第25話 目覚めた証人

 夜が明け、アルヴェナの空にかすかな朝光が差し始めていた。

 灰に覆われていた街の一角にも、ようやく一筋の光が射し込む。


 リオンたちは崩れた教会の跡で休息を取っていた。

 焚き火の炎が、静かに揺れる。

 その傍らで、白衣の少女が寝息を立てていた。


 彼女は昨日、アルヴェナの中心で倒れていた少女――

 聖王院所属の神殻管理官、リュシア=ヴェイル。


 イリスがそっと彼女の額に濡れ布を当てながら言った。

 「熱はもう下がってるわ。でも、身体中に魔力の逆流痕がある。相当、無理をしたみたい。」


 ミナが焚き火に木片をくべながら呟く。

 「神殻管理官って、たしか……神の装置を扱う人よね?」

 「ええ。拒絶地帯を浄化する任務に就く、選ばれた巫女たち。」

 アーテルが静かに答える。

 「つまり、あの創造兵器を起動したのは彼女ということね。」


 沈黙が流れる。

 リオンは腕を組んだまま、焚き火の炎を見つめていた。


 ――創造兵器。

 拒絶された土地を再構築するための装置。

 だが、その代償として生命を燃やし尽くす。


 (そんなものを使ってまで、何を救おうとしたんだ……?)


 リュシアが目を覚ましたのは、それから数時間後のことだった。


 微かな呻き声とともに、彼女の指が震える。

 リオンがそっと近づいた。

 「気がついたか?」


 少女の睫毛がわずかに揺れ、ゆっくりと瞳が開かれる。

 淡い青の瞳――その奥に、深い恐怖の影があった。


 「……ここは?」

 「アルヴェナの外れだ。お前は倒れていた。俺たちが助けた。」

 リュシアの目が驚きで見開かれた。

 「……どうして? 私は……あなたたちを巻き込んだのに……」


 リオンは首を横に振った。

 「俺たちは、お前を責めない。ただ知りたいんだ。あの装置は何なんだ?」


 その問いに、リュシアの唇が震えた。

 しばらく沈黙が続いたのち、彼女は小さく呟く。

 「……神の設計図(アーキタイプ)の一部……」


 アーテルの目が鋭くなる。

 「設計図ですって?」

 「ええ。かつて、神々がこの世界を創るために用いた原初の構造式。聖王院は、それを解析して再創造装置を造り出したの。」


 イリスが息を呑む。

 「でも、そんなこと……人間にできるの?」

 「できないわ。本来は。」

 アーテルが低く答えた。

 「それを可能にしたのは――創造因子を持つ者の存在。」


 リオンの目が、無意識に揺れる。

 「……つまり、俺みたいな奴か。」


 リュシアは頷く。

 「あなたたち創造の子の力が、装置を動かす鍵なの。私は……その供給役だった。」


 彼女の手が震えていた。

 「聖王院は言っていたの。拒絶は罪。神の理を乱す穢れ。それを消すことが、人間の使命だと……」


 彼女の声が震える。

 「だから、信じたの。浄化の光を放てば、人々が救われると。でも、見たのよ…装置が動くたびに、街が消えていくのを。」


 涙が頬を伝う。

 「神のための浄化なんて、嘘だった……。あれは、世界を作り替えるための実験だったの。」


 アーテルが低く呟く。

 「やはり……聖王院は神の座を奪おうとしている。」

 リオンが顔を上げた。

 「どういうことだ?」


 「神の設計図は、創造の根本構造。それをすべて解明すれば――神と同じ領域に到達できる。」


 ミナが青ざめた。

 「つまり、神になろうとしてるってこと?」

 「そう。拒絶の地を浄化する名目で、各地に装置を設置している。でも実際は、創造の法則を分解して奪っているの。」


 リオンは深く息を吐いた。

 「……そのせいで、地脈が狂い、世界が壊れてるのか。」


 リュシアは小さく頷いた。

 「私はそれを知って、逃げた。でも、途中で拒絶の守護者に襲われて……」


 アーテルの眉が動く。

 「拒絶の守護者……?」

 「はい。拒絶の力が自我を持った存在。装置を守るために、聖王院が造った生体兵器です。」


 リオンが拳を握る。

 (聖王院は、神の理を盾に、すべてを支配しようとしているのか……)


 焚き火の音だけが響く。

 リュシアは弱々しく続けた。

「あなたたちは……なぜここに?」

「創造核を探している。」

 リオンが答える。

「世界を維持するための根幹。拒絶に抗う唯一の希望だ。」


 リュシアの目が揺れた。

「……創造核……」

「知っているのか?」

「ええ。聖王院の奥深く、神殿層(セラフィック・ヴォルト)に封印されている。でも、そこに触れることを許されるのは、神子だけ。」


 「神子?」

 「聖王院の最高位の巫女。神の声を聞く者――そして、次の世界創造を担う存在。」


 アーテルの表情が凍った。

 「……まさか。」

 リュシアは静かに頷いた。

 「はい。神子は、あなたのことです――アーテル=ノア。」


 空気が張り詰めた。

 イリスもミナも息を飲む。

 アーテルだけが微笑を崩さぬまま、瞳を閉じた。


 「……やっぱり、隠せなかったのね。」


 リオンが思わず立ち上がる。

 「アーテル、お前……どういうことだ!?」

 「私は……元・神子。聖王院を裏切り、創造の理を捨てた者。」


 焚き火の光が、彼女の金の瞳を照らす。

 その輝きは、神聖さと罪の狭間に揺らめいていた。


 「リオン。あなたが創造の子であるように、私は神の声を聞く者。だからこそ知っている――聖王院の目的は、創造の支配。この世界を、神の名のもとに再設計することよ。」


 リオンは黙って彼女を見つめる。

 リュシアは震える声で言った。

 「それを止められるのは、あなたたちだけ……」


 焚き火の火が、ふっと揺らめいた。

 外では、遠くの空に黒い煙が上がっている。

 新たな拒絶地帯が生まれつつあるのだ。


 リオンは立ち上がった。

 「なら、行こう。聖王院の真実を暴く。世界を創り直す権利は、神なんかに渡さない。」


 アーテルが微かに笑った。

 「ようやく、あなたの目が覚めたようね。」


 夜明けの光が、崩れた街の上に差し込む。

 灰の街に、新しい一歩の音が響いた。

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