人類最後の地 Ⅱ ドーム都市

島石浩司(M・グレイリー)

第1話 はげ猿    (2510)

 ドームと風力発電機が建ち並ぶようになった南の森地区で、ある時、毛のほとんどない

猿が発見された。大きいもので体長は80センチメートル、頭頂部と背中の一部に金色の

毛が生え、赤い鼻が特徴だった。初めてその猿の後ろ姿を見た人は、その体毛のない猿を

人と見間違える程だった。「はげ猿」と呼ばれることになるこの猿は、中南米で野生化し

ていた猿で、熱暑を避けて北米大陸を北上し、混血を繰り返し、変異して体毛が無く長い

手足と胴体の新種となっていた。はげ猿は鋭い牙を持ち、雑食性で草も肉も食べる。川や

海に入って魚を捕っているはげ猿を見かけた者もいた。あのユーラシア大陸のサラルより

はかなり小さく全く違う種類だった。


 南の森地区で発見された当時数匹だったはげ猿は、急速に数を増し数十匹の群れをなす

ようになった。はげ猿の群れは、人の出入りのスキを突いて南の森地区のショッピングド

ームに侵入し、食べ物を盗むようになった。ドームに侵入するはげ猿を追い出すのは一騒

動だった。素早い動きをするはげ猿を網で捕まえる事は不可能で、ドームを破壊する銃は

使えず、弓で射る事になったが、簡単ではなかった。逃げ回り、食べ物を食い荒らすはげ

猿に人々は手を焼くことになる。百匹近い群れとなったはげ猿はドームの壁に穴をあけ、

地下に穴を掘り、ショッピングドーム近くに居座るようになった。この頃からカナクでは

女性や子供がはげ猿に襲われる事件が発生しはじめた。


 そんな中、ノードからカナクに帰ってきたエミーがはげ猿に襲われるという最悪の事態

が起こった。エミーの悲鳴を聞きいた近所の人達が駆け付け、はげ猿を追い払ったが、エ

ミーは重傷を負っており、三日間高熱でうなされた後亡くなった。エミーの訃報を聞き、

カナク中が悲しみに沈んだ。数日後別れの会が開かれ、エミーの墓の周りに集まった数百

人が、エミーの歌っていた「My Funny Valentine」を涙ながらに合唱した。


【My Funny Valentine(words by Lorenz Hart)】

  My funny Valentine, sweet comic Valentine

  You make me smile with my heart

  Your looks are laughable Unphotographable

  Yet you're my favorite work of art

  ・・・


 人々は、そこにエミーが現れて愛くるしい笑顔で歌っている光景が見えるような気がし

た。警備隊長となったビリーは数十人の警備隊員を率いて、カナク周辺に出没するはげ猿

に‎対処する任務に着いていた。素早く逃げ回るはげ猿を仕留めるのは困難を極めた。罠に

近づこうとしないはげ猿は、待ち伏せて弓矢で一匹づつ駆除するしかなかった。35年前

に西の海の浜にいた老人からもらった弓矢を参考に製造した弓矢が役に立った。


 カナクでのはげ猿の被害を連絡を受けたノード政府は、はげ猿を追い払う策として、ノ

スロ族の飼っている犬をカナクに移入するという提案をした。ノスロ族の飼っている犬は、

アメリカ大陸で飼われていたペット犬の中で、熱暑に対応した毛の薄い細身の種が生き残

って飼われるようになつたものだ。ノスロ族は数百頭の犬を飼っており、はげ猿達は犬の

いる場所に近づこうとしないという。


 すぐにノード政府から五十頭の犬とそれを率いる五十人以上の救援隊が到着した。救援

隊の隊長はエミーと婚約していたリアムだった。カナクの人々は、婚約者のエミーを亡く

したリアムの心情を思い、心を痛めた。リアム隊長率いる救援隊は上陸するとすぐに二十

頭の犬をドーム周辺に配置し、残りの三十頭を引き連れて南の森地区に向かった。


 南の森地区に到着すると、リアム隊長率いる救援隊は南の森地区を大きく囲むように、

犬三十数頭を放った。犬を見たはげ猿の群れは一斉に逃げ出し、北の方向に集まっていく。

そこには、カナクの警備隊員数十人が弓矢を構えて待ち構えていた。たちまち百頭以上の

はげ猿を倒し、逃げたはげ猿も木に登ったところを犬に見つかり、弓矢で撃ち落とされた。


 この作戦の後はげ猿の姿は見えなくなり、救援隊は犬を一旦カナクの港にある漁業用ド

ームに収容した。はげ猿の恐れる犬の気配を消して、はげ猿を南の森地区におびき寄せる

作戦だった。その間、ノードから来た救援隊はカナクの人々から歓待を受けた。リアム隊

長はエミーの墓を訪れ花を手向けた。カナク警備隊の隊長ビリーは、亡くなったエミーの

兄としてリアムと言葉を交わした。

「カナクに来て頂いた事を感謝する。エミーの件は警備隊長であり家族でもある私の責任

だ。申し訳ない」

「誰のせいでもない。エミーは私の最愛の人だった。エミーを育てたカナクのすべての人

に感謝する」


 数日後、救援隊は再び南の森ではげ猿掃討作戦を行い、十数匹のはげ猿を仕留めた。そ

の後、救援隊は南に続く山の中にも犬を放ち、はげ猿の居場所を捜して掃討を続けた。

二か月後、救援隊はノードに帰還する事になった。リアム隊長は連れてきた犬五十匹を、

カナクの警備隊長ビリーに託した。リアム隊長率いる救援隊は、船からカナクの人々に手

を振りつつノードへ帰還していった。残された五十匹の犬達は、カナクの人々をはげ猿か

ら守る事になった。

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