ。


 ミスミの旅は行き当たりばったりでそれでいて自由だった。






 次の日は川が無かったため、森で獣を狩り、火を起こし肉を焼きながらミスミの黄色い瞳が闇を覗いた。



「そこにいるのはどなたかな?」



 火を見ながら声を出す。


 森の中は静かだが、微かな吐息が微かに聞こえた。



「ふむ、聞こえているぞ。空気を揺らす声音が、おそれを抱く心の音が、姿は見えずともわらわには主の居場所がわかる」



 そう言い、手に持った小石を投げた。


 大きな幹にかつんと当たる。


 すると樹の影から小さな影が現れた。


 小さな子供だ。


 服も顔もボロボロで今にも倒れそうな見た目をしている。


 身長はミスミより小さく、それでいて髪は長く顔は汚れているが整っている方だ。


 恐らくあと十年もすればきっと美人に育つだろう。



「これは小さな客人だ、何か用かな?」



 少女は何も言わないままふらふらと無警戒に出てきて、そして火の傍に座った。


 ミスミもそれに何の反応も見せず、黙って座っている。


 暫くそんな静寂な時が流れてから、少女はちらちらとミスミを見た。


 ミスミは一度目を閉じてから再び目を開き火を見る。



「あの村からずっと追いかけていたな、飯も食わずに頑張るな」



 語りかけるような話口だ。


 穏やかで、それでいて他人事のような言い方だ。



「両親はどうした」


「……死んだ」


「そうか、飯はどれくらい食べてない」



 少女は小さくなって座りながら首を振る。


 はぁ……とミスミはため息をついてから焼けた肉の一部を少女に渡した。



「これを食え」


「…………?」



 不思議そうに見る少女を侮蔑混じりの視線で見る。



「ただでやると言っているわけじゃない、肉を食ったら乾いた木を集めてこい、ほら、こういう火にくべられるような乾燥した木の枝だ」



 少女はこくんと頷いてから肉を食べ始める。


 そして満足したのか立ち上がり歩いて行く。


 それからそう時間も経っていないが両手いっぱいに木の枝を集めて持ってきた。


 少女は火の近くにそれを置いてから座り込む。


 暫くしない内に少女の寝息が聞こえる。



「ふん、少し湿っているではないか」



 乾燥していない木の枝を魔法で乾かしてから火の中に投げた。






「そうか、メルと言うのか。わらわはミスミ。気軽にミスミ様と呼ぶと良い。む、様は気軽でないと? なら名前を呼ぶな」


「ごめんなさいミスミ様」


「ふふ、よしよし。許そう。わらわは寛大だからな」


「寛大?」


「寛大だ」



 森を歩いているとミスミに慣れたのか少女は徐々に話始めた。


 住んでいる村が賊に襲われた事、そして遠くの親族がいる村を頼れと最後に両親に言われたと。



「親族が隣村にいるのか。そうか、わらわは散歩が好きだからな、その辺りを散歩しようではないか」



 それから数日歩いていると盗賊が現れた。



「嬢ちゃん、金目の物とその服を頂こうか」



 ミスミの周囲に十人程いるそれは、どれも粗暴そうな顔をしている。


 少女は怯えてミスミの袖を掴む。


 ミスミは周囲を睥睨し、ゆっくりと口を開く。



「わらわは存外機嫌が良い、今なら引くのを許そう」


「なんだと?」



 盗賊が近づいた瞬間。



「がっ」、「ぎっ」、「ぐあ!」。



 盗賊に土の塊が飛んでいき、当たった者は皆うずくまる。



「ま、魔法使いか」


「いかにも、貴様らではわらわに勝てんだろう。何かするつもりならば死を賜ると思え」



 その声と同時に盗賊達は我先に逃げて行った。



「ふん、根性無し共め、ほら。危険は去ったぞ。早く離れろ」



 話しかけるが少女はぶるぶると震えている。



「どうした」


「あ、あいつら。あいつらが……」



 それだけでミスミは少女の考えを理解する。



「なるほど村を襲ったのはあいつらか。ふむ、逃す必要はなかったな。まあいい、次に会ったら考えよう」



