第6話 戦い方を教わる 後編



 体内の障壁を力づくで吹っ飛ばす。


 そんな事が可能なのだろうか?



「何やってるんですか?」



 半信半疑のまま先ほどからせわしなく歩いているミスミに声をかけた。



「んん? まぁ、嫌らしい障壁ではあるがわらわには関係のない話だ」



 俺の周囲円状に青く光る宝石を置き、ミスミはこちらを振り返る。



「ではこれよりお前には大魔法を唱えてもらう。一応魔法を増強させる陣は敷いたがそれでも魔力は相当食う。しかしそれほどの大魔法だ。失敗は許さない。心してかかれ」



 ふふん……と薄い胸を張る。



「いや、でも俺はそんな魔法使えないんじゃ……」


「そうだ、障壁が魔力回廊の邪魔をしているからな。だから強引に大量の魔力を流すことでその障壁をぶち壊す。制御できない程の魔力量を流し込めば恐らく障壁は耐え切れずに壊れるはずだ。大量の雨でダムが決壊する様に魔力によって障壁は決壊する」


「ダム……あれ? それって俺の身体は大丈夫なんでしょうか?」



 ミスミさんは俺の問いかけにちらりと一瞥しただけでふいっと視線を逸らす。



「……大丈夫なわけないだろう」



 小さな声で何か聞こえた気がする。



「ミスミさん、今何か不穏な言葉が聞こえた気が……?」


「さぁ、ぼやぼやするな。わらわに続いて詠唱せよ、行くぞ!」


「ちょっ!」


 


 やばい……という考えに至ったのは詠唱を始めてからすぐに身体が焼けるように熱くなってからだ。


 止めないと……と感じたのは内側からにじみ出て来る大量の魔力が今にも自分の身体を貫いて外に出ようとしたから。


 


『我、久遠なる時を紡ぐ者 我、悠久の時より絶氷海に封じられし王を顕現させし者 混迷なる大地を青より蒼し、絶対零度の吹雪で凍てつかせ、現世の刻限を止めてしまえ 三千世界を統べる氷獣王リカンド。我が前にその暴虐なる力を示せ』


 


【イシュタルド・シュベルネル】


 


 魔力の流れと障壁が俺の身体で暴れて、それでも行き場を無くした魔力がだんだんと支えきれなくなった力が暴走しようとして、俺の身体という器から飛び出そうとして、全身のいたるところで障壁と魔力がぶつかってその衝撃が、痛みが脳内に止めさせろと命令しているのに俺の詠唱は止まらず、そして最後まで来た時、それは出現した。



 目の前に現れたのは凍てつく氷の鎧を纏った獰猛な顔をした獣王だ。


 更にその青い眼差しはあらゆるものを凍てつかせそうなほどに冷たい。



 それが思い切り振り上げた斧を地面に叩きつけた瞬間。


 氷が中心部から外側へと走っていく。



 緑色の木々は瞬時に凍りつき、銀世界へといざなう。


 その一帯だけ季節を夏から冬へと変える。



 時を超えた大魔法。


 それは大量の魔力と共に俺の意識をあっという間に駆り取り。


 そして――


 


「起きたか?」



 視界に綺麗な顔が入ってきた。



「わっ!」



 驚いて部屋の隅まで行く。



「なんだ、いきなり倒れたから様子を見にきてやったというのに失礼な奴め」



 ミスミは不満げな表情を浮かべた。



「倒れ……あれ?」



 そういえばここはファナの宿。自分の部屋である。


 だが記憶が正しければ確か俺は森で魔法を使ったはずなのだが……。


 というか……



 身体を伸ばし、首を回す。


 妙だ、眠っていたからだろうか、不思議と身体が軽い。



 縛られた何かから解放されたような感じがする。


 腕や足を触っているとミスミが神妙な顔を浮かべながら近づいて来る。



「ハヤト、身体の調子はどうだ? どこか不便な所はないか?」


「え? いえ、そういう事はないですけど……少し身体が軽くなった気はしますね。何かから解放されたというか……」



「ふむ……そうか。痛みはないか?」


「痛み……ですか?」



 再び身体を動かすがやはり何もない。



「いえ、特には何もないですね」


「そうか……うーん、どこか欠損していてもおかしくなかったのだが……」


「え?」



こほん……とミスミはわざとらしい咳をする。



「いや、良かった。では改めて言う」



『おめでとう』



 ミスミはふっと笑った。



「え? おめで……ええ?」


「お前の障壁は取り除かれた。覚えているか? お前がわらわと共に唱えた大魔法を」



 覚えている……ような気がする。なんか青い鎧を身にまとった大きな獣が大きな斧を振り下ろしたら一気に森が氷漬けになって……って。



「あれ、現実だったんですね」


「勿論だ、そしてお前があの大魔法を唱えたのだ」



 パチクリと瞬きをする。



「……俺が?」


「そう、お前がだ、魔石で作った陣で随分補強したとはいえ見事だ」


「でも……いやだって障壁が」


「それはあの大魔法で魔力を一気に放出した際に壊れた。良かったな、成功して」



 ミスミは未だ部屋の隅にうずくまる俺の頭を撫でた。


 見た目自分より遥かに年下の少女に頭を撫でられている現状は、他の人が見たらどう思われるだろうか。



 いや、実際彼女は自分より年上なのだろうけど、はっきりとした歳を聞いたわけじゃないけど、でもこういうのもあながち悪くないかもしれない。



「ところでミスミさん」


「なんだ」



「成功して……って言いましたけどもし失敗していたら俺はどうなっていたんですか?」


「ふむ、わらわの予想では……魔力と障壁の衝突に身体が耐え切れずにどこかしら身体が破裂していただろう、最悪上半身がバラバラに飛び散る……なんていうグロテスクな絵面になったかもしれないが、予想に反してお前の身体は頑強であり障壁が壊れるまで保ってくれた。いやはや、良かったな。これで存分に鍛えられる」



 ニコニコと笑いながらとんでもない事を口にするミスミを見て俺は……、



「ん? おい、どうした? ハヤト?」



 ぽすん……とベッドに倒れ込む、本当に破裂しないで良かった……。


 ともあれ、こうして俺は彼女の弟子になったのだ。

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