第15話 いざ男の楽園へ
魔力学院に入学から一週間ほど過ぎ、俺の生活も安定していた。
特に変化もない。授業は退屈だが退屈なりに暇潰しにはなっている。カナデとは学年が違うが毎朝登校は一緒だ。何故かレイヴンも付いてきているが……。
ミリウスも相変わらず俺の監視兼世話役として日々世話を焼いてくれている。カナデとは相変わらず喧嘩する間柄だが、互いに言い合っているだけで敵対まではしていない。
「ミナトは午後の授業、何を受けるの?」
「魔力学概論だな。まあ座学の授業みたいなもんだ」
「あぁ〜。あの先生の講義って、小難しいことばっかだし……つまんないんだよねー」
「カナデはそもそも座学に興味ないだけだろ。毎回寝てるし」
「学年違うのに何で知ってるの!?」
「いや、毎回前を通る度に爆睡してるからな。あの講師の授業の時は特に」
「うー。だってつまんないんだもん」
昼休み。俺はカナデやレイブンと一緒に食堂で食事を摂っていた。
テーブルにはハンバーガーやサラダ、スープなどが並んでいる。メニューは多種多様で味も申し分ない。この世界の食文化も中々侮れないものだ。
「大丈夫ですよカナデ先輩!女の人は多少頭悪くても許されますから!」
「そうかなぁ?でもわたしちょっとだけ頭良いと思うんだけどな~」
「カナデ先輩はおバカすぎてむしろ可愛い部類に入ると思いますよ!」
「……レイブンく〜ん。先輩に対して失礼すぎるよ?」
カナデは頬を膨らませながら抗議しているがレイブンはどこ吹く風といった感じだ。こいつは相変わらずチャラい性格をしている。
「(適当に授業を受けて、友達と馬鹿やって。まさに学生生活。これはこれでいいんだろうが、肝心の目的がなー……)」
そう、前世の妹が見せた魔力の謎を解明することが最大の目的だったはずが、未だ糸口すら掴めていない。
教師陣にもそれとなく尋ねてみたが芳しい回答は得られなかった。魔力学院と言えども未知の技術に対する見解は極めて低いらしい。やはり俺が求めている答えはここにはないのだろうか。
「ミナト?どうしたの?」
「いや、何でもない。そろそろ教室に行くぞ」
適当に誤魔化し歩き始める。今後の事は追々考えるとして、今は授業を受けなければならないだろう。
そんなことを考えながら歩いているとレイブンが声をかけてきた。
「なぁミナト、今日は授業も5時限だけだし街にでも繰り出さねぇか?」
「何だ、またナンパでもする気か?」
「ちげぇっての。お姉さん達が集まる店があるから一緒に行こうぜってことだよ!」
「結局ナンパなんじゃねぇか」
鼻の下を伸ばして興奮気味のレイヴン。まだ知り合って一週間だが、さっきのカナデへの態度といい前世では漫画でしか見たことがないようなテンプレキャラクターだ。
扱いやすい上に俺に迷惑をかけるタイプでもない。レイヴンと一緒に過ごす時間は退屈しなかった。
「馬鹿野郎!そんなんじゃねぇって。日頃の疲れを綺麗なお姉さん達に癒やしてもらうだけだよ!運が良ければ今後プライベートでゲットでお付き合い出来るかもしれないし」
「そんな店があるのかよ……」
「話じゃ学院に通ってる生徒もいるらしいぜ。つか実際、俺も何度か見たことがあるから間違いねぇよ!」
「興味はあるが俺はパスだ。行くならお前一人で行ってこい」
面白そうではあるが、今の俺はカナデやミリウスが傍にいる状況で女性の肌に触れようものなら一体何を言われるか分かったものではない。触らぬ神に祟りなしとも言うし、君子危うきに近寄らずとも言うし……まあ君子などとはほど遠い人格だが。
「おいおい、いいのか?もしかしたら学院のアイドルとお近づきになれるかもしれないんだぜ?」
「いや、金ないし」
