第6話

(ふむ、田舎者、ね……)


 馬車に乗って外を眺めながら、ラミリアは物思いにふける。

 対面に座っている真菜は馬車に揺られながらうとうととしていた。

 緊張がほぐれたのか、神経が図太いのか。

 おそらくはどちらでもあると思う。

 部下の騎士たちは今のところ気に入らないと思っているようだが、それも一過性だろう。

 同乗している副官のジンネマンは一喝したからかもう隔意は感じない。

 まだ腹の底に抱えている可能性もあるが、ラミリアにたしなめられてなおそれを表に出したり、ラミリアが見ていないところで真菜にぶつけるようなくだらない男ではないのは、誰よりもラミリアが知っていた。

 そのようなつまらない者を副官にすえるほど、ラミリアは甘い女ではない。

 実力や能力は当然として、その人間性、人格も含めて側近を選ぶ。その審美眼は非常に厳しく、ラミリアに認められて副官になったというだけで、その後その席を辞したとしても将来は保証されると聞いたことがある。

 それほどに評価され、また自負もあるそのお眼鏡にかなっているのだから。


(それは今はいい)


 彼女に馬車に乗ってもらえたのは幸いだ。

 お礼をしたいという思いはもちろんある。

 彼女の介入が無ければ、負けはしなかっただろうが部下を失っていたに違いない。

 ラミリアひとりで敵を殲滅させるのはそう難しい話ではない。

 ただしそれは最悪の場合だ。

 具体的には周囲に誰もいないこと、というのが条件に入る。

 剣術だけではなく、風の魔術の才能にも恵まれたラミリアがもっとも得意とするのは、一対他、それも周囲360度を敵に囲まれたような状況だ。

 そこでこそ真価を発揮できると、ラミリアは誰よりも自分を理解していた。

 それゆえに戦いとなれば一番槍を譲らない。

 そうすることこそ勝利に一番近いのもそうだが、それ以上に真価を発揮した戦闘では味方をも巻き込むことになってしまうから。

 だから、あの戦いで勝利するには部下を犠牲にせねばならなかった。

 あの時横合いから魔術(・・)による狙撃で、敵を仕留めてくれたのは本当に助かった。

 あれでパワーバランスが変化したからこそ、攻めに転じることができて、誰も失うことなく勝利をおさめられたのだ。

 しかしそれ以上に、彼女を下手に手の届かないところに行かれるのは困ると思っていた。


(それほどの力を持つ、日本人、か)


 真菜は世間から隔離されたところで師匠と暮らしていたから世情を知らない、と言っていた。

 それを部下たちは信じただろう。

 しかしラミリアは気付いていた。

 真菜が日本人であると。

 これに気付いたのはラミリアだけだろう。

 それもそのはず、まだ日本という国の存在を知る者は、王国内でもごく一部に限られているのだから。

 具体的には王族と高位貴族、それからラミリアのような王国制定英雄のみ。

 王国制定英雄とは、王国に莫大なる国益をもたらした者に、国王が与えるもの。

 その権威は国王に次ぎ、国王以外に従う必要がないことを国王が明言するものである。

 ラミリアに貴族としての誇りがあり自ら貴族世界のしがらみの中で生きているが、王国制定英雄は本来は公爵家当主でも、お願いはできるが命令はできない、という冠である。

 それほどの称号であるから、ラミリアが持つ権威、権勢は分かろうというもの。

 そんなラミリアをして、「日本」については自分の判断で余人に話すことは許されていないほどだ。

 真菜が醸し出す雰囲気は間違いなく強者のもの。

 しかし彼女自身は戦場に立つにはまだまだ素人感が抜けていない。

 戦えば間違いなくラミリアに比肩するほどに強いだろうにこの素人感。

 何者かに力を与えられた。

 そんな眉唾な話こそが何よりも真実に近く感じる。

 ラミリアほどの実力者だからこその推測であり、そしてそれは実際に当たっていた。

 初めて会う者たちの馬車に乗り込んで居眠りにしゃれ込めるところも、ラミリアが真菜を「非常に強い素人」と感じる理由だ。

 もっともっと警戒してもいいはずだ。

 むろん、ラミリアの馬車が超一級品のマジックアイテムであることも関係しているだろう。

 内部は地方都市の最上級宿屋のスイートホームほどに拡張されていて、乗り心地も極上であることから、持ち主であるラミリアも揺られていると眠くなることがあるくらいだ。

 馬車には防衛機構もついていることもあり、持ち主であるラミリアがうとうととしてしまうのはまだ分かる。

 しかしあれだけの強さを持ち、騎士を相手にその人柄をはかったりと頭が回る人物が、今は無警戒に寝顔を晒している。

 少し離れた副官席に腰掛けているジンネマンは、真菜に意識を向けながらもその寝顔を視界にはおさめていない。

 婦女子の寝顔をいたずらに見ない、紳士であることを心掛けているのだろう。

 彼も貴族家の者であるので、その程度の立ち回りはたやすいのだ。


(しかし、すさまじい力だったな)


