第5話 10年前

〜遡ること10年前〜


「じゃーな!」

「次は負けんなよ! ゆず!」


 公園から去っていく友達二人に「うるせー! ばーか!」と言いながら手を振る7歳の葉月ユズ。

 この日はサッカーのPK戦勝負で遊んでいたが、サッカー未経験であるユズがスポーツクラブに通う友達に勝てるはずもなく、ボコボコにされてむしゃくしゃしていた。


「次はぜってぇー勝ってやる!」


 クリスマスの日のサンタさんから貰ったサッカーボールを強く抱きしめながら、家に帰っていた時、近所の小さな公園が視界に入った。

 この公園ではボール遊び禁止だが、もどかしさを感じてたユズは公園に足を踏み入れ、ボールを置き、ブランコに向かって力いっぱいに蹴った。


 真っ直ぐブランコに飛んでいくかと思いきや、あさっての方向に飛んでいき茂みの中へとボールが消え去る。

 まずい! と思って、慌てて茂みの中へ探し回っていると、木を壁にして持たれるユズと同じぐらいの女の子いた。


「「あっ」」


 ユズとその女の子は同じような驚き方をしながら、数秒間目が合う。


「お、俺、ボール探してて……」

「え……そこにあるボール?」


 指を指す方向に、サンタさんから貰った白黒のサッカーボールがあった。


「あれだ、サンキュー」


 ボールを両手で取り、茂みを抜け出して帰ろうとしたが、何を思ったのか──「家には帰らないの?」と訊いた。

 冬から春への変わり目、昼との寒暖差は激しく夜は冷え込み、18時を過ぎれば外は真っ暗だ。


「……帰りたくない」

「なんで?」

「パパとママがいつも喧嘩……してるから」


 悲しそうな表情を浮かべながらそう呟く女の子。

 手には何かをギュッと大事そうに抱きしめているのが見えた。


「それ、何持ってるの?」

「……カメラ」

「どんな写真撮ったか、見せてよ」


 ユズは女の子の隣に腰を下ろした。


「いやだよ……」

「え〜、いいじゃん! ちょっとぐらい見せてよ!」


 ユズが駄々を捏ね始めると、女の子はため息をつきながら慣れた手つきでボタンを押し、写真メモリーを見せてくれた。

 でも、その女の子が撮っていた写真は綺麗な景色や花でもない──死んだ昆虫の写真だった。


「な、なんでこんなの撮ってるんだ?」

「なんとなく……無様って感じるから」

「ブザマ?」


 「お子ちゃまだから、言葉の意味わからないかー」と煽り口調でユズをからかう。「は!? そんなわかるし!」と顔を赤くしながら言うユズの姿にその女の子は、白い歯を見せながら笑った。


「な、なに笑ってんだよ!」

「だ、だって…!」


パシャ


「え?」


 ユズが構えるカメラに、撮られて驚く女の子の姿が映った。


「し、死んだ虫なんか撮ってないで、もっと違うの撮れよ! あっ、お子ちゃまにはわからないと思うけどな!」


 ユズはさっき撮った写真を画面に映したまま、女の子に手渡した。


「俺はあんな写真より、こっちの笑顔のほうが好きだな!」


 ニヒヒッと微笑しながら言うと、17時半を知らせる防災無線チャイムが流れた。


「うわ、やべ! 俺はもう、帰るからな」


 ユズが茂みから出ようと、後ろを振り返り走り出そうとした時、ドンっと勢いよく後ろから抱きしめられた。


「な、なんだよ!?」

「前見て!」


 ユズは訳もわからず再び前を向くと、顔の右からレンズをユズ側に向けて持った腕が伸びてきた。

 それと同時に、ユズの右肩に顔の輪郭の感触が伝わって──


「はい、チーズ!」


 掛け声と共にカメラのレンズには、顔を赤くするユズと明るい笑顔をした女の子の顔が反射して映っていた。




〜〜〜




「まさか、10年越しに答えがわかるとはな……」


 俺は当時の記憶を曖昧ながら覚えていた。

 あの子とはそれっきり会うことはなかったが、まさか狼さんだったとは……世界って意外に狭いんだな。


ガチャ


「遅くなってごめ──」


 トレーにお茶が入っているグラスを乗せて運んでくる狼さんは、部屋に足を一歩踏み出したまま固まった。


「え、あ、違う! ちょ、ちょっと気になって! それで……」


 なんと言いえば誤解されずに済むのかわからず、言葉が詰まる。

 すると、狼さんは何も言わず運んできたお茶をかがみながら小さなテーブルに置いた。


「それ……見ちゃった?」

「うん……は狼さんだったんだね。名前も聞かず、それ以降会うことなかったしさ」

「……やっぱり。はゆず君だったんだね」


 やっぱり? 狼さんは俺があの時のクソガキだってことを知っていたのか?

 狼さんはテーブルにトレーを置いた後、俺の方へゆっくりと近づいてきた。


「覚えてくれてたんだね……」


 ニコッと笑顔でいう狼さん。

 その姿が一瞬、写真に映っていた女の子の笑顔と重なったと思ったのも束の間、俺の視界は天井を見上げていた。


「は?」


 気づいた時には、ベットに押し倒されて両腕を押さえつけられていた。

 起きあがろうにも、狼さんの力が強くて簡単に起き上がることができない。


「お、狼さん……?」


 狼さんと俺の顔の距離は、吐息がかかるほどの近さ。


「ゆず君……ヤろ?」


 呼吸を荒くして頬を赤色に染めながら、甘い声で囁いた。

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