「金なら俺が出すって!奢りだよ奢り!お前もストレス解消のつもりで付き合えよ!」
「そもそもストレス溜まるほどの学校生活送ってないんだが」
「何だよ付き合い悪いな〜」
話にならない。こいつがナンパ目的なのは確定だ。振り切る様に足の速度を上げる。すると……。
「せっかく帝国のお姉さん達が集まる店なんだぜ?平民は基本行けないような店に連れてってやるってのに」
思わず足が止まった。帝国?気になるワードが出てきたな。
「それ、マジなんだろうな?」
「え?食いついた?まぁいいけど。オープンして半年くらいの店でさ、最近移住して来た帝国のお姉さん達が接待してくれるんだよ。この学院に通ってる生徒もたまに来るらしいぜ?」
「……なるほどな」
帝国者が経営する店……大した意味などないかもしれないがそれでも気になるものは気になる。アリスの手掛かりが全く掴めない以上藁にも縋る思いというやつだ。
「やっぱり付き合うわ。奢りでいいんだろ?」
「おぉー!ついに乗り気になってくれたか!よし、じゃあ早速放課後にでも行こうぜ!」
「ああ、そうだな」
意気揚々と鼻歌混じりに歩き出すレイブン。こうして放課後の予定が決定した。
退屈な日々を過ごしているよりはよっぽど有意義な時間になるだろう。何より帝国の連中が集まっているという場所には何かしら情報が転がっているはずだ。少しでも妹の情報が掴める可能性があるのであれば足を運ぶ価値はある。
俺は微かな期待を胸に抱きつつ、残りの授業時間を過ごしたのだった。
やがて放課後、ミリウスが話しかけてくる前に俺は校舎を抜け出した。アリスのこともあるが、この手の店に行く姿をミリウスやカナデに見られるのは気まずい。特にミリウスは間違いなく説教をしてくるだろうし面倒事が増えるのは避けたいところだ。
レイブンと落ち合い、店があるという繁華街に向かう。
「どんな女の子がいるんだろなぁ。胸の大きいお姉さんがいいなぁ」
「お前は本当に欲望丸出しだな。本能のままに生きてるとそのうち痛い目に遭うぞ」
「何言ってんだよ。男はいつだって夢と希望を持って生きるべきなんだぜ。ミナトだって経験あるだろ?いいじゃん、たまには羽目を外したってさ」
「まぁ、否定はしない」
こいつに何を言っても無駄なようだ。俺とて男なのでその手の店に全く興味がないわけじゃない。
「ところでさぁ。お前って普段どんなタイプの女性が好みなんだ?」
「いきなりなんだよ。別にタイプとかない」
「あぁ?それでも男かよ。好きな女性のタイプくらいあるだろ?」
「ってもな。俺と付き合う女なんて大体……」
思わず口を閉じる。脳内に浮かんだのは、前世の忌まわしい記憶。
初めて出来た大切な人が、妹の手によって壊されてしまった惨劇。何も出来なかった無力感。悔恨の念が一気に押し寄せてきた。
「ん〜?なんか急に暗くなったぞ?大丈夫か?」
「あ、ああ……悪い。ちょっと嫌なこと思い出した」
レイヴンに心配され慌てて誤魔化す。こんな場所で取り乱すのはバカのすることだ。心を落ち着かせるために大きく深呼吸する。
「そっか。ま、人間誰だって辛い過去はあるもんだしな。気にすんな」
こいつにしては珍しく真面目な表情で慰めてきた。普段の軽薄な性格の割に他人の心情を察する能力は高いらしい。
「そういうレイブンはどうなんだ?誰か好きとかいんのか?」
「俺?俺は可愛い子なら誰でもウェルカムだけど?」
開き直ったように胸を張るレイヴン。ここまで堂々としていると逆に清々しさすら感じる。
「カナデ先輩とか最高だろ!スタイル抜群で笑顔が可愛くて……」
「あれが可愛いねぇ……」
「てめ、顔見知りだからって余裕ぶっこいてんじゃねぇよ!そういう奴に限って彼氏が出来たら冷めるんだろ!」
