毎朝キスしてくる双子幼なじみが、今日も「どっちだったでしょう?」と聞いてくる

もんすたー

第1話 おはようのキス

 目が覚めたら、キスされていた。


 柔らかくて、あったかくて、ちょっとだけ甘い。


「……っ!?」


 飛び起きようとしたんだけど、胸を片手でそっと押さえられてベッドに押し戻された。優しく、しかし逃がさない感じで。


 あ、はいこれ完全に犯行の手口として手慣れてますね?


「ん、おはよう、悠真」


 耳たぶの横で、やさしく名前を呼ばれた瞬間、背骨のあたりまでゾワッとした。

 ヤバい。声が近い。声が耳に直接入ってくる。

 たぶんこの距離は人間の通常交友圏外。こういうのは恋人か医者しか許されない


「……っ、いやいやいやいやいや待て待て待て誰!?」


 完全にパニックになってる俺をよそに、そいつは俺の胸の上でちょっとだけ重心を変えて、もう一回、小鳥がついばむみたいなキスを落としてきた。


 心臓が一気に跳ねる。


 なんだこれ。いちご味?

 いや違う。

 ほんのり甘いリップ?

 いやでもそこまで主張強くない。


 ていうか俺なに味の分析してんの。冷静になるな俺。もっと焦れ。

 状況を整理しよう。落ち着け俺。こういうときは現実逃避ではなく事実確認だ。


(事実1)いま俺の上に乗ってる。


(事実2)俺にキスした。


(事実3)声がやたら近い。


(事実4)かわいい匂いする。


(事実5)俺に彼女はいない。


(結論)犯罪では?????


「……マジで誰だおまえ」


「誰ってひど〜い。朝イチのファーストキス相手にそれ言う?」


 声はちょっと甘め。甘えてくるときの猫みたいな、やわらかい音。

 けど落ち着き方はわりと低めで耳に残る。

 つまり、どっちにも聞こえる。


 どっち、っていうのはもちろん、黒音姉妹のどっちかだ。


 俺には、徒歩十歩の距離に住んでる幼なじみが二人いる。黒音(くろね)家の双子。


 姉の 黒音みみ。

 太陽属性。テンション高い。人懐っこい。スキンシップ距離バグってる。

 クラスの男子の肩とか普通に抱いて笑うタイプで、学校の男子ほぼ全員の心臓を一度は止めた女。笑うと目じりに小さい三日月の皺ができる。ずるい。あと、いい匂いがする。


 妹の 黒音るる。

 月属性。基本的に無口。表情の振れ幅は虹より狭い。

 でもたまに、こっちを真っ直ぐに見て、淡々と刺さることを言ってくる。

「それ、お前しか言っちゃダメなやつだろ」っていうやつを、音量ゼロ距離で投げてくるスナイパー。

 あと、距離が近いと声が落ち着いててやたら色気がある。


 で、今、俺の上で俺にキスしてきたこの人は、そのどっちかなわけ。


 問題は、まだ判別がつかないってことだ。


 近すぎて顔がよく見えない。

 まつげとか髪とか、そういう断片的な情報はあるけど、双子だからそういうところも似てるのがほんとに質悪い。

 前髪とかピアスとか服装でいつもは見分けてるんだけど、今こっちはパジャマ&寝起きの0.5視力状態ですよ。難易度がエクストリーム。


「……なあ」


「うん?」


「説明してくれない?」


「説明? んー……『おはようのキス』」


「説明じゃなくて宣言だろそれは」


「あと五秒だけこのまま。逃げないでね?」


「カウントダウン方式なの!?」


 五秒って言ったくせに、こいつはぜんぜん離れないで、逆にもう一度だけ、今度はさっきよりもゆっくり、唇を触れさせてきた。


 一瞬、頭がまっしろになった。


 これだ。これがいけない。こういうのがいけない。こういうのを合法にしてはいけない。高校二年男子の自制心をなめるな。


「ちょ、ほんとやめろ心臓止まるから……!」


「止まらないよ? ちゃんと動いてる。すっごいはやいけど」


「それはお前のせいだろ!?」


 やっと体が離れた。ふっと重みが軽くなる。俺の上から退いて、布団からスルッと抜け出す気配。


 ……で、やっとここで顔を見ようとしたんだけど。


 そいつはもう、ドアのところにいた。


 反則では???


「じゃ、リビングで待ってるね」


 くるっと片手を振って、いたずらっぽく笑って、そいつはパタンと部屋を出ていった。


 黒音みみか、黒音るるか。


 ――結局、どっちかは分からないまま。


 いやいやいや。いやいやいやいやいや。いや待てマジで。


 今の、どっちだよ。



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