第9話 静寂の中の声

夕暮れのアストラ学園は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 訓練場での騒動から数時間――校内はまだその話題で持ちきりだった。


 「星宮星牙が、魔獣を一瞬で止めたらしい」

 「いや、圧で潰したって聞いたぞ」

 「重力魔法だって……どんなレベルの制御だよ」


 そんな囁きが廊下を流れていく。

 本人はそれを避けるように、人気のない渡り廊下を歩いていた。


 空は橙から群青へ。

 雲の切れ間から覗く星が、まるで彼を見ているかのようだった。


 ――星宮時継校長室。


 扉をノックすると、すぐに低い声が返ってきた。

 「入れ」


 星牙が足を踏み入れると、机の上に淡く光る魔導ランプ。

 そして、その奥に座る初老の男――星宮時継がいた。

 眼差しには威厳がありながらも、どこか柔らかさがある。


 「……派手にやったな」

 「抑えただけだ」

 「お前が“抑えた”結果、教師たちが戦慄してたぞ」


 時継は小さく笑う。

 「まぁ、力を隠すのは構わんが――バランスは取れ」

 「わかってる」


 沈黙が落ちる。

 机の上の書類には、数枚の報告書。

 “魔力圧測定値:規格外”という文字が赤く光っていた。


 「……星牙」

 「何?」

「今の世は、昔と違って静かに見えても底が動いている。

  ダンジョンブレイクの頻度が上がっていることは知っているな」


 「ええ。去年より倍増してる」

 「そして、魔王軍の気配も、再びだ」

 「……千年前と同じ繰り返しですか」

 「そうだ。だが今回は、神環者が“揃っていない”」


 星牙は目を細める。

 「だから俺に動くな、って言いたいのか?」

 「そうだ。お前はまだ学生であって、戦力じゃない」

 「……祖父の言葉として聞いておくよ」


 軽く礼をして、星牙は扉へ向かった。

 だが、扉に手をかけたところで時継が言った。


 「星牙」

 「なに」

 「お前の力は、“天から授かった理(ことわり)”だ。

  使う時は――誰のためかを、忘れるな」


 しばらくの沈黙。

 星牙は、わずかに肩越しに振り返った。

 「……わかってる。だから今はまだ、観察してる」


 その言葉を残して部屋を出ていく。


 夜風が吹き抜ける廊下。

 見上げた窓の外には、満天の星。

 その中で、ひときわ明るく輝く星があった。


 ――まるで彼自身のように。

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