SF編
日本国際空港
俺は神谷タキ。
女装すると『♂→♀』に性転換してしまう、16歳の
大盛況のうちに幕を閉じた文化祭から半年が経ち、気づけば大型連休が近づいていた。
二年生になった俺はというと――今でも新しい生活リズムに馴染めずにいる。
そして結論を言えば、俺はいわゆる“フルタイム女装”と呼ばれる領域に踏み込んでしまっていた。もちろん外も中も、上も下も。
日々、発見と試行錯誤の連続だ。
まずはスキンケアとメイク。
この“二大スキル”は思っていた以上に奥が深く、一生勉強し続けることになりそうだった。
そしてファッション。
制服があるとはいえ、ジャケット・スカート・キュロットに合わせて、最低限のコーデにも毎日気を配らなければならない。
極めつけは毎月やって来る『
これがまあ……予想の十五倍くらいメンタルと体力を削り……期間中はつい感情的になってしまうことも多々あった。
(女さん……思ってたよりつれぇ……)
だが気付いたことも多い。
メイクやセットが盛れた朝は、それだけで気分がアガる。“さあ……もっと俺を見ろ……褒めてくれ!”とさえ思ってしまうほどだ。
それに女の服はバリエーションが多いわりに、意外に手頃なのが良い(もちろんモノによる)。季節ごとに選ぶ楽しみが増えるというのは、シンプルに楽しい。
あと……
(女さん……まじすげーな……)
ここまでくると、これが『女装』なのか怪しくなってくる。
(そもそも身体は“女”になってるワケだし……)
でもまあ、今の俺は俺らしくフツーに、自由に生きている。それは胸(C65)を張れる。
とはいえ、この生き方を選ぶなら、きちんと責任を持たなければならない。
学校則・第一条――「自由には責任が伴う」
最近になってようやく、その意味が分かったような……分からないような?
つまり今の俺は、自由ではあるが曖昧な状態なのだ。
連休の家族旅行の行き先は、遥か南の氷の大陸――『南極』らしい。
南極で“自分探し”でもしてみようかな……。
◇◆◇◆◇◆◇
グランドコンコースに到着すると父は小さくうなった。
「ううむ……23時だとは思えん混雑だな」
大型連休の前夜、“日本国際空港”は人であふれていた。
大きなキャリーケースを引きながらチェックインカウンターに並ぶ人々。大人たちは期待と緊張の表情を浮かべ、子どもたちは眠そうに目を細めている。
それに比べ、俺たち家族はやけに浮いていた。
昨日のうちに荷物を送ってしまったので、全員が手荷物ひとつ。
そしてあまりにラフな格好。
まるで“近所のジャコスに出かける”ような姿で、思わず自分たちの軽さに苦笑してしまう。
(やば……ラフすぎた? もうちょいちゃんキレイめにしとけばよかったな)
ガラスに映る自分の姿を横目でチェックする。
機内で邪魔にならないよう、髪は毛先をゆるく巻いただけのシンプルスタイル。メイクも控えめに、かなりナチュラルに。
トップスはくすみラベンダー色のふんわり袖タートルニット。ボトムはニュアンスカラーのインパン付きミニスカート。レッグウォーマーとスニーカーで、機内での快適性を確保する。
そんな俺の“セルフコーデチェック”に気づいたのか、ユウリが呆れたようにつぶやく。
「はぁ……あんたさぁ、なんでそんな恰好で来たの?」
「え……やっぱラフすぎたかな?…」
「逆だよアホ。どうせ機内ですぐ寝るよ? メイクもそんなバチバチにしなくていい」
「いや、でも……前にユウリが……」
フーディー付きのスウェットセットアップに、大きなサングラス。ユウリはまるで海外セレブか……オラついたギャルのようだ。
――『“女”はどんなときでも常にベストを尽くす。それは相手への友情や愛情……あるいは罪と罰』
俺にあの名言を言い放った本人が、今は謎のオーラで周囲を威圧している。
(こいつ……コロコロ言うこと変えやがって……)
――『ピンポンパンポーン』
四点チャイムが鳴り、それに続いて落ち着いた女性の声が流れる。
――『お客様にご案内申し上げます。ただいまより、AIA903便・オセアニア大陸・オーストラリア国際空港行きのご搭乗案内を開始いたします。
