「にせ」と「にしぇ」

まるがにみどり

第1話 「にせものヒヨコ」

~~はじめに~~


この度は、本作品を開いて頂いてありがとうございます。

「「にせ」と「にしぇ」」は、実在する土地「神奈川県相模原市 古淵」という場所が主な舞台です。

他にも実在する地名があります。

ですが、本作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


それでは、暫しの間お付き合いお願いいたします。











第1話 「にせものヒヨコ」


いつから、ヒヨコだったのだろう。


いつまで、ヒヨコなのだろう。



2月中旬。


社員が点々としている、薄暗い会社のオフィス。

時計は夜10時近くを指していた。

所々にデスク上のみ明かりをつけて、眠そうに仕事をする社員たち。

疲れ切った中年の男性、バーを齧りながらモニターに向かう青年。

そう、みんな「人間」の姿をしている。


その中で。PCのキーボードを素早く叩く音が響く。

キーを叩いているのは、黄色の羽毛の小さい翼。

必死にキーを叩いてはマウスを操作しているのは、一羽のヒヨコ。

身長は150㎝ほどだろうか。

首から下げた社員証の名前は「二瀬ピヨ」


オフィスを出て、暗い街を歩くコート姿のヒヨコ。

肩には女性ものの大き目のバッグ。

電車に乗り、ドアの側に立って夜の窓に映る自分の姿を見る。

どう見てもヒヨコ、なのに周りの乗客は普通に過ごしている。

自分の手を見る、飛べない黄色い小さな翼。

両手を組む、指の感覚はあるが自分には見えない。


町田で乗り換えて、横浜線に乗る。

次の駅で降りるヒヨコ。


「古淵 古淵 ご乗車ありがとうございました」


女性アナウンスの声が、駅名を告げる。

そう、ここが私の住む町。

神奈川県相模原市の古淵こぶちだ。


ヒヨコは歩を進ませる。

ヒールの音はするが、自分に見えるのは4本の指が付いたオレンジ色の足。


駅前の弁当屋に入り、半額の唐揚げとおにぎりを買う。

コンビニで、お気に入りの発泡酒を買う、緑色のラベルのあれがお気に入り。


住んでいるのは、駅から10分ほど歩いた2DKの鉄筋アパート。築35年。

コタツに入り、唐揚げにかぶりついて発泡酒を煽った。


そして一つの大きい紙封筒から、何枚もの書類とCDを出す。


「ちっくしょー、明日から反撃だ!」


そう言って、また発泡酒を煽った。


────────────


翌日、ヒヨコは会社で上司の席に行き、一通の封筒を出した。

「退職届」と書かれている。

50代ほどの髪の乱れた上司は驚愕して立ち上がった。


「どっ…どういうつもりだ?」

「書いてある通りです。私は3月一杯でここを退職します」

「相談も無しにいきなりか…ふざけるな!!」


怒鳴り声に騒然とするオフィス。


「それと、明日から有給とります。全部使い切ります」

「なんだと?!許されると思っているのか!!」


騒ぎを聞きつけて、部長がやって来る。

ヒヨコは、部長に向けてきっぱりと言った。


「私は3月末で退職します。今までのサービス残業代も請求して、有給も全て消化します」


翌日の夕刻、会社の会議室。

ヒヨコは、ユニオンの職員を連れ立ってやってきた。

迎えるのは、直属の上司と部長、そして人事部長。


ユニオンの職員は、何枚もの書類を各々に渡して、慣れた口調で言った。


「…という訳で、この方のサービス残業代、合計3ヶ月分の請求と、未消化の有給を全て消化させていただきます」

「ふっ、ふざけるな!」


怒る上司を宥めるように、部長二人が席に着かせる。


「ふざけてはおりません、正当な権利です」


苦虫を噛み潰したような顔で、人事部長が言う。


「残業については、自発的に行ったものであれば…請求は難しいですが」


ヒヨコが声を上げた。


「自発的ではありません。いつもタイムカードを押した後に仕事を頼んできます。

音声の証拠もありますし、何度も部長に嘆願のメールを送ってあります」


ユニオンの職員はノートPCを操作して、ある音声を流した。


「この3年間、少なくとも週に3回以上は、人がタイムカード押しですぐに仕事持ってきてますよね!」

「必要な仕事だ!それをお前は!」

「話をすり替えないで下さい。月20-22日間の勤務のうち10日以上は2-3時間のサービス残業です」

「今はそんな話をしている・・・」

「仕事終わったら、すぐに報告メール入れてますよね?」

「そんな話をしている場合じゃない!!」

「否定はしないですね、認めますね!」

「やめろ!誰に物を言っている!!」


聞いている者たちの顔が青くなってきた。

上司が声を上げる。


「盗聴じゃないか?!」


ユニオンの職員は冷静に返す。


「盗聴とは言えません、それに貴方はメールを使わずに口答指示のみではありませんか。それこそ社内のシステムを使わずに指示、しかもタイムカードを押した後ですよね、かなり悪質です」


