第二部

第12話 人材登用



 あれから俺は、リア様付きの護衛魔法使いとして彼女の行くところの大体を共にしている。


 勿論だが、護衛は俺一人じゃない。常にリヒトという初老の男もいる。


 リア様は非常に動く人だ。



 政務室から街の様子を見たり、才あると言われる人の噂を聞き見に行ったり時には街の外へ行くこともある。


 一度ファナの所へ行って茶を飲んで帰ってきたこともある。


 ファナは俺を見ると凄いニコニコと笑顔を見せていた。



 基本的に俺は何かする必要は無い。


 リア様も必要以上に俺に話しかけてこないし、相談事があれば大体リヒトさんに話しかけて解決している。


 俺は危険が無いかと目を見張っているが少し前に反乱を止めたばかりだ。危険な奴がいるわけもなく。



 結局俺は何もしないでただリア様の後ろで歩いているだけで美味しいご飯を食べて柔らかい布団で眠っている。


 あれ、これ俺要らなくないか?



☆☆☆



「失礼します」



 夜。


 仕事が終わる為、新しく付けた護衛に帰宅を促し帰ってもらった。


 執務室の窓からは月が見えている。



 この数か月で目を通すべき書類仕事も粗方片付いた。


 人材集めはいまいち進んでいないが今後、経済を発展させ産業を強化し観光を振興し農作物で取引を勧められればそのうち人の往来も増え必然的に人材は増えるはず。



 内政はともかく外交もそろそろ強化していかなければ、王都への根回しも……北の山の開発も……。



「ふう……どうにも人が足りませんね」



 息を吐き椅子に背を預ける。


 ディーナス・ロウが自分に逆らう者を排除したせいで中核人材がごっそり減ってます。


 困ったものです。



「お疲れですな」



 隣で立っていたリヒトは腕組みながら壁に背を預ける。



「領主になどなるものではないですね、ため息ばかりついてしまいます」


「お嬢様は有能だから色んな場所が見え過ぎて疲れるのです。無能であればその疲れは出ないかと」


「見えないからですか? ふふ……そして何もせず無為な時間を過ごした挙句、領地の疲弊を食い止められないで没落するのでしょうね」


「でしょうな」



 リヒトはその物言いにくく……と笑う。


 二人でしばし笑ってから私は目を細める。



「彼は貴方から見てどうですか?」


「ハヤトですか。数か月見てきましたが、しっかり護衛を務めていますな。間者にも見えません。信頼に足るかと」


「今も彼は宿から?」


「油断は禁物と言うので」



 現在ハヤトは城に泊まっていない。泊めていない……というのが正しい。


 リアの護衛の際も常にリヒトやデフなどリヒト直属の部下も近くにいる。


 信頼をしていない為だ。



「リア様、彼をそろそろ信頼してもよろしいかと。お嬢様に聞くまで忘れていましたが、あの時の少年なんでしょう?」


「…………リヒト、私は今も初めて彼を助けた時の事を覚えています。彼はあの時涙を流して感謝していました。その後の襲撃事件でも、力不足ながらも飛び出して庇おうとしてくれました」



「はい」


「今回の件、私は見ていない為、話しを聞いた今でも信用出来ません。彼は本当に強いのですか?」



「一番近くでハヤトという人物を見定めたデフを見ればわかっていただけるかと」


「ふふ……そうですね、彼は正直ですからね。ですがそれだけ強いのでしたらどうして私の下へ? それだけの力があれば引く手あまたでしょう」



「理由は申し上げたはずですが」


「信用出来ません、口では何とでも言えます」



 ぴしゃりと言うとリヒトは困ったように息を吐く。



「暫く見ないうちにお嬢様は変わられましたな」


「そうですか?」


「はい、人を信じなくなりましたな。領主としては良い傾向とも言えます」


「…………」



 それは……確かにそうかもしれない。



「父が暗殺され兄が信じていた味方に殺されて私は軟禁されていたのです。慎重にならないわけにはいかないでしょう」



 リヒトがじっと見てくる。



「……忠誠心か有能さを見せてくれたなら評価します」


「はい」



 返事をしつつもまだ納得していない顔だ。



「分かりました、では明日から護衛はハヤトさんだけにしましょう。リヒトは政務に合流しなさい」


「畏まりました」



 納得したようにリヒトは部屋を出ていった。



☆☆☆



 朝。


 屋敷に向かうと執務室にはリア様一人しかいない。


 リヒトさんは珍しく席を外しているのだろうか?



「おはようございます。あの、リヒトさんは」


「おはようございます、リヒトは今日から政務を行っています。元々政務に従事してもらいたかったので、護衛役はハヤトさんだけです」



 リア様は俺を見て薄い笑みを浮かべる。



「今日からよろしくお願いしますね」


「はい!」



 今日は街の視察という事でリア様と街に来ている。


 俺の他に兵士が数人いるが基本的にすぐそばにいるのは俺だけだ。


 襲撃とかあったら守らねば……。


 目を皿にして視線を色んな場所に向けていると店の前でリア様が不意にこちらを向く。



「ハヤトさん」


「はい」


「あなたはどうして私に仕えているのですか?」



 唐突な質問である。


 どうしてと言われても……好きで仕えてるのだけど、質問内容に何か裏でもあるのだろうか?


