沖縄旅行編
白い水着を着た俺
俺は神谷タキ。
女性用衣類を着用(女装)すると「男→女」に性転換してしまう、ギリ健全な16歳男子高校生だ。
ネットで注文した女装コスプレ一式が届いた当日、姉バレ・家族バレ。
翌日には初外出、友人へのカムアウト、ショッピング、全裸露出を経験。
性転換体質の原因は未来人である両親が開発した「因果律ワクチン」の副作用らしい。
それはさておき、もうすぐ一週間の家族旅行に出かける。
行き先は――完成したばかりの統合型アドベンチャーリゾートパーク「シャングリラ沖縄」
俺はこの家族旅行を「男」として楽しむため一週間前から女装を封印(卒業)している。
今のところ身体は「女」のままだが……。
◇◆◇◆◇◆◇
そして――当日の朝
目覚めとともに感じる、ボクサーパンツの中の
十六歳の男子高校生にとって、毎朝の勃起はごく自然な生理現象であり、むしろ心身の健全さを示すバロメーターともいえる。
ウエストゴムを引っ張り、そっと中を確認。
感動の再会!!!!
(……よぉ、元気だったか?)
「別次元の絶頂を味わいたい」――そんな単純かつ未熟な女装への憧れが、「おちんちゃんの喪失」という結果を招いた。
姉バレ、家族バレ、友人バレ、外出デビューからの“おちキャン”|(おちんちゃんキャンセル界隈)
今回は無事おちんが戻ってきたからよかったものの、俺はあまりにも軽率だった。
でも、やり直せる!
人は、やり直せるんだ!
(
ベッドから身体を起こすと、スーツケースが見えた。
荷造りはすでに済んでいる。
メンズの下着、メンズのパンツ、メンズのTシャツ、メンズのシャツ、メンズの水着、メンズの化粧水、メンズの日焼け止め、メンズのリップクリーム、メンズの歯ブラシ、メンズのひげそり一式、メンズのスマホケース、メンズのモバイルバッテリー、メンズメンズメンズメンズ……。
「覚悟」のオールメンズパッケージ!
この選択は、きっと正しい!?
◇◆◇◆◇◆◇
――沖縄国際空港
到着口から外に出るドアが開くと、南国特有のむわっとした空気が肺に入り込んでくる。
日除けテントを突き抜けてくる強い日差し。
混み合う入口付近。
ハイヤーに乗り込むスーツ姿の男性、オープンカーに乗った老夫婦、案内板を掲げた添乗員、外国人観光客。
そこに俺たち家族もいる。
さっきラウンジでもらった琉球シャツに汗がにじむ。
「あっちぃ! てか、全然暑いじゃん!」
胸元をパタパタさせながら、俺は男っぽく言った。
ふと――妙な感覚。
むずむずとした……身体の中を微弱な静電気が流れるような……脳が本能的に「何か」を求めるような感覚。
ゴーストが囁く。
――(ワンピースのほうが楽だよな?)
「わかる!!!!」
(は?)
(いや、まてまて、なに考えてんだ!?)
(
(家族旅行を女装で!?)
(できねーよ!!)