 あれだけ離れた距離から、ピンポイントで標的だけを狙撃。

 ターゲットを撃ち抜いた後は、その魔術が想定しない被害、もしくは戦果を出さないようにきっちりと制御されている。

 それほどの精密な射撃を、長距離で行う。

 王国が誇る宮廷魔術師の何人が同じことができるか……いや、宮廷魔術師長ならばそれに近いことができるかもしれない。

 それほどの超絶技巧を、日本人が持っているはずがないのだ。

 何せまだ、日本人に魔術の適性があるのかどうかさえ判然としていない。

 それも当然。

 日本国案件は、王国と帝国の上層部が厳重な情報統制を敷いたうえで、共同で対処していることなのだから。

 一国で対処するにはそのキャパシティを超えている。

 大陸に覇を唱えんとしていた超大国であるザングレイブ帝国が、大陸第2の大国であるダルダリアス王国に支援を求めて来たのだ。

 帝国が助けを求めるなどという異常事態に厳密な話し合いを行った結果、王国はそこで外交政略を行うことなく帝国に協力することを決定した。

 まさか次元を渡って異世界と繋がるなど、一国で対処できる範疇を超えている。

 帝国と王国は敵同士だったが、共通の敵……どころか世界の敵になりかねない相手が現れた今、手を取り合わなければいけないという結論に至った。

 世界対世界の戦い。それはもう、大陸の覇を競うとかそんな次元の話ではない。

 皇帝と国王が双方ともに名君と呼ばれる聡明さを誇っていたからこその、ありえない協力関係。

 そのような状況で一部にしか公開されていない異世界日本の存在。

 ラミリアも公務で王城に出頭し、日本人の外交担当と秘密裏に顔を合わせたことがあった。

 その時の日本人の顔の特徴が、そのまま真菜にもぴったり当てはまったというわけだ。

 だから真菜を日本人であると断定しているラミリアだが、そこで先の疑問が浮かぶ。

 なぜ日本人である真菜に、これほどまでの実力があるのか。

 日本人の外交官はたびたびこちらにやってきてはいる。

 しかしその程度の時間で魔術の才能や適性があるかどうかまで解明できたりはしない。

 日本側の協力も必要だが、まだそれが実現できるほど双方ともに信頼関係が出来上がっていないのだから。

 それなのになぜ、真菜がここまで強いのか。

 謎は深まるばかりだ。


(まあ、どうしても今解き明かさなければならないものでもない。それに……そのうちまた目にしそうな気がするな)


 ラミリアはここでいったん思考を打ち切った。

 真菜が日本人であると知っているのはラミリアと、当人である真菜だけだ。

 真菜の方は日本人であると明かさなかったし、ラミリアの方も余人が周囲にいるところでいたずらに口にできる言葉ではない。

 問いただすにしても、伯爵家当主である父と話をして、2人ともにその必要性があると判断が済んでからだ。

 父が同様にその正体を見極めたいと思ったとしても、彼個人の判断で行うことはないだろう。

 それだけ機密性が高い話、というわけだ。


(そんなことよりも……)


 こうして寝顔を見ている限り、実に愛らしい少女だ。

 顔立ちは整っており、誰も彼もではないにせよ、大多数が美少女であることを疑わないだろう。

 小柄でまるで人形のようだ。


(ああ……なんて可愛らしい……)


 ラミリアはポーカーフェイスを貫けていると思っている。

 しかしそれはあくまでも彼女だけの認識。

 自分のことは意外と分かっていない。

 その典型例であろう。

 ラミリア・アルクレシア。

 伯爵家の令嬢であり、閃剣姫の通り名がつけられるほどの強者として大陸中に名をとどろかせる英雄。

 18歳になるまで戦いに生きた彼女は、その怜悧な美貌から男だけではなく女にも人気だ。

 そんな彼女ではあるが、実はかわいいものが好き、というものがある。

 当人は自身の役割や、人からどう見られているかについては理解しているので隠しているが。

 それでも、こうして起きている者がジンネマンしかいないような状況ではそのポーカーフェイスにもほつれが出るのだろう。

 黙ったまま、ラミリアはただ真菜をぼんやりと見やっていた。




(また始まった……)


 それを何度か見せられているジンネマン。

 恋愛感情はとうに過ぎさり、もはや崇拝の域に達する忠誠心を持つジンネマン。

 仕えるラミリアのことは何でもではないが知っているという自負がある彼にとって、可愛いもの好き、というのも間違いなく尊敬すべき彼女のアイデンティティのひとつ。

 それは分かっているのだが、ちょっと彼女のキャラクターにはそぐわないのではないか、と思わなくもない。

 しかし公式の場でそれを表に出すことは全くなくきっちりと公私を分け、なおかつ多少なり心を許しているのだと思えば、咎めることもできはしない。

 それはそれとして、どうしても理想の英雄象をラミリアに重ねてしまうジンネマンからすれば、それはちょっと、と思ってしまうのだった。

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