1-10

「取り合えず落ち着いてください」


「それを俺に言ってどうする?」


 責任転嫁の矛先で不機嫌を隠さない俺にアリスは状況説明を求める。

 何があったかは至って単純。

 無限に取り出せる戦闘糧食を巡って英霊どもが騒いでいた。

 本気でやっているわけではないのでただのバカ騒ぎだ。

 取り敢えず現物をアリスに見せて食わせてみたが、これが奪い合いになる理由がわからず首を傾げる。

 やはりチーズ味は賛否が分かれる。


「甘いものもあるから騒ぎになってるんだ」


 ジェスタがアリスに問題となっている部分を教える。

 これに納得するようにアリスは頷き、俺に問題となった物を催促する。

 俺は「はいはい」と溜息を吐いてアタリが出るまでレーションガチャを開始。

 三回目でバニラ味が引けたので提供するとそれを口に入れたアリスは「おー」と感心したかのような声を出した。


「戦闘糧食、ですよね?」


 アリスの問いに頷くと「ということはカロリーが……」と悩まし気な声を漏らしている。

「気にするところはそこなのか?」と思ったが、計算され尽くした完全栄養食のディストピア飯が主流ならば、過剰なカロリーにまず目が行くのかもしれない。


「取り敢えず、これは『無限に出せる』ということでいいのか?」


 考え込むアリスに俺は気になっていることを尋ねた。

 しかし彼女は確証はないのか返事がない。


「確認したいのですが、それって他の人も取り出せますか?」


 俺の胸ポケットを指差してアリスが確認を取る。


「ああ、それは無理だった」


 先ほどの騒ぎの中で俺の胸ポケットから抜き取ろうとした奴がいたのだが、そいつは「何もなかった」と言っており、他人が取り出すことができない仕様になっていることは確認済みである。


「……弾薬もそうなんですか?」


「試してみよう」


 アサルトライフルを具現化し、腰に付いている弾薬パックを取り外す。

 ちなみに弾薬パックは取り外しても一晩寝ると元の場所に戻っているので軽くホラーだ。

 ジェスタに取り出してもらってみるが……中身は空っぽ、だそうだ。

 試しに俺が手を突っ込むと弾倉が取り出せた。


「不思議な光景だな」


 これを見ていた英霊の誰かがそう言って弾薬パックに手を入れる。

 やはり何もないのか首を傾げて手を引いた。

 それを見てアリスが「推測ですが」と前を置きして話し始める。


「多分、それ『霊装』になってるんじゃないですか?」


 知らない単語に「霊装?」と口に出して首を傾げる。


「わかりやすく言えば、英霊が身に着けていた『専用装備』です。生前の装備品は勿論ですが、着ていた服や道具が世界を渡る際に何かしらの能力を持つことが稀にあるんです」


 そういった本来なかった能力を持った装備品は持ち主以外に力を引き出すことができず、またそれ自体が大きな力を持つケースもあったりするらしい。

 稀にある程度なのでまだまだわからないことは多いので、はっきりしたことは言えないが、この服の能力は間違いなく俺のものである、とのことである。


「しかし、これではっきりしました」


 アリスの言葉に俺は一瞬ドキリとする。

 隠し事があるとあり得ないのに「まさか」が頭を過る。


「スコール1さん。あなたに全盛期の力がない理由は、この霊装にリソースを持っていかれたからです」


 俺は「これか?」と言わんばかりに自分の軍服を摘まむとアリスは大きく頷く。


「無条件で無制限の弾薬など普通に考えてあり得ません。かつて存在していた銃器を使う英霊たちも弾薬の補充に関してはこちらが担っているか、自分で作成しておりました」


「そうだよな。弾薬でないものまでホイホイ出せるってのは流石におかしい」


 アリスの意見に同意するジェスタ。

 ちなみにその英霊の一部は既にいないらしい。

 そこに如何にも魔法使いという恰好をした英霊が続ける。


「なるほど。我々が肉体や力を構築するために使われるリソースが服に行き、結果こやつは本来の実力を発揮できなくなっている、ということかの」


 老人のような喋りだが見た目は二十代の男が髭を撫でるかのようにすっきりとしている顎を撫でる。

 頷くアリスは続ける。


「それに……無制限に出せると考えるのは危険です。恐らくですが、感じることができないほど微妙な力を消費している可能性も十分考えられます」


「……確かに」


 アリスの言葉を俺は肯定する。

 使っているのが初期武器だから負担が皆無に近いというのは十分にあり得る。

 今後強力な武器を使う場合、どの程度の消耗があるか調べてからの方が良さそうである。


(それにしても、だ)


 リソース云々の話は初めて聞いたが、これ実は結構重要な話なのではないかと思っている。

 英霊召喚に何が必要かは知らないが、それがこのリソースにかかわっているのは普通に考えて間違いないだろう。

 このリソースが均等に英霊たちに分配されていないのはほぼ確実。

 能力に差があるのだからこれは仕方のないことだと思う。

 それでもリソースが足りないとどうなるか?

