第22話 逆流作戦

 黒曜重工が再び動き出したのは、Overline(β)の稼働試験を終えた三日後だった。

 ニュースサイトのトップに、見覚えのある単語が踊っていた。


『黒曜重工、新型魔導杖開発を正式発表 —Aegisline技術を独自改良』


 記事の見出しに“独自改良”という単語を見つけた瞬間、笑うしかなかった。

 あいつらは、学ばない。


「……本当に、発表しちゃいましたね。」

 七瀬が端末を覗き込み、呆れたように呟く。

 モニターの映像には、黒曜の広報担当が会見で胸を張る姿。


『我々の新型杖は、既存の防御特化構造を超える“反応型制御機構”を搭載しています。』


 まるで俺の設計書をそのまま読んでいるようだ。

 いや、実際読んでいるのだろう。

 協会の監査で流出した偽データを“本物”だと信じ込んでいる。


「彼ら、あのフェイクを本気で使ったんですね。」

「それが“自信”というやつですよ。危ういけど、見ていて面白い。」


 俺はキーボードを叩きながら、記録用の映像を保存する。

 数日前に仕込んだ罠——“逆流コード”。

 模倣した杖に組み込まれた瞬間、内部の演算コアが自動的に暴走するよう設計したものだ。

 見た目にはただの安定化ルーチン。けれど、条件が重なれば機能は一変する。


「壮馬さん、これ……本当に大丈夫なんですか? 事故になる可能性は?」

「事故になりますよ。ただし“彼らの実験施設の中だけで”。」

「……笑いながら言うことじゃありません。」

「心配しなくても、命までは取らない構造です。

 ただ、再起動不能になるだけ。——つまり、恥をかく。」


 七瀬は深く息を吐いた。

 俺が口を開く前に、その表情はもう「止めても無駄」と言っていた。


 


 翌日、黒曜は大々的な公開実験を行った。

 場所は協会本部の屋外試験場。

 観覧席には記者と関係者、協会理事数名の姿もある。

 ライブ配信まで行われている。


 俺は研究棟の地下でその様子を見ていた。

 カメラのズーム越しに、杖の輪郭が映る。

 形状は俺のAegislineとほとんど同じ——いや、違いは一箇所だけ。

 あの“逆流回路”が、彼らには理解できなかったらしい。


「発動します。」

 スクリーンの中で、実験担当者が杖を構える。

 魔力の光が走り、結界が展開——した直後、画面が真っ白になった。


 次の瞬間、爆音。

 結界が内側から弾け、観覧席のカメラが一斉に揺れる。

 スタッフが叫び、映像が途切れた。


 数秒後、映像が復旧。

 実験場の中央には、ひしゃげた魔導杖の残骸。

 周囲の床が焦げ、煙が立ち上っていた。


「——起動直後に暴走……!」「安全システムが働かない!?」

 現場の混乱がマイクを通じてそのまま流れる。


 俺は無言でモニターを見つめた。

 七瀬が、小さく息をのむ。


「……本当に、やったんですね。」

「彼らが、やったんですよ。」

 俺は静かに返す。


「“理解しないまま使う”のは、模倣の一番の欠点です。

 Aegislineを“形”で真似しても、仕組みまでは再現できない。」


 七瀬は複雑な表情で言った。

「でも、これで黒曜は確実に終わります。協会も、巻き込まれますよ。」

「ええ。だから、これからが本番です。」


 俺は端末に新しいフォルダを開いた。

 タイトルバーに、静かに打ち込む。


《Overline(正式版)—Phase:1》

《演算補助Hermes-II 実装完了》

《外部発表:未定/非公開》


「これからは、守りながら攻める時代です。」

「壮馬さん……まるで、戦争を計算してるみたいですよ。」

「戦争じゃないですよ。」

 モニターに映る黒曜の残骸を見つめながら、俺は小さく笑う。


「——ただの、退屈の整理です。」


 画面の向こうでは、協会関係者が慌てて事故処理の指示を出していた。

 その混乱の中心で、俺の仕掛けた“逆流”はまだ静かに動いていた。


 黒曜重工の名が、ニュースサイトから消えるまで、そう時間はかからなかった。

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