 うーん……と返答に困っているとリア様は俺が答えやすいように、言い方を若干変えてもう一度聞いてきた。



「質問を変えましょう、仕えるなら私じゃなくても良かったのではないですか?」


「え、どうしてですか? 嫌に決まってるじゃないですか」


「え?」



 即答するとリア様が少々驚いているように見える。


 俺の前で感情を出すのは珍しい。


 まるで誰でも良かったんじゃないかと言われている気分だ。いや、言われてるのかこれ。


 そ、そうですか……といいリア様はそのまま歩き出した。



 この時初めて俺は気づいた。


 多分だけどリア様、俺の事信用してないんだ。


 一応間接的にだけど前回は失敗したけど今回とかちゃんと命救ったと思うんだけどなぁ……。



 うーん。まあ、信用されてなくても良いけどね。俺が勝手に守るだけだし。


 なんて考えながら視察を勧めていると通りから一人の男が息を切らして走ってきた。


 見覚えのある姿だ。



 短い茶髪に割かし整った顔を台無しにする手入れをしていない無精ひげ。体格はそれなりの割に争い事は苦手で常に軽薄そうな笑みを浮かべた三十近くの男。


 事あるごとに俺の部屋に入り浸る男。


 デフだ。



「どうですか?」


「駄目です、てこでも動きません」


「そうですか……分かりました。では私が行きましょう」



 視察を終え、リア様はどこかへ歩き出した。


 とりあえず俺は隣にいるデフに話しかける。



「これはどこに向かってるんですか?」


「人に会いに行くんだよ。今な、この街にすげえ奴来てんだよ」


「凄い人ですか?」


「ああ、一代で富を築き上げた凄腕の商人だよ。そいつの師匠もやり手の商人で色んな所に顔が利くんだ」


「へえ……それは凄いんですか?」


「お前は本当に世情ってもんを知らないよな。すげえよ。だってそいつ俺と大して年齢変わらないんだぜ。そんな凄い奴だから経済関係を任せようと必死で交渉してんだよ。でもそいつ性格に難があるっていうか一匹狼気質でな。誰が言っても門前払いで。しかもそろそろ他の街に行くかもってんで焦ってんだよ」


「ふーん、そうなんですね」


「興味なしか! ……まあ、おめえに政治は早いよな」


「…………?」





 大きな天幕がある。


 その商人はそこで店をやっているのだろう。行商人は割とそういう簡易店舗で一時的に商売するらしい。


 商人は天幕の更に奥で物を整理しているようだ。リア様が来ても適当な返事を返している。



「諦めてください、私はそういうのには興味ありませんので」



「おい、リア様が来てんだぞ。その対応は失礼じゃねえか?」



 デフが怒り前に出る。



「はぁ、すいません。勝手に来ておいて礼儀知らずと言い出すとは立派な領主様です、大層礼儀正しい方ですね」


「んだと!」


「止めなさい」


「……は」



 リア様の一言でデフが止まる。



「非礼を謝ります、申し訳ございません。貴方の話はよく聞き及んでおります。どうか力を貸してもらえませんか?」


「年若い領主と聞いていましたが。やれやれ……分かりました。本人に来られたらね、仕える気はありませんが話だけでも聞きましょうか」



 迷惑そうなため息をついてからその人物は現れた。


 見覚えのある男だ。頭にターバンを巻いて細身でやや高い声で面倒くさそうにリア様を見て、続けて俺に視線を向けて……ん? ……と二度見してくる。



「え、ハヤトさん?」



 言われて思い出す。


 以前盗賊から助けた商人の男が立っていた。


 名前は確かケルン……だったか。



「んん、いや待ってください。街で噂になっていた、二千の兵を将軍ごと単身倒した凄腕魔法使い……あー、なるほど。確かに貴方なら出来ますか。……ってあれ?」



 リア様がこちらを見る。



「ハヤトさんのお知り合いですか?」


「はい、以前少しだけ……」


「ちょっとハヤトさん!」



 ケルンが俺の袖を掴んでくる。



「酷いじゃないですか、私が最初に声かけたんですよ。給金も沢山出すって言ったのに! 相手は決まってるからって断ったくせに!」


「そんな事言われても、俺はリア様以外に仕える気はなかったので」



 俺が言うとケルンはリア様をじっと見た。



「ふーん、ハヤトさんがそんなに言う方ですか……」



 静かに頷く。



「分かりました。領主様の誘いを受けます」


「本当ですか?」



 リア様の言葉にただし……と指を一本立てる。



「ですが条件があります」


「言ってみてください」


「私は領主様に仕えるのではなく、この……ハヤトさんの下で協力という形でなら付きます」


「ええ、何で俺!?」



 びっくりして思わず大きな声を出してしまった。何で俺の下にならだよ。



「……分かりました、その条件飲みましょう」


「ふふ、交渉成立ですね」


「え? ええ?」



 いきなり巻き込まれて困惑する俺をよそに、二人は力強い握手を交わしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る