文化祭編
定番のテロリストパート
俺は神谷タキ。
女性用衣類を着用(女装)すると「男→女」に性転換してしまう16歳の男子高校生だ。
きっかけは始業式の日に届いた女装コスプレ一式(ウィッグ、下着込み)
だが……両親が未来人、姉が元・魔王だったことも重なり、そこから俺の生活は大きく変わった。
姉バレ、家族友人カム。女装ショッピングに露出散歩。女装旅行中にはビーチでキモ男にナンパされてしまった。
そしてやってきた――「
「女」の偉大さと大変さを知りつつも、沼に堕ちていく危機感を感じた俺は女装を卒業(封印?一時停止?)した。
はずだったが――文化祭前のトラブルで再び女性化してしまう……oh
久しぶりの「女モード」の気分はどうかって?
……
悪く……ない。
わかる?
◇◆◇◆◇◆◇
文化祭三日目――
夏をまだ引きずったような気温。ゆるく傾いた昼前の太陽が客席を照らしている。
この日は、俺たち『古代ローマ人』にはピッタリの暖かさだった。
コロッセオを思い起こさせる中央ステージ。
すり鉢状の観客席、その最下段・最前列に用意されたポディウム席には、世界中から集まったコスプレ系ストリーマーやインフルエンサー、そしてメディア関係者が肩を並べていた。
そのひとつにマルケスはどかっと座る。
「てか……通気性悪すぎんだろ……この
“ローマの黄金剣”――『マルケス・クリューサーオール・マルケッルス』に扮した原田マルケスは、真紅のマントを背中に流し、金色に輝く胸甲をカパカパと鳴らした。
「従者」が隣の席に花びらを撒く、小さな花園を作る(謎儀式)
その上に将軍の妻――『ムーヴイ・アウグスタの娘ユリア』がそっと腰を下ろす。
「こっちはスカスカでやべーわ……」
美しく結い上げられた金髪のウィッグは、まるで神話の女神。銀色の
淡い青色の薄手のストラが軽やかに揺れ、そのたびに“俺の”C65の
さいわい、インナーとして仕込んである最新型のスキンキャミは超有能だった。それは本物と見分けがつかないほどの自然さで、俺の
(本物の肌と見分けつかない……)
(てことは本物とかわんねーってことじゃね?)
(つまり俺はノーブラ横乳見せまくりの痴女ムーブしてるってことだよな……)
脇をきゅっと締め、ステージを見つめていると、さっきの従者が身を寄せてきた。
(ちょっと二人とも!? ちゃんとしてくんない!? もっと「ローマ人ぽく」振る舞って!?)
「いや無理言うなし……てかそれなら演劇学科のヤツとかに頼めよ……」
傘を持つもう一人が続ける。
(カメラ回ってるんだから、変なこと喋んないで!? ウチのチャンネルだけでも今300人くらい観てんだからね!?)
「300て……こんなもん誰が観てんだよ……てか俺、許可してねーんだけど……」
マルケスは「ン゙っ……ン゙ン゙……」と咳払いをして、パキ顔でこちらを向いた。
「ユリア、暑くはないか?」
低い声でささやく将軍。
声は大きくない。だが周囲のざわめきを制するような力強い響きがあった。
(こいつ……)
(一瞬で“
(てかシャングリラ行って以来、やたらこういうの上手くなってね?)