ご搭乗のお客様は、軌道エレベーター “OE-2”、“イエローターミナル” までお越しください。
繰り返しご案内いたします――』
アナウンスに気付いた俺は声を上げる。
「……あ! わたしら乗るやつ? イエローターミナルだってさ!」
南極大陸へ向かう直行便は、世界中どこにも存在しない。
視線を上げるとガラス張りの天井の向こうに、十二本の巨大でカラフルな“柱”が見えた。
「ええと……イエローは、っと……」
起動エレベーターは暗闇に漂う斥力ガス雲に吸い込まれ、やがて細い“線”となって宇宙へ消えていく。
五千メートル先に浮かんでいるはずの上空ターミナルも、そこに接続されたスペースプレーンも――地上からはまったく見えない。
「あっちのほうみたい」
俺がイエローのエレベータを指すと、母はやわらかく微笑み、静かに首を横へふった。
「今回はちょっと
「ん? え? ブラック?」
“ブラックターミナル”といえば、政府関係者や軍警察、“特別な客”が使用する専用ターミナルで、地上に三本ある滑走路――電磁カタパルトレールを使った超音速シャトルが離発着する場所だ。
「え? え? どゆこと?」
戸惑う俺の顔を見て、父が説明を付け加える。
「本当は、“こういう特別扱い”は避けたかったんだが……今回は色々な
「リスクって?」
「まぁ……その、タキが……だな」
「え、わたし!?」
言葉を濁す父を見かねて、ユウリが割って入る。
「あんたが変に有名になっちゃったから、移動しにくくなったんだっての」
「わたしのせい!?」
「てかさっきも、隠し撮りされたじゃん? 気づけよアホ」
「てか……また盗撮かよ!? うぜぇ……」
ユウリは軽く肩をすくめると、俺の顔に大きなサングラスをかけた。
「わかったらさっさと行くよ!」
そのまま腕を強引に引っ張ると、俺たちは『FBO《Fixed Base Operator》ターミナル』のゲートへとまっすぐ進んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇
ブラックターミナルの中は外の喧騒とは完全に切り離されており、まるで一流ホテルのエントランスホールのように静かで上質な空気が漂っていた。
受付で網膜、指紋、静脈、DNAといった通常スキャンを済ませると、コンシェルジュは穏やかに言った。
「これで手続きはすべてでございます」
「え? あれ? 搭乗券とか手荷物検査は……?」
「こちらからご搭乗するお客様には、そういったものはございません」
「ええ……すごい世界……」
「とくに神谷様ですと、ご予約も不要です。お嬢様もいつでもお越しくださいませ」
「はぁ……機会があれば……」
全面ガラス張りの広いラウンジに出ると、すぐ先に並んでいるシャトルが見えた。
白赤のツートンが眩しい大型の政府専用機。
光沢のない灰色で統一された軍警察の大型輸送機。
紺地に金色の装飾が施されたリッチな中型機。
やたら派手にラッピングされた中型機。
そして、その陰に隠されるように置かれた――漆黒の小型機が二機。
前進翼を備えた機体は妙に角ばった形をしており、デザイン的な装飾も、軍用のマーキングも見当たらない。
(なんか逆向きの矢印みたいだな……乗り心地悪そうだし……)
男のときはこういった“イカつい乗り物”にも、それなりに興味があった。だが、“女の期間”が長くなるにつれ、確実に関心が薄れてきている。
(風呂は無理でも、デカいお手洗いと横になれるベッドが付いてるやつがいいな……)
ソファに座りながらそんなことを考えていると、入口のほうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
(あ……来るか? 来るか? やっぱり来るのか?……)
父が立ち上がり振り返る。
「原田さんと、
「だと思った! だと思ってた! このパターンだもん!」
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