第7話:アストラ潜入 ―沈黙の真実―
沈黙した都市の調査は急務だが、ポータルは依然として不安定。
外部から強制的に閉ざされている可能性も高いため、学園は最小人数での潜入を決断した。
選ばれたのは――
リオ、カイ、アイリス、そして異界から保護された少年アンスロボス。
「本当に……行くの?」
医務室で、アイリスが不安そうにリオを見つめた。
リオは頷いた。
「行くよ。あの子が見た“闇”が本当なら、アストラは危険だ。放っておけない」
アイリスは唇を噛む。
「でも……あなたの力はまだ不安定。ノクスの影に近づけば、また……」
不安は分かる。リオ自身だって恐れていた。
英雄の
だが、迷っている時間はなかった。
そこにカイが豪快な声で割り込む。
「心配すんなよ! リオが暴走したら俺が殴って止めてやる!」
「……殴って止まる力じゃないと思う」
アイリスが冷静に返す。
「大丈夫だって、俺の炎なら――」
「その炎が危ないのよ」
「うぐっ」
軽口が交わされ、ようやく空気が少し柔らかくなった。
リオは眠る少年の髪をそっと撫で、微笑んだ。
「大丈夫。きっと上手くいく」
◆
ポータル管理センター。
薄暗い中央ホールの中央に、揺らぐ光の門が浮かんでいた。
いつもは澄んだ青の光が、今は黒い靄を混ぜて重く揺れている。
「……不気味だな」
カイが呟く。
カレン教授は険しい表情で分析を続けながら言った。
「向こう側の空間が歪んでいる。ゲートが完全に閉じないよう誰かが“こちら側から”固定したがっているようだ」
「ノクス……」
アイリスが低く呟く。
教授は振り返り、リオたちを見た。
「お前たちが頼りだ。特にリオ。君の共鳴能力はゲートそのものにも作用する可能性がある。慎重にな」
「はい」
リオが頷くと、教授は静かに身を引いた。
「行け。アストラの真実を確かめてこい」
◆
――次の瞬間、視界が揺れた。
異界の空気。
重く、冷え、どこか湿った風。
光の粒が漂い、地形は歪んだ岩と灰色の大地が続く。
リオは息を呑んだ。
ポータルの眩しさが背後で消え、世界が一転する。
「ここが……アストラ……」
アイリスが周囲を警戒しながら囁いた。
アストラは本来、活気ある都市のはずだ。
多種族が行き交い、アンスロボスたちが暮らす繁栄の中心。
だが――
都市は静まり返っていた。
建物が軋む音。
風に揺れる旗が擦れる音。
人影は……ひとつもない。
「まるで……全部が止まっちまったみたいだな」
カイの言葉が重く沈む。
リオは歩みを進める。
足音だけが乾いた路面に響く。
――そのとき。
「リオ……何か、聞こえる」
アイリスが耳元で囁いた。
彼女の
「遠くの方。すごく……歪んだ“声”が」
リオは息を整えた。
(嫌な気配だ……胸がざわつく)
その先にあるのは、アストラの中央広場。
広場は巨大な石柱群に囲まれ、都市の象徴が立つ場所。
四人は静かに歩みを進めた。
◆
――そして広場に辿り着いた瞬間。
誰もが言葉を失った。
広場中央に、黒い球体が浮かんでいた。
縦横にひび割れ、内部から紫の光が漏れている。
まるで“闇”そのものが形を成しているかのようだった。
「……あれは……」
アイリスの声が震える。
子供が、リオの服をぎゅっと掴む。
「……ノクス……の……“核”……」
リオの背筋に冷たいものが走る。
(あれが……ノクスが生み出した何か?)
カイが一歩踏み出した。
「壊せばいいんだろ? 俺の炎で――」
カイの足が地面に触れた瞬間だった。
黒い球の表面が波打ち、影が生まれた。
まるで地面から立ち上がるように、影が形を成す。
巨大な獣の姿。
四足、岩石のような装甲、裂けた顎。
闇から生まれた番犬――《テラス・ガルム》。
「うわ、でけぇ……!」
カイが構える。
その咆哮が都市に反響した。
静寂が破られ、闇が蠢く。
「ここを守ってる……“核”を守るために」
アイリスが分析する。
リオは前に出た。
「だったら――突破するしかない!」
ガルムが突進した。
地面が割れる。
風圧が襲う。
「カイ、炎を! アイリス、感覚支援を!」
「任せろ!」
「わかった!」
カイの炎が炸裂し、アイリスがガルムの動きを先読みして誘導する。
だが、ガルムは一撃ごとに再生し、闇を吸収して巨大になっていく。
「……倒してもキリがない!」
アイリスが叫ぶ。
リオの胸が熱くなる。
光が指先に集まる。
(エコーを……使うしかない)
だが――胸の奥の声が囁いた。
――まだだ。
――力を使うな。
英雄の声。
それは警告のようでもあり、励ましのようでもあった。
「……でも……!」
リオは歯を食いしばる。
アイリスが叫ぶ。
「リオ、ダメ! あなたが壊れちゃう!」
ガルムが再び吠えた。
闇が広場を覆う。
カイの炎が押し返される。
その時、少年――アンスロボスの子供が前に出た。
「……僕が……やる」
その瞳が開いた。
そこには、淡い青の紋章が浮かんでいた。
「え……?」
リオが目を見開く。
少年は震えた声で呟いた。
「僕……“導き手(ガイダンス)”……アストラを……守る者……」
彼の手が光を放つ。
青白い光がガルムに触れる。
ガルムの動きが一瞬止まる。
その隙を、リオは見逃さなかった。
「――エコーフィールド!!」
光と光が共鳴した。
ガルムが震え、裂け、爆散する。
闇が霧散し、広場が静かになる。
リオは膝をついた少年を抱きとめた。
「ありがとう……君のおかげで助かった」
少年は弱く微笑んだ。
「……まだ……終わってない……“核”が……」
リオたちは球体を見つめる。
その表面に――黒い亀裂が走る。
「……来るぞ」
カイが息を呑む。
次の瞬間、球体が砕け、闇の渦が立ち上る。
そこから現れたのは――
黒い翼。
冷たい仮面。
漆黒の気配。
「やはり来たか――英雄の残響」
グレイ・ヴァルドが姿を現した。
広場の闘いは、まだ始まったばかりだった。
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