俺も負けじとユリアになりきる。
「ええ……大丈夫ですよ、あなた。風があるぶん、かえって気持ちいいくらいだわ(棒読み)」
つまりこういうこと――
俺とマルケスは『古代ローマ人夫婦』のコスプレをして校内のあちこちを回り、クラスの『ローマ美術カフェ』を宣伝する――という重責を負っていた。
すべての道がローマへと通じるように、すべてのルートは女装に繋がっていたのだ。
(結局こうなったけど……)
(思ったより全然……悪く……ないんだよな)
(あー、ほんとやばい)
(やばいのはわかってんだけど……)
(もうちょい続きけそうだな……)
(
やや暑い秋の昼前。
これから始まる「コスプレワールドカップ」の幕開けを観客全員が待ち望んでいた。
――――――――――
「文化祭チャンネル(公式)」
視聴者数:【5,201】人
――――――――――
◇◆◇◆◇◆◇
――「ついにファイナルに進むレイヤーが全員揃いました〜! ここまでのパフォーマンスをご覧になっていかがですか『hikari』さん?」
MC役の女子生徒が、ポディウム席に向かって質問を投げかける。
――「阿拉到面进决赛个角色扮演者都到齐啦〜! 侬看勒刚才个表演,觉得点样啦,‘hikari’桑?」
もう一人のMCである男子生徒は、ほぼリアルタイムでそれを翻訳して伝えた。
世界的つよつよ女性コスプレイヤーがアツい想いを語っていると、突然、彼女の声が途切れた。
「あれっ!? なんでしょう〜……すこしお待ちください?」とイヤーピースの指示に耳を傾け、MC二人はうんうんとうなずく。すると、
「えー……すみません。今ちょっとですね……んんっ? これは、えーと……すこしお待ちください……」
一方、女子生徒は冷静にその場を乗り切ろうとする。
「申し訳ありませんみなさま! 機材トラブルが起こったようで、少し調整にお時間を頂戴いたします! ではここで少し休憩を……」
その瞬間――俺たちのいる最前列の一番端から、誰かが飛び出した。
その人物はステージをひょいとよじ登ると、中央に向かってずかずかと進んでいく。
「え、ちょ、ちょっと!? 勝手に登ってこないでくださいね!?」
「不審な男」に駆け寄っていく男子生徒。
男は手に持っていた銃を男子生徒に向け、引き金を引く。
(ギュワンッ!)――
男子生徒は一瞬だけ「ん?」という表情をして、すぐその場に崩れ落ちた。
なにが起こったのか分からず、その場に立ち尽くす女子生徒。
(ギュワンッ!)――
彼女もすぐ後を追った。
ステージに上がろうとした警備スタッフを男は容赦なく射抜いていく。
男が持つ武器は、軍警も使用する身体を一時的に麻痺させる非殺傷武器――『
それに気付いた瞬間、目の前で起きている光景が異常事態だと、ようやく俺は理解した。
「え……てかこれやばくね……」
腰を浮かせるマルケス。
「それな? みんな、逃げる準備しとけ?」
不審な男はゆっくりとマイクを拾い上げ、ざわめき観客席を見渡した。
「ええ……あれって……『あれ』じゃん……」
男は特徴的な格好をしていた。
髪には水色のメッシュハイライトが入った、灰色のチェック柄ジャケット――間違いなく『彗星教原理主義者』が好んで着る
(トントン)――マイクを叩く音。
軽く息を吸い込み、語り出す。
――「爆弾を持っている」
しんと静まり返る客席。
――「火薬の。本物だ」
不思議と説得力のある声。
――「中央ステージの吹き飛ばせる量だ」
男は自分のジャケットを広げ、中に着ている“分厚いベスト”を観客に見せつけた。
そしてーケットから小さな
――「これは、デモンストレーションだ」
ドン!!!! ドォン!!!!
まぶしい閃光とともに、耳をつんざくような爆発音が鳴り、あたり一面が灰色の煙に包まれる。
キーンという残響音。
漂ってくる異臭。
金属的で鋭い、鼻に刺さるような匂い。重くて粉っぽい刺激臭。
生ぬるい煙が肌にまとわりつき、脳裏に「花火」の文字がよぎる。
(これ……ガチ火薬なのか?)
(でも「花火」と全然違う……)
(同じ「爆発物」でも、こんなに変わるもんなんだ……)
ふと妙なことを考えたおかげか、俺はすぐ冷静になり、周囲を見渡すことができた。
(みんなラグってる!?)
(すぐ逃げないと!?)
(ガチだぞ!?)
「て……テロリストよ!?!?!?!?」
誰かの叫び声をきっかけに悲鳴が上がり、観客たちは一斉に逃げ出す。
「キャァァァァ!」
「上がれ上がれ!? ヤバいヤバい!?」
「こ、これがガチなの!? どーなってんだ!?」
「知らないけど、とにかく逃げんだよ! いけいけいけいけ!」
最前列に座っていた俺たちは、今度は最後尾となってポディウム席を出ようとしていた。
その時、男が叫んだ。
――「そこのローマ人! 止まれ!」
(ローマ人?)
(はて……誰のことかしら?)
(マルケスは掘り深いけど……俺は違う……よな?)
――「お前だ、貴族の女」
(ローマ人の貴族の女なんて、他にたくさん……)
(ここにはいねーんだワ……)
(俺だけじゃん……)
恐る恐るふり返ると男と目が合った。
(コクン)
男は無言でうなずき、そばに倒れているMC二人を指さす。
――「さっきの爆弾を、今から
(ええ……なんだよそれ)
――「それが嫌なら、一緒に来てもらおう」
(嫌にきまってんじゃん?)
――「5秒以内に選べ」
(ぴぇ)
――――――――――
「文化祭チャンネル」
現在の接続数:【970,994】
――――――――――
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