憤慨するレイヴン。まぁ俺としてもカナデは容姿は良い方で積極的で明るい性格なのは認めるが、同時に厄介ごとを持ち込む性質があることから恋人にするのは御免被りたいとも思っている。ましてや結婚なんてことになればニアが義兄になるなど冗談じゃない。
「お、ここだここ。着いたぜ」
レイヴンが指差す先には西洋風の派手な建物があった。大きさは三階建て程度だが外装はゴージャスだ。看板には『ルネサンス』の文字。
「へぇ。意外とちゃんとした店なんだな」
「だろ?貴族が行きつけにするような店なんだぜ?しかも平民でも身分に関係なく入れる数少ない店の一つなんだ」
「それはそれは」
俺が知る限り、こういった店は身分や資産の高低で区別されるのが一般的だったはずだ。レイブンの話からすると相当人気のある店のようだが……。
「そんじゃあ入りますか。レディ達を待たせる訳にはいかねぇからな」
「おう」
店内に入ると想像以上の豪華さだった。天井から吊るされたシャンデリア。大理石の床。壁には高そうな絵画が飾られている。
そして何より目に付くのは、ウェイトレス達だ。全員が露出の多いドレスを身に纏い、スタイル抜群の美女揃い。胸元や太股が大胆に見え隠れしている。
「や、やばい。俺ちょっと緊張してきたぜ」
「お前みたいなチャラ男でも緊張するんだな」
興奮気味のレイブンに呆れつつも感想を述べる。まあ、確かに目のやり場に困る格好である。
「いらっしゃいませー♪お客様2名様ですね!」
満面の笑みを浮かべた金髪のウェイトレスが俺達を席へと案内してくれる。
席はテーブルを挟んで対面式となっており、隣には半個室のように仕切られたスペースもある。雰囲気はキャバクラに近いだろうか。
「お客様は本日初めてのご来店ですかー?」
注文を聞きに来たウェイトレスの態度は終始フレンドリーだ。愛嬌のある笑顔が実に良く似合っている。
「はい!こいつがどうしてもと言うので!」
一発殴ってやろうか。
「そーなんですかー!嬉しいですー♪あっ、未成年の方ならこちらのオレンジセットが好評ですよー!おつまみセットで5500ルピーですー!」
「それください!」
「なら、俺もそれで」
二人で即決するとウェイトレスは喜びの声を上げて去っていった。
5500ルピー……前世換算で約5500円相当か。まぁ高校生にしては高額だが庶民には手の届かない値段ではない。
「ミナト、やべぇよ。マジやべえよ」
「落ち着けよ、そんな興奮してたらせっかくの男が台無しだぞ」
「そ、そうだよな。よし!深呼吸して落ち着かないと」
目当てのものが手に入るかもしれないレイブンは平常心を保とうと努力しているようだが、その表情には隠しきれない期待感が滲み出ている。気持ちは分からんでもない。
程なくして先程のウェイトレスが料理を持ってきた。皿にはフルーツ盛り合わせとオレンジジュースが載せられている。
「へぇ、ではお二人は魔力学院に通われているんですね♪」
「はい!まだ入学して一週間なんですけど、先輩達からの期待が高くてプレッシャー半端なくて」
「まあ、素敵。どんなお勉強してるんですか?」
「いやぁ、特に実技とか厳しいですよ。魔力操作とか座学とかもう大変で」
ウェイトレスとの会話も弾み始める。レイブンは嬉々として学院の出来事を語っていた。明らかに話を盛ってるが、相手も特に深掘りせず笑顔で受け答えしている。商売上手だ。
「ふ……まあ見てて下さい。いずれは学院内だけでなくエアハート王国でも一目置かれる存在になります。そうしたらお姉さん、僕とデートしてくれませんか?」
「きゃー♪」
「(見てらんねえ……)」