「そんな、ちょっとだけだろう…」


職員はは表情を変えず、PCを操作する。

出てくる音声は、幾つもがサービス残業だと分かるやり取りだった。

「それと」

マウスをクリックして別の音声を流した。


「何度言ったら分かる?覚える気あるの?」

「本当に大卒?なに勉強してきたの」

「有給なんで?彼氏とでもデート?そんなんじゃ下りないよ」


他に、聞くに堪えない発言が会議室に響く。

上司は腰を上げてパソコンに手を伸ばそうとした。


「貴様やめないか!」


職員は慣れているのか、PCを閉じて鋭い目を向けた。


「サービス残業に加えて、ハラスメントと呼ばれる言動の数々。これも問題です」


人事部長は怒りを抑えるように息をついて、低く語った。


「退職希望、でしたね?」

「はい、それと」


ヒヨコはユニオンの職員を見た。職員が頷いて語る。


「退職金はもちろん。この方への未払いの残業代の支払い、有給休暇の全消化、それと退職理由は『会社都合』でお願いいたします」

「…!」


社員全員が絶句してまた上司が腰を上げる。


「図に乗るな!!」

「…君は、ちょっと黙ってて」


人事部長が眉間に手を当てて告げる。


「それはちょっと、せめて退職金と有給までは」

「ダメです」


ヒヨコが怒り顔でさえぎる。ユニオンの社員もはっきりと告げた。


「これでも譲歩している方です。私たちはこの要求が通らなければ、全ての資料を労働基準監督署に提出します」

「労基!いやそれは!」


人事部長がうろたえる。職員は通る声で告げた。


「そうですね、これほど揃った証拠を労基に見せれば、今の要求にパワーハラスメントの慰謝料と、企業への指導勧告が入ります。まあ、それで良いのならそうしますが」


その一言に、社員全てが言葉を失う。

青ざめて項垂うなだれる、私をコキ使って来たものたち。

要求は通り、明日から3月一杯全て有給消化となった。


こうして私は、人生でおそらくは初めての

「勝利」を手に入れた。


────────────


「バンザーイ!明日からしばらく毎日日曜日ーっ!」


アパートの部屋で、一人祝杯を上げる。


「しかしまー…」


コタツに横になり、室内を見渡す。

かなり物が散乱している。

残業続きで、整理整頓なにそれおいしいの状態だった。


「明日から片付けるか…あと、髪も切りたいなぁ」


見た目はヒヨコだが、私は26歳の女性だ。

撫でれば髪の毛の感触もある、ストレートのセミロングだ。

身長は152cm、体重はヒミツ。まあ標準内だ。


「明日から、色々やろっと」


今日は記念の日だ。

自分で自分の運命を変えられた日。

今までは、いつも…


少し酔った頭で、昔を思い出す。

蘇ったのは母親の声。


「お姉ちゃんの方が、良く出来たよ!」

「お姉ちゃんの方が、もっと成績良かったよ」


いつも、姉と比べられていた。

躾は厳しかった、勉強も家事も自分なりに一生懸命やってきた。

でもいつも、姉の方が上だと言われ続けてきた。


7歳年上の姉とは、余り話をしなかった。

いつも背中だけ見てきた、追い続けていた。

何も適うものが無く、姉は先に結婚して家を出た。


自分も関東に進学して、初めは1Kのアパートに住んだ。

でも電気コンロ1口の狭いキッチンに耐えられず、2口コンロが設置出来る環境に住みたいと、就職を期に今の物件に住み始めた。


彼氏はいた。男女の関係もあった。

でも二股かけられていた事を知り別れた。というか捨てられた。

だから男の人は、ちょっと苦手だ。


新卒で入社した今の会社は、初めは悪い環境ではなかった。

女性の上司は良い人だった。

いつも笑みを絶やさず

「分からないことは、何度聞いてもいいのよ」

と言ってくれた。


その人は、急逝した。


良い人ほど早く亡くなるとは聞いていたが、身近で起きるとショックは大きい。

その次に当たった上司が、今までのアレだ。

奴隷のように働かされて、心身ともに参って追い詰められた日々。

愚痴をネットに書いたところ、色々とアドバイスを貰った。


そして今日の交渉に至る。ありがとうネット民。


「さて、と。風呂入って寝るか…」


立ち上がり、ドレッサーの鏡で改めて自分の姿を見る。

黄色い巨大ヒヨコ。

なんでこんな風に見えてしまうのか、情けない。

メイクも出来ない。流行りの服を買って着ても、すぐに黄色の羽毛に変わる。

名前も絶対おかしい「二瀬ピヨ」だ。


皆からは「にせさん」と呼ばれている。


これは何かの「呪い」なのかと思う。

これが呪いなら、何をすれば解けるのか。


入浴を済ませ、和室の万年床に入る。


今日、初めて反撃して「勝利」を手に入れた。


もしかしたら、これで呪いが解けるかもしれないと、淡い期待をして眠りにつく。

夢も見ないほど、深く眠った。


───────────


翌朝。

というか昼過ぎ。

目を覚まして、まずは自分の手を見る。


見慣れた、小さな黄色い翼。

駄目元でドレッサーの前に立つ。


何も、変わらない。

いつまで経っても、ヒヨコ。


成人した、仕事もした、税金も納めている、家事も出来る。


「そんなヒヨコ、いないだろう…」


がくりと膝を崩して、その場に座り込む。


そう、私はたぶん「偽物」だ。


存在するはずのないヒヨコ、偽物のヒヨコ。


これから私の事は


「にせピヨ」


とでも呼んでくれ。

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