「女装旅行」――それは「覚悟」
不退転の決意をもった漢の中の漢だけが行える、崇高な未来志向の多目的レジャー。
それが「女装旅行」なのだ。
俺みたいなペラッペラの
キャップをかぶり直し空を見ると、雲が太陽を覆い隠していた。
「……まぁでも、ぜんぜん暑くねーな」
シフォン生地のマキシワンピースを揺らし、ユウリが横に並ぶ。
「てかワンピだってモノによっちゃフツーに暑い。裏地がヤバい」
「へ、へぇ……(こ、こいつ……俺の……心を?!)」
ポーターの男性と先を歩いていた両親が立ち止まり手をふる。
「ユウリー、タキー! これだこれー」と父。
黒い高級車。
国内メーカーが手掛ける、最高峰ブランドのミニバン。
『ラグジュアリーな内装、高い走行性能と究極の静粛性。このクルマはすべてのパッセンジャーを“主役”にする』――(※動画コマーシャルより)
待ち構えていたスーツ姿の男性二人が深々とお辞儀を行い、ゆっくりと俺たちに目を合わせる。
「
「
そして――乗車。
シートに身を沈めて目をつむっていると、いつの間にか車は発進しており、気付けば国防軍の敷地にある赤十字マークを通り過ぎるところだった。
そこであることに気づいた。
「え……あれ? 荷物積んでたっけ? 置きっぱ……てことない!?」
助手席に座る近栄さんが「ご安心ください」と身体をひねる。
「お荷物は後方のお車にて配送いたしております。どうぞご安心くださいませ、タキ様」
「後ろ?」
振り返ると、同じ色をした同じ車がぴったりと後ろを走っている。
「ったく……」
父が小さくつぶやいた。
総額6000万円の車列は高速を1時間ほど走り、そこから下道へ。森を越え、さらに海岸線を1時間半ほど走ったところで近栄さんが振り返って言う。
「――皆様、大変長らくお待たせいたしました。『シャングリラ沖縄』――到着でございます」
道を塞ぐように現れる切り立った崖。
そこをくり抜き設けられた巨大ゲートの上には、美しく輝く「SHANGRI-LA OKINAWA」の文字。脳内にジュラシックなパークBGMが流れてくる。
(――タララララ~ タララララ~ タララ~ ラ~ラ~ ラ~ラ~♪)
道路脇に並んでいたスーツ姿の数名が、車列に向かって一斉にお辞儀をする。
父はため息をつきながら言った。
「近栄さん……『ああいうの』は困ります……この車ですら目立ちすぎだってのに……」
「誠に申し訳ございません、神谷様。――しかしながら、私どもホテルスタッフにも大切にしている誇りと信条がございます。恐れ入りますが、その点をご理解いただければ幸いでございます」
彼は丁寧に、それでいて毅然とした態度で言葉を返した。
「まぁいいじゃない、あなた」母が続ける。
「せっかく皆さん出迎えてくれたんだから、その分しっかり感謝を伝えましょう?」
「うう-ん……まぁ……うん……わかったよ。ありがとう、近栄さん。皆さんにも感謝をお伝えください」
「恐れ入ります」
(はぁ?)
(なにこれ?)
(なんなのこれ?)
思い返せば……昔からこういったことがよく起きた。
ホテルで勝手に部屋がアップグレードされたり。エコノミーがファーストに変更されたり。テーマパークのアトラクションがやたらスムーズに乗れたり。
……そういえばヤオとマルケスに初めて会ったのも、どっかで開かれたつまんねーパーティーだった。
両親が二人とも投資関係の仕事してるとはいえ……家はフツーの一軒家だし、車もフツーの国産車が二台。
(なんでこんな高待遇?)
(それって親が未来人なのと関係してる?)
「あ……」
(未来人?……の投資家?)
(うわぁ……これ「スポーツ年鑑」より悪質だ)
(ちょっとバックトゥ・ザ・ポリスメン!!)
(ここここ、この人です!! この人、イン寄りのアウトサイダー取引ヤってます!!)
車はパークへのアプローチエリアを通り過ぎ、ホテルのエントランス前に停まった。
「
(――タララララ~ タララララ~ タララ~ ラ~ラ~ ラ~ラ~♪)
山の稜線に沿って水平に突き出た、巨大な有機的建造物。
それは複雑な螺旋階段のように折り重なり、海に向かって伸びている。
白いサンゴ。
あるいは、沖縄の森を漂う霧。
約300年後に完成するという、人と自然の理想都市――その第一段階として作られたのが、この「シャングリラ沖縄」だ。
◇◆◇◆◇◆◇
西に突き出た岬の先端。
赤いレンガの乗った、白壁の建物。
そこでカートは停まった。
「こちらが神谷様のヴィラになります」
ユウリが駆け寄る。
「えー!! めっちゃよくねー!? 海!! 海すぐそこじゃんやばー!?」
絶妙な配置で植えられた生け垣。
それが演出する、無人島に来たような解放感と非現実感。
日没が待ち遠しくなるようなプライベートな砂浜。
リビングから見える水平線を邪魔するものはない。
すぐそばには桟橋もあった。
すごい!
すごいとしか言いようがない環境!
だが――「何か」が足りない。
本能が脳汁を噴き出し、全身グチャトロになるほどの感動はない。
何かが足りない気がする……。
誰かの声が聞こえた気がした。
――(うぬは……が……いか……?)
