第9話 廃都の祈り
朝の霧が森を覆っていた。
戦いの熱がようやく冷め、焦げた大地の匂いが風に流れていく。
「……紅の処刑人、か」
リオンはかすかに呟いた。
セラの姿が消えても、あの眼差しが脳裏から離れなかった。
感情を捨てたと言いながら――確かに、揺れていた。
「リオン」
イリスが寄り添うように言った。
「あなたの剣、途中で光の色が変わってた。あれ……」
「分からない。俺の力はまだ、俺自身にも理解できてない。」
カイルが肩をすくめる。
「だったら、確かめる旅ってわけだな。俺は付き合うぜ。」
リオンは微笑んだ。
「ありがとう。……向かう先は決まってる。南の《廃都ラディア》。」
イリスが目を見開く。
「ラディアって、あの――神が降りた都、って呼ばれてた……?」
「そうだ。数十年前、魔導災害で崩壊した。
でもあそこには、スキルの起源を記した神碑が眠ってるって話だ。」
風が冷たくなる。
リオンの中で、何かが確信に変わりつつあった。
三日後。
一行は、岩山の麓に広がる廃墟群にたどり着いた。
沈黙した街――それが、廃都ラディアだった。
瓦礫の隙間から風が吹き抜けるたび、どこかで鈴のような音が響く。
人の気配はない。
だが、かつてここが栄華を極めた都であったことを物語る、巨大な石柱がいくつも立っていた。
「……これが、神の都か」
カイルが低く呟く。
「なんだか……息をするのもためらうわね」
イリスが不安げに辺りを見回す。
リオンは歩き出した。
瓦礫の下に埋もれた神殿跡――その中心に、青白く光る円形の装置があった。
「魔導陣……? でも、これほどの規模のものは……」
リオンがそっと手をかざす。
瞬間、魔導陣が淡く光り、低い音が空間を震わせた。
――《認証完了。スキル保持者、リオン・グレイ》
「なっ……!?」
イリスとカイルが目を見開く。
次の瞬間、魔法陣の光がリオンの体を包んだ。
「リオン!」
「大丈夫、だ……! 見える……何かが――」
光の中で、リオンの視界に奇妙な文様が浮かぶ。
それは、古代文字――いや、スキルの根源を象るコードだった。
《模倣系スキル:COPY=未完全構成。進化条件:神碑との同調。》
「進化……?」
リオンの呟きに応えるように、神殿の奥から光が走る。
瓦礫が崩れ、奥に隠されていた巨大な石碑が姿を現した。
表面には無数のルーン文字。
中央には、ひときわ大きく刻まれた言葉があった。
――創造せよ。模倣の果てに、新たな真理を。
その瞬間、胸の奥で何かがはじけた。
眩い光が溢れ、リオンの身体が浮き上がる。
「リオン!?」
イリスの声が遠ざかる。
視界が白に染まり、世界が反転する。
――どこか、違う空間。
光も音も、現実も曖昧な場所。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
白い外套に身を包み、瞳は金色に輝いている。
「ようやく、来たか。模倣の子よ。」
「……誰だ、お前は。」
「我は《始原の神アストレア》。
かつて人にスキルを授けた者。そして、世界を誤らせた者。」
リオンは息を呑む。
「神……だと?」
「お前の力は、ただの模倣ではない。
“写し”を超えて、創り出す可能性を秘めている。」
アストレアの声が、心に直接響く。
「だがそれは、諸刃の剣。創造とは、破壊と同義。
お前がその意味を誤れば、世界は再び崩壊する。」
「……それでも、俺は進む。
誰かに与えられた力じゃない。俺が、選んだ力として。」
沈黙ののち、アストレアは静かに微笑んだ。
「よかろう。ならば授けよう。
模倣を超え、創造へ至る第二の名――《CREATION》」
光が爆ぜ、世界が崩れた。
気がつくと、リオンは神殿の床に倒れていた。
イリスとカイルが駆け寄る。
「リオン! 無事!?」
「……ああ。けど、何かが変わった。」
リオンの右手には、淡く光る紋章が刻まれていた。
六つの円が重なり合い、中央で一つの線が交わっている。
「これが……俺の、新しいスキル。」
《進化スキル:COPY → CREATION(創造)》
その瞬間、空気が震えた。
廃都全体が共鳴するように光を放ち、古代の鐘が鳴り響く。
イリスが震える声で言う。
「リオン……あなた、本当に……神に選ばれたの?」
「選ばれたんじゃない。――奪い取ったんだ。」
空を見上げる。
夜明けの光が、崩れた都を照らし始めていた。
リオンの瞳は、その光を真っすぐに映していた。
「この力で、世界の嘘を暴く。
俺を“無能”と呼んだ連中に、本当の意味を思い知らせてやる。」
静かな決意が、朝霧の中に響いた。
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