長寿のエルフは最強の悪魔を身に宿す〜法外な寿命を要求してくる悪魔と契約しましたが、エルフなので大丈夫です〜

Umi

第一部

第1章 牙狼組編

第1話 転移して来る最強

 地獄由来であるはずの悪魔たちが地上で姿を見せるようになったのは何時か?

 そんなことを考える人はいない。


 なぜならそれが日常であり、世界の理なのだから。


 「悪魔ってなんだ?」


 もし、そのことに対して疑問を抱く者が居たとすれば、それはこの世界の住人ではないのだろう。


 ――ヘルフェルノ大陸。

 そこはヒューマン、獣人族、ドワーフなど多種多様な種族たちが覇権を握るため、戦争が絶えず起きている大陸だ。

 そんなヘルフェルノ大陸中央に位置するノーツ大森林。


「私を幽閉するとは、どういった了見だ?」


「……貴女様の唱える思想は、我々の思想とは相反するのです」


 ノーツ大森林には神樹と呼ばれている樹木と、その木を中心として広がるエルフの国家がある。

 そんなエルフの国家に作られた牢獄に、同族であるはずのエルフが投獄されていた。


「平和主義の何が悪いのだ。そもそも他種族を殲滅して覇権を握ったところで、待っているのは同種族による争いだけだ」


「……それでも、我々の種族は覇権を握ります」


「ふん、私は協力しないぞ」


「我々には神樹様の加護がありますので」


 投獄されているエルフの名はルシェル・フルミノーツ。

 エルフ勃興の祖ルーシー・フルミノーツの子孫であり、現エルフ一族最強の戦士でもあった。

 そんな彼女は平和主義を主張し、その思想を広めようとしたため、投獄されていた。


「どうにかして抜け出さなければ……【転移魔法】を使うか」


 この世界には魔法という概念がある。

 多種多様な種族の中でもエルフはトップクラスの魔法練度を誇り、そんな種族の中で最強の戦士と呼ばれるルシェルは最強の魔法使いだ。


「【魔封じの腕輪】は付けられているが、私にとっては関係のないことだ」


 【魔封じの腕輪】。

 元はルシェルが考案した魔道具であり、魔力を乱して魔法の発動を防ぐ腕輪だ。

 当然、考案者のルシェルには通用しないため、気にせず魔法を行使しようとする。彼女が使用する魔法は【転移魔法】。世界中、どんなところへでも移動することができる最強の魔法の一つ。


「“転移”」


 眩い輝きが彼女を包み込む。


「――なるほど、これは改良されていたのか」


 改良された【魔封じの腕輪】によって魔力が乱され、転移先の座標が大きくズレてしまう。

 彼女の膨大な魔力が災いして、そのズレは世界をも超えた。


「“常識吸収”」


 “転移”が発動し終える前に行使したのは、世界から常識を吸収する魔法。

 つまりこの時点で、彼女には世界を超える転移が発動してしまったことが分かっていた。


「まあ徒労に終わるだ――」


 ヘルフェルノ大陸から最強の戦士が姿を消した。

 その日以降、ルシェルの姿を見た者は居ない。



 ――地球。

 ヘルフェルノでいうヒューマンたちが絶えず戦争を続ける世界。

 ルシェルはそんな世界の日本という国家のとある山奥に“転移”してきた。


「悪魔ってなんだ?」


 彼女には二つの誤算があった。

 一つ目はこの世界には魔法という概念が存在しておらず、元の世界に戻るために必要な魔力が回復しないこと。

 二つ目はヘルフェルノには存在していなかった悪魔という概念が存在していることだ。


「……私が生き残るためには悪魔と契約して、悪魔祓いとして生きるしかないのか」


 普通は常識を吸収したとしても、悪魔という概念がない世界から渡航してきて直ぐに現状を見極めることなどできない。それを可能としているのは、戦場を駆け回ったルシェルの適応力の高さだろう。


「契約するなら、やはり最強を求めるというのが人類だろう……なるほど、最強の悪魔は【傲慢の悪魔】ルルシ・ファーノルドと言うのか――」


『ワシの名を口にしたな』


 その名を口にした瞬間、ルシェル前方の地面に魔法陣が展開される。

 その魔法陣はヘルフェルノ大陸で魔法を展開する際に発生する魔法陣と似た模様をしており、ルシェルは興味深そうに眺めていた。そこから姿を現した悪魔のことを無視して。


『ワシを無視するでない』


 ルシェルの身体が硬直する。

 久しく感じていなかった恐怖心、魔力という鎧に覆われていない無防備な身体は拒否反応を示して一切動かせない。


「……お前が【傲慢の悪魔】ルルシ・ファーノルドか」


 だが彼女の胆力は恐怖に打ち勝つだけのものがある。

 これまで膨大な魔力に守られていた身体とは違い、表で戦い続けて来た精神は、この程度の恐怖で折れるものではない。


『いかにも、ワシが最強の悪魔、ルルシ・ファーノルドだ』


「なら話は早い。私と契約して力となれ」


『ワシとの契約を求めるか……』


 ルルシはルシェルの足元から頭までを舐めるように観察する。

 そして口を開く。


『ではワシが要求するのは、お主の寿命100年だ』


 ルシェルが了承の言葉を口にするよりも早く、身体の中から100年分の寿命が物体として抜き出される。それは命の灯であり、生きるために必要な絶対的エネルギーだ。それが100年分ともなれば、放つ輝きは太陽にも勝る。

 その輝きはルルシの口へと飛んでいき、喉を通って消え失せる。


『では、これで契約は終わりだ――!?』


 ニヤリと笑っていたルルシだったが、その表情に焦りが見える。


「言っていなかったが、私はこの世界の住人ではない。そして一般的な人間の寿命が100年に満たないと知っているお前からすれば異端的存在なのだろうが、私の寿命は数千年、つまり100年の寿命など誤差に過ぎない」


『ハメたな!!!』


 ルルシの全てがルシェルの身体の中へと吸い込まれる。


「……この力は全盛期の私を超えるな」


 流石のルシェルも、溢れ出る無限の力に戦慄していた。



 【傲慢の悪魔】の消滅は世界の悪魔祓いたちに驚きを齎し、悪魔たちに最強を目指させる動機を与えた。


 異世界の住人であるルシェルという存在が世界に齎すのは混乱か、救済か、それを知る者は一人を除いて存在しない。


――あとがき――

ルルシは傲慢で人類を見下しているが故に、容易く契約を結んだ。

普通の人間が相手であれば、100年の寿命を奪った瞬間に死、もしくは立つのもままならないほどに老いてしまうため、まともにルルシの扱えた人間はいない。

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