中編:飛鳥 視点「バカたちの落とし物」


 ​PM 4:00



 社宅の一室が、白塗りと絵の具の匂いで満たされている。


「……最悪」


 ​鏡に映る自分の顔に、私は舌打ちした。


 ゾンビ……なんでゾンビなのよ !


 町おこしのハロウィン。

 学園のアイドル(自称じゃない !)として、どうせなら一番目立つ仮装がしたかったのに !

 未知子の鶴の一声で、予算ゼロのこれ。

 全然、映えないじゃない !


「飛鳥、こっち向いて。血糊、垂らすから」


「……ん」


 ​未知子に言われるがまま、顔を傾ける。

 最悪 !

 私のイライラは、隣の男にも向いていた。


「……別に、いいんじゃない。目立たなくて」

 ​信次しんじ……私の幼馴染み。


 こいつも、いつもの覇気のない顔……ゾンビメイクでさらにひどい顔で、鏡の中の自分をぼんやり見ている。


「アンタ、バカァ!?」


 思わず、声が大きくなる。


「ゾンビメイクまで gloomy陰気でどうすんのよ! 少しはやる気出しなさい!」


「えぇっ……。だって、ゾンビって、そういうものじゃ……」


「うるさい! アンタを見てるとイライラする!」


 ​こいつは、いつもそうだ。

 さっきの買い出し。

 露店で、安っぽい銀の指輪を、迷った末に買っていた。


(……どうせ、ゾンビの小道具のつもりなんでしょ)


 そう自分に言い聞かせた。


(あんなの、渡す勇気もないくせに)


 ​私だって、別に。あんな指輪、欲しくもない。

 ただ……ただ、そのハッキリしない態度が、私をイライラさせる。



 ​PM 5:00


 メイクが終わり、私は窓辺で腕を組んでいた。

 男子たちが、準備が遅いくせに、中庭で馬鹿騒ぎをしている。


「あれ、銀次のやつ、何やってんのよ……」


「ゾンビの気合注入だー!」


 某ガキ大将みたいな銀次の声。

 あいつが、信次と桂一の背中を、ふざけてバシバシ叩いている。


​「うわっ」


「ご、ごめん」


 ​案の定、信次がよろめき、桂一にぶつかる。


(ホント、バカばっか)


 桂一がバランスを崩した拍子に、そのポケットから、小さな布の袋が滑り落ちたのを私は見た。


 ​薄汚れた、巾着袋。


 さっきの露店のだ。


 ​でも、桂一も、信次も、銀次も、それに気づかない。


「よっしゃ、行くぞ!」「お、おう!」


 三人のバカは、そのままゾンビの行進みたいに、別の部屋へ消えていった。


「…………」


「遅いわね! 私、先に行く!」


 ​もう待てない !


 私は未知子と歩美の制止を振り切り、部屋を飛び出した。

 近道のため、中庭を突っ切る。


 ​(……あのバカ信次、どうせまた「帰りたい」とか思ってるんだわ)


 ​イライラしながら、さっきの光景を思い出す。

 植え込みの根元………………あった !


 ​「……なに、これ」


 ​土で少し汚れた巾着袋、拾い上げ中を覗き込む。


 ​「…………は?」


 ​息が止まった。


 ​月のネックレス……ピアス……そして…………あの安っぽい銀の指輪。


 ​「……あいつら」


 ​買ったものを、全部まとめて落とした?


 バカなの?


 信じられない!?


 ​桂一が、歩美のために。


 銀次が、未知子のために。


 そして、信次が…………​そこまで考えて、胸が変に熱くなる。


 違う、これは怒りだ !


 こんな大事なバカみたいに安物だけど……ものを、こんな簡単に失くすなんて!


 ​その時、後ろで慌ただしい足音がした。


​「ない!」「どこだ!」「僕のせいじゃ……」


 ​振り返ると、本物のゾンビより青い顔をした男子三人が、私を見て固まっていた。


 特に桂一が自分のポケットを必死に探っている。

 ​私は、無言で巾着袋を彼らの前に突き出した。


「……アンタたちの『落とし物』?」


 ​私の声は、ゾンビメイクよりも、ずっと冷たかったと思う。


​「アンタたち……バカァ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る