(だ、誰だ!?)
――(……刺激が……ほしいか?……)
(刺激だって!?)
――(望むなら……くれてやる……)
(そんなもの……いらないッ!!)
幻聴か、あるいは妄想か。
声の正体は分からなかったが、俺たちはヴィラの部屋を順に見て回り好きな場所を選んだ。
「部屋間違えんなよ? 入るときノックしろよ? あと、共用部分を散らかすなよ?」
「へーへー、わーったわーった。あんたこそ夜中にあんま『音』出すなよ?」
「音? は!? 何がだよ!? 死ねッ!」
(チッ……)
旅行先でも
だが、今さら部屋を変えるのもなんかムカつく!
ということで俺は妥協して部屋に入った。
大きなガラス窓のある14畳ほどの個室。
ダブルサイズのベッドに大きなクローゼット。二人がけのソファとローテーブル。シャワールームにトイレ、洗面台もある。もちろん自宅の部屋よりでかい。
(とりま荷物全部出すか……)
(ドレスコードあるホテルは面倒なんだよな……)
ベッドに腰かけスーツケースを横に置く。
ジジジジと音を立て、ファスナーのスライダーが開く。
そこで感じた不思議な違和感。
(ん?)
ふんわりと漂ってくる「女子」の香り。
トップノートには初々しさを感じさせる未成熟な柑橘類の香り。ミドルノートは清純・神秘性を秘めたフローラル。そして、ラストノートは世界樹のようなウッディな香り。
(柔軟剤?)
(あのアホ……何の真似だよ?)
(もしかしてこっちにも自分の荷物詰め込みやがったな?)
蓋を開けると――目に飛び込んできたのは、かわちぃ「お洋服」
(え? え? ええ?)
(まってまって?)
(えなにこれ?)
ジャコスモールでユウリに見繕ってもらった「これだけあれば最強!夏の無双コーデセット(インナー&トップス&ボトムスSET)」
「でも結局ワンピしか勝たん!」とヤオが選んでくれた、お出かけ優勝ワンピース数着。
「この辺あんま着ないからあんたにあげる」とユウリが押し付けてきたちょっとお姉様系の諸々。
メイクセットにドライヤーにヘアアイロン、サンダルにミュールに可愛いスニーカー。
そして、ランジェリー。
「すぅ~~~~……」と深呼吸。
スーツケースの蓋を閉じ、もう一度ロック。
その周りをぐるっと一周した後、全プロセスを初めからやり直す。
当然中身は同じまま。
「やーばい……」
瞳孔が開き、心拍数は上昇していく。
全身の毛穴が開き、額から汗が吹き出す(五日ぶり二度目)
(荷物どこ行った?)
(ロストバゲージ?)
――否!
(くそッ! やられた!?)
(入れ替えられた!? 荷物丸ごと!?)
(まずいまずいまずいまずい!)
(まてまてまてまて!)
(何かあるはずッ!)
スーツケースをひっくり返し荷物を漁ると、あきらかに「プレゼント包装」された白い袋が目に入った。
表面に貼られたシールには「ハッピーバースデータキちゃん! ねぇねより♪」の文字。
「……あんのアホ……」
俺はプレゼントのリボンを静かにほどき、包装紙を開ける。
現れたのは――白いクロシェレースのモノキ二。
「……エッロ……」オスの声が漏れ出る。
(あ、これ……)
(あそっか……)
(あー、言ったわー)
(テレビ見ながら言ったわ――「これ、かわいいな(エロいなの意)」て)
(あー言った言った)
(そゆことね)
(誕プレね)
(たしかに誕生日もうすぐだもんな)
――てなるかーーーーい!?!?!?!?
(俺に死ねと!?)
(旅行先で死ねと!?)
ただし、せっかくの誕生日プレゼントということもあり、水着を身体に当てようとした時――
ドアをノックする音。
「ン゙ッ!? なななな!? なんン゙ンンンッッッッに!?」
ふいに、水平線が視線に入る。
白く輝く一筋の光。
そこで突然気づいた。
青い空、碧い海……そこに足りなかったものは何か。
ここに足りなかったのは……「白い水着を着た俺」だ。
ロストホライゾン――失われた地平線が輝き出す(絶望)
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