第16話 サイド:アリシア 居場所の地点

静かだった。

夜風がカーテンを揺らすたび、音が空気の中に溶けていく。

直哉の呼吸が隣でゆっくりと続いている。

それだけで、なぜか心拍数が少しだけ速くなる。


私は目を閉じたまま、先ほどの言葉を反芻していた。

──“居場所”。


それは、私にとってあまりに曖昧な概念だ。

戦火の街では、居場所など存在しなかった。

朝起きて夜眠れる場所、それだけで“運が良い”とされた。


だから、彼が言った

「誰かの居場所に入ること」

という言葉の意味が、まだうまく理解できない。


彼の言葉には、いつも“余白”がある。

正解を求めようとすればするほど、形が崩れていく。

それが不思議で、苛立って、でも少し心地いい。


私は守られているのだろう。

もしそうなら、その“守る”という行為の中で、

彼は何を失っているのだろう。


直哉は、自分の時間を削ることを恐れない。

それは“愛”ではなく、“責任”のように見える。

だがその責任を、私はどう返せばいいのか。


答えを探しても、言葉にならない。

私は理屈で世界を理解してきた。

だが今、心の中にあるこの小さな熱は、

理屈では整えられない。


私はゆっくり目を開ける。

隣には、静かに眠る直哉の横顔。

少しだけ眉が寄っている。

きっと、また余計なことを考えている顔だ。


──この人は、いつも“考えながら”生きている。

私は“考えてから”でないと動けない。

その違いが、少しだけ羨ましい。


伸ばしかけた指先を止める。

触れたら、何かが変わってしまう気がした。


「居場所……」

小さく口の中でつぶやく。

それが“彼の隣”を意味するなら、

私はすでに、その中に居るのだろうか。


眠るふりをして、もう一度目を閉じた。

瞼の裏で、淡い光が滲んでいる。

心のどこかで、それが“安心”という名の感情であることに、

まだ私は気づいていなかった。

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