 ミスミはそのまま少女を引きずるように歩いた。






 夜になる前に川の魚を捕まえ、焚火をする。



「落ち着いたか」



 少女はこくんと頷いた。



「食え」



 焼けた魚を食べるよう促すと少女は大人しく食べた。


 少女は魚を食べてからじっとミスミを見る。



「どうした?」


「ミスミ様は強いね」


「ああ、知っている」


「ミスミ様強いからもしかして私の国も救える? 私の国小さいけど隣におっきな国があるからいっつも巻き込まれてる。ミスミ様ならなんとかできる?」



 純粋な眼差しが突き刺さる。


 ミスミは一度だけ少女の頭を撫でてから笑い出す。



「くふふ……面白い冗談だ。わらわ一人で国を救えるわけないだろう。救えたらそれは化け物の類だ」


「ミスミ様人間」


「くふふふ……そうだな。人間だ。脆弱な人間だよ。そうでなければ人に滅ぼされてしまうじゃないか。どこぞの馬鹿共のようにな」


「…………?」



 首を傾げる少女の頭をこつんと指で押す。



「もう寝ろ。きっとそろそろ貴様の言う村に着くころだ」





 次の日、太陽が南中に向かう頃、村が見えた。


 少女が顔をほころばせ、走っていく。



「ん、メル。メルじゃないか!」



 村に親族がいたらしく、抱きしめられている。


 だがその村はどこか物々しく、何かを警戒しているように見える。



「メルを連れてきてくれたのですね、ありがとうございます。何かお礼を出来たら良いのですが」


「では飯を頂こうか」



 簡単な雑炊を食べているとメルの叔父さんという男がやってきた。



「この度はありがとうございました」


「良い、散歩がてらだ。して、貴様らは何に怯えている?」



 男は言うかどうか悩んでからゆっくりと口を開いた。



「これまでいくつも村を襲っている盗賊団が次の標的としてこの村を狙っているというのです」


「なるほどな」



 直後、男は頭を下げてきた。



「メルから聞きました。子供のように見えますがあなた様はとても強いと。駄目とは思っていますがお願いです。村を守ってはいただけないでしょうか?」


「…………」



 ミスミはちらと男を見てから空のお椀を置く。



「雑炊一つでわらわを使おうと? 安いなぁ、くふふ……面白い冗談だ。貴様らが明日死のうと盗賊に襲われようとわらわには関係のない話だ。違うか?」


「そう……ですよね。いえ、恩人にすいません。今のは忘れてください」


「聞かなかったことにしよう。雑炊感謝する」



 ミスミは立ち上がり村の入口へ向かう。


 さて、次はどこへ行こうか。



 考えながら歩いていると見覚えのある少女がててて……と走ってきた。


 少女、メルはそのままミスミの手を握ってくる。


 おかしな手の感触に見ると白い花が握らされている。



「ミスミ様! ありがとう。これお礼」



 えへへ……と笑う少女をミスミは真顔で見つめる。



「返すものは無いぞ」


「良いの。今までのお礼だから」



 ニコニコ笑う少女は最初に会った時とは雰囲気がまるで違う。


 きっとこれが彼女の素なのだろう。



「くふふ、これは大層なお礼を頂いてしまったな。またな」



 ミスミは目を細めて少女の頭を撫でた。






 村を出て歩きながらミスミは手にある花を見る。



「やれやれ、馬鹿馬鹿しい……」



 ぼそりと呟きながら山に煙を見た。


 それは恐らく炊煙で、その煙の寮からきっと数百は人がいるだろう。



「かつて放浪の大賢者レンカと呼ばれ、魔王にも恐れられたわらわをこんな花で動かそうなど、全くあの娘は将来悪女になるな」



 ぶつぶつと呟きながらミスミは歩く。



 その日以来、この周辺を襲う盗賊団の姿を見たものはいなかった。

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