魅了なんて、オレには効かない【BLファンタジー】

クリヤ

第1章 王都からの脱出

(1)婚約破棄

 「王子とグリュン=ラント姫との婚約は破棄とする。

  姫には、王都からの追放を命じる。これは、王命である!」


 内務大臣が声も高らかに宣告した。

 その時、当の王子は困惑していた。


 (どういうことだ? 婚約は王にとって必要だったはず)

 

 「父上、お待ちください。なぜ、婚約破棄など?」

 「なにを言っている、王子よ。おまえの望みであろう?」

 「いいえ。わたしは、この婚約に不満などありません」

 「いや、おまえは、そこにいるゴルトの姫との婚姻を望んだはず」

 「はい? そのようなことは」

 「いや、そうだ。王子は、わたしにハッキリそう言ったのだ」


 父の様子がおかしい。

 数週間に渡り悩み続けていた王子は、久しぶりに父の目を見た。

 『賢王』とも呼ばれる父は、絶対的権力を持ちながらも。

 相手の話を真摯に聞く耳を持つ、まさに『賢王』と呼ぶにふさわしい。

 そういう人物だった。

 ……のはず、だった。


 今、王子の目に映る王の姿は『賢王』からは、ほど遠い。

 目がどこを見ているのか、判然としない。

 王子の言葉にも、口角泡を飛ばして反論してくる。


 (おかしい……。これは、真の父上だろうか?)


 偽者なのではないか?

 王子が、そう思うほどに父の姿は異様だった。


 (近くの者は、なにをしている? 母上は?)


 周りを見渡す。

 いつも父のそばにいるはずの相談役の姿を探す。

 なぜか、その姿は見当たらない。


 父の隣りに座る母のほうを見る。

 ブラオ=ラントから嫁いできた王子の母。

 子どもたちを平等に愛し、国民のことも同じように愛する。

 『国母の鏡』と呼ばれる女性である。

 王子を見かければ、どんな遠くからでも駆け寄って来て。

 そして、優しく目を合わせて手を取る。

 「愛しい王子、あなたの幸せを願っていますよ」

 そう、声をかけてくれる母だった。

 ……の、はずだった。


 その母も、王子に気づいているのかいないのか。

 その目は、あらぬ方向を見ているようだ。


 「王子よ、おまえはゴルトの姫を愛しているのだろう?」

 「いえ、わたしは」

 「隠さずとも良い。ゴルトの姫から、すべて聞いている」

 「なにをお聞きに?」

 「グリュンの姫は、おまえとゴルトの姫が愛しあっていることを知り。

  それを妬んで、ゴルトの姫にさまざまな嫌がらせを続けたとか。

  さらには、ゴルトの姫の命まで奪おうと画策したというではないか。

  そのような姫と王子を婚姻させることは、断じてできない」


 (なんの話だ? どちらの姫も顔さえ知らないというのに)


 「いえ、そのようなことは……」


 さらに王子が否定の言葉を重ねようとした時。


 『なぜ、おまえには魅了が効いていないのだ』


 地の底から聞こえてくるようにな、おぞましい声が背後から聞こえた。

 声の主を探して、振り返ろうとする。

 ふわり。

 嗅いだことのないような、不思議な香りに包まれる。

 金色のモヤが、キラキラと自分の周りを覆う。

 意識を失う前に王子が見たものは、見知らぬ女性の手のひらだった。



 *****


 「王子、王子! どうかお目覚めください!」


 自分を呼ぶ声と優しく体を揺すられる感覚。


 (ここは……?)


 薄暗い場所は、ろうそくらしき明かりでよく見えない。

 少しずつ、意識がハッキリとしてくる。

 ふいに。

 ヒヤリと冷たく固い床を感じて、飛び起きる。

 目の前には、ティムの姿があった。


 「ティム? わたしは……? うっ、痛い」

 「王子、今すぐ、わたしとともに、ここを出てください」

 「なに? どういうことだ? ここは、どこだ?」

 「ここは、城の地下牢です。

  それ以上の説明は、ここを抜け出してからに」

 「頭が痛い……」

 「それは、やつの霧を浴びたからです。これを飲んでください」

 「なんだ?」

 「解毒薬です」

 「なぜ、そんなものを?」

 「それも、のちほど。王子、そろそろ立てますか?」

 「……うん、頭痛は治ってきたようだ」

 「それでは、まいりましょう」


 ティムがそう言って、牢内の壁のレンガを、いくつかさわる。

 ガタン! キィーッ。

 壁の向こう側で音がする。

 と、レンガの壁に見えていた一部分が開く。


 「なんだ、これは? なぜ、こんな仕組みが牢の中に?」

 「これは、王族のための避難通路です。知る者は、ほとんどいません」

 「それなら、なぜ、おまえが?」

 「もちろん、王子をお守りするためです」


 色々と聞きたいことはあった。

 しかし、ティムの様子から今が緊急事態だということだけは分かる。

 それ以上は聞かずに、ここはティムに従うべきだろう。

 そう思った王子は、ティムの言葉に従うことにした。


 「こちらへ。王子、足元にお気をつけて」

 「うん」


 王子よりあとから牢を出てきたティムが扉を閉める。

 すると、こちら側からも今あった扉の位置が分からなくなる。

 ティムに先導されて、通路を進む。

 地下牢から続く場所とは思えないほどに、キレイな道が続く。

 しばらく進むと、少しだけひらけた場所に出る。

 ティムは、そこで振り返ると王子に言う。


 「王子、緊急のことで衣服をそろえることができませんでした。

  どうか、わたしの服でご容赦ください」


 そうティムに言われ、改めて自分の格好を見る。

 いつも着ている衣服は脱がされ、粗末な獄衣を着せられている。


 「ありがとう、ティム。助かる」


 ゴワゴワとした獄衣を脱いで、ティムの服に着替える。

 だいぶ動きやすくなる。


 「それから、こちらを」


 ティムが取り出したのは、ひと振りの剣。


 「ここは、安全ではないということか」

 「はい。ご覚悟ください」


 とりあえずの装備を整え、ふたりは通路を進む。


 「ここからは、キレイな道ではありません。

  剣も抜かれていたほうが、よろしいかと」

 「分かった」


 キィ。

 錆びついた扉が開く。

 と、目の前に大きなかたまりが飛びかかってくる。

 王子は、とっさに剣を振った。


 ぐしゃり。

 気持ちの悪い音とともに転がったのは、巨大なネズミ。


 「これは……」


 大型の犬くらいのサイズのネズミに、王子は自分の目を疑う。

 けれど、今は考えている時間はなさそうだ。

 ティムは迷うことなく、次々と巨大ネズミを倒している。

 王子も負けじとネズミをなぎ払いながら、前へと進む。


 次の扉が見える。

 キィ。

 ティムが慎重に開けた扉の先。

 誰もいないはずのその扉の先には。

 数人の金色のローブを着た者たちが剣を構えていた。


 「王子。残念ですが、あなたの命はここまでです」

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