恥ずかしげもなく言葉を紡ぐレイブン。今時そんな歯の浮くセリフをサラッと言う奴がいるとは驚きだ。ウェイトレスは演技臭い悲鳴を上げているが……。
「エアハートはすごいところですよね。私達も最近引っ越して来たばかりなんですけど、少し心細くて……」
「マジっすか!?何でも聞いてくださいよ!何せ自分は生まれも育ちもエアハートなんで!」
「そうなんですかー!頼もしいなぁ♪」
何だかんだでレイブンはコミュ力高い。前世で見たら女子と仲良く話せるとか妬まれる案件だ。まあ、俺が関わるのは遠慮したいが。
「ねえねえお客さん。エアハートのこと……どこまでご存知なんですか?」
「そりゃもう何でも知ってますって!王族の経済から治安状況までぜーんぶ知ってます!」
んな訳あるか。お前はどこのスパイだよ。レイブンの無責任な発言に内心ツッコミを入れていると……。
「すごーい!ようやく当たりを引きましたー!」
「当たり?」
「気にせず気にせず。ほら、ぐいーっと飲みましょうよ!サービスで濃厚なジュースをご馳走しちゃいますから♪」
ウェイトレスがグラスをレイブンに差し出す。レイブンは迷いなくグラスを口元に運び、勢いよく飲み干した。
「ぷはぁ!いやぁ、美味しい!いいんですか?こんな良いものを飲ませて頂いても?」
「もっちろん!だって、お客様は特別なお客様ですから♪」
「えへへー。ありがとうございま……す?」
レイブンの言葉が途中で途切れる。その直後、ぐったりと椅子の背もたれにもたれ掛かった。
「ん?どうした?」
「い、いや……なんか、急に眠気が……」
レイブンの瞼が重たそうに閉じていく。そして数秒後には完全に意識を失った。周囲に漂う異変。
「ご協力ありがとうございました♪」
ウェイトレスの笑顔が崩れた。他のウェイトレスも同様に一斉に視線を俺に向ける。まるで獲物を狙う肉食獣のような鋭い目つき。
「さてお客様、別室でお話しを伺えますか?エアハート王国の王家の情報……お聞かせ願いたいのですが♪」
口調は丁寧だが、有無を言わせぬ雰囲気。俺は咄嗟に周囲を確認する。店内には先程まで賑わっていたはずの客は誰一人としていない。閉店後?そんな訳がない。
この状況は……罠だ。この店そのものが俺達を嵌める為に用意されていた舞台ということか。
「参ったな……」
「ふふ……大丈夫ですよー?抵抗さえしなければ手荒な真似は致しません。ただ、エアハート王族に関することで知っている情報を全部吐いてもらえば結構ですから♪」
ウェイトレスは甘い声を発する。俺は椅子からゆっくり立ち上がる。
「あー、さっさのことならこいつの口から出まかせだと思うぞ。一応は貴族みたいだが、王族だの機密だの知っている訳ないだろ。騙されてないか?」
「あら、嘘だなんて酷いですね♪でも、お連れ様も眠っていただいてしまいましたし、こちらとしては今更なかったことにはできません♪」
彼女達の目つきが変わる。穏やかな笑みから獰猛な捕食者の目つきへと移り変わった。
「別に構わないが……一つだけ忠告しておく。あんたらの方が危険かもしれないぞ?」
一言放った瞬間、俺は周囲を確認。やはり周りには誰もいない。店内にいるのはウェイトレス4人と俺と気絶したレイブンのみ。他の客は忽然と姿を消している。
「おやおや、たかが魔力学院の新入生風情が生意気を仰りますね♪では、身の程を教えてあげますか♪」
ウェイトレス達が一斉に動き出す。全員が魔力を纏い、武器を召喚している。中には鎌を握る者や槍を構える者もいる。本気で仕留める気のようだ。
「先に仕掛けたのはお前らだからな。後悔すんなよ」
俺は魔力を込め、障壁を展開した。
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