四面楚歌

第8話



しかし、光の明滅と共に見る未来のおかげで、怪異をなんとかやり過ごし、日々一華を守ることが出来ているさなかに、それは起きた。


「きゃああ! ドレスが……!」


一華の悲鳴に次の間から彼女の部屋に飛び込むと、部屋に飾ってあった一華のドレスが見るも無残にずたずたに切り裂かれていた。


「お姉さま! 私の大事なドレスだったのに、こんなに大切なものを傷付けられるのを見過ごすなんて、酷いわ!」


一華はそう言って、癇癪気味に泣いた。一方の朱音はおろおろするばかりである。やはり怪異の仕業だろうか。それにしては今まで光の明滅と共に見えた未来には、ドレスの末路は映らなかった。


「お姉さまはやっぱり能無しなのね! 私から怪異を遠ざけて下さらない限り、お姉さまはここにいる必要はないのよ!?」


ここにいる必要がない、と言われて、焦る。今、一華に幽世から追い出されたら、この後祝宴の儀で起こる一華の悲劇と天羽の嘆きが避けられない。祝宴の儀までの時間を、朱音の時とは瑣末が違うが、それでも大まかには一華も同じような出来事に逢ってきている。とすれば、あの悲劇はやはり朱音が止めなければならない。


「ご、ごめんなさい……。もっと気を付けるから……」


約束したことを、守れていない。それは事実だった。私にもっと、ちゃんと一華を守る力があれば……、と、朱音は悔しくなる。一華はさらに畳みかけた。


「まさか、お姉さまがやったんじゃないでしょうね!? いつまで私の付き人として幽世に居座るつもりかは知らないけど、いつかはあのご老人の所へ行かなきゃいけない御身分ですものね。そりゃあ、天羽さまの妻である私のことが羨ましくて憎くてたまらないでしょうね」

「そ、そんなこと……!」


ちがう、と言いたくても、言葉が喉に引っ掛かって出てこない。……だって、一華の蔑みで気づいてしまったから。心のどこかで、天羽の妻として在れる一華を羨ましいと思っていたことを。自分には、もう前世の思い出しか、抱けないことを。自らに納得させようとして出来ていなかったことを、突き付けられた。一華はふん、と顔を背け、立ち上がる。


「兎に角、大事な贈り物を傷つけられたことを、天羽さまにご報告してきます」


ツンとして、一華は部屋を出て行った。朱音はその場で項垂れる。


(前世の記憶なんて、なければよかった……。そうすれば、全てを受け入れられたはずなのに……)


そうであったら、天羽を恋うこともなくあの老人に嫁げたのに……。

自分の未来に夢を抱けず、悲しみに暮れていると、バタバタと縁側を歩く人の足音が複数した。何事だろうと思っていると、すっと障子が開き、そこには一華と天羽、そして鞠が居た。鞠は朱音を冷たく見つめ、こう言った。


「この人が、一華さまのドレスを引き裂いたのです」

「……っ!?」


何のいわれもないことを、まるで事実であるかのように接げる鞠に驚愕する。


「鞠さん……!? 何を仰っておられるのですか!? 私はドレスに触れてなどいません……! 一華さんの大切な、天羽さまからの贈り物ですもの……!」


朱音の必死の訴えを、しかし一華は忌むもののように退(しりぞ)けた。


「あら、お姉さま。ではお姉さまが私のドレスに触れていないことを、どなたが証明するんですか? 鞠さんは千里眼の力でお姉さまの所業を見ていたそうよ。お姉さまは天羽さまに愛されている私が憎くてたまらないのでしょう? だからそんなことをしたのね」


愕然とする。二人の発言もそうだが、なにより天羽の冷たい視線が朱音を奈落の底に突き落とした。


「ち、違います……、天羽さま! 私ではありません!」

「日輪月輪天の星に誓えるか?」


冷淡な声に、必死で訴える。眷属の言葉よりも、朱音に問うてくれたことが今は救いだった。


「勿論です……! 誓って一華さんと天羽さまの間を裂こうなどとは、思っておりません……!」


涙ながらの訴えに、天羽は続けた。


「此度のこと、我が妻が神嫁として天に認められるための試練であるとして、水に流す。しかし、これ以上我が妻への悪意ある行動は許さない。現に行動を慎むように」

「は、はい!」


畳に額を擦りつけて返事をする。天羽の隣で一華があざけるように笑った。


「お可哀想な、お姉さま。好色老人の許へ行くのを、そうやって遅らせようとしているのね。でも、そろそろ観念したらどうかしら。今夜は祝宴の儀。私が神嫁として認められれば、もうお姉さまはお払い箱なのよ」





幽世に来てからの日数を数えてみる。そうだ、今夜が新月だ――――。


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