 全盛期の強さを持たない英霊の存在がその答えだろう。

 しかしアリスは訓練や実戦で全盛期に戻すことができるらしく、リソースが足りなかった部分を補うことができると言っている。

 これが俺の武器が戦闘で解放されていく理由なのではないか?

 だとすれば戦闘に参加し続けることで、いずれは最高のパフォーマンスを発揮できるようになる可能性は十分にある。


(成長性がある――そう考えれば今の状況もそう悪いものではない、か……)


 周りだけ強くてニューゲームは正直に言うとちょっと辛いが、これはこれでやりがいを感じるのがゲーマーという生き物だ。

 これで諸々が解決した、ということでこの話は終わりを迎える。

 遅くなったが引き続き昨日の戦闘の詳細……となるのだが、時間はとっくに過ぎているのに半分もまだ集まっていない。

 文化の違いか、それとも完全に忘れているのか?

 単に興味がなくて来るつもりがない可能性もあるが、その場合は同期は協調性が欠ける困った連中ということになる。

 どちらにせよ、今後連携を取っていくことに不安を覚えることは違いない。

 職員二人の反応を見る限り、今ここにいる英霊の割合は少なすぎるということはなさそうなのが余計に不安を煽ってくる。

 難易度が上がるのだからリターンも上乗せして欲しいのだが、それは何処に言えばよいのだろうか?

 バニラ味のレーションを恐喝されながら、昨日の戦闘結果の報告が始まった。




 戦闘経緯の映像はすんなりと終わった。

 都度何があったかを説明してくれるジェスタのお陰で、あの戦場で何があったかを大まかに知ることができた。

 しかし、だ。

 敵総数140万弱は予想より大分多かった。


(それ以上にヤバイのが功績第一の撃破数が37万とか、明らかにおかしいのがいるってところだな)


 最初の塊に衝突した三期と五期の中にそいつがいるのは間違いない。

 広範囲の殲滅に特化した英霊でもいるのだろうが、だとしても一人で約三割を倒しているのは驚きだ。

 これには他の英霊も感心したりドン引きしたりと様々な顔を見せている。

 なお、職員二人は「まあ、いつものことなので」と苦笑しており、その表情から手放しにその戦果を喜べる人物ではないことが伺えた。

 強さと人格が必ずしも一致しないのは承知の上だが、二位とトリプルスコアを叩き出すのが問題人物というのは怖いものがある。

「強くなるまでは目を付けられませんように」と心の中で祈りつつ、第八期……つまり俺たちの評価が表示された。


「見ての通り最高討伐数はデイデアラの2657体。本人はここにいないが、賛辞を贈らせてもらう」


 お見事、と軽く拍手をするジェスタ。

 今回は初回ということで小型以外は相手にしておらず、性能は方向性の違いはあれど強さはそれほど変わらない、として純粋に数で評価しているとのことである。

 つまり、成績トップの37万の中には小型以外が含まれていてその数字ということになる。

「もうそいつ一人でいいんじゃないか」と言いたくなるレベルだが、広範囲に広がるデペス相手にはその理屈は通じない。

 こちらも数を増やさなくては未だ増え続けるデペスに対抗できない、というのがエデンの見立てであることは聞いた覚えがある。

 確か英霊召喚は約50年間隔で行われており、少しずつではあるが英霊の数は増え、戦力も確実に増大している。

 これらの情報は部屋に備え付けの端末からデータベースにアクセスすれば手に入れることもできる。

 またこれらの使い方の講習なんかもあったのだが、参加していたのは10名程度で、他は「必要になったら受ける」程度の感覚で、こういったものへの理解があまりないようだ。

 言語を学習した状態で召喚できるならやりようはあるのではないかと思うのだが、そこまでの余裕はないということだろうか?

 最高スペックで呼び出されていない英霊の現状を見るに、エデンはかなり無理をしているような気がする。

「ディストピア飯も止む無しか」とここの懐事情を心配するが、だからと言って戦闘糧食を配る係になる気はない。

 結局のところ戦闘の詳細を知ったとて、着実に武器をアンロックしていくという方針に変わりはない。

 ただ、状況が変わる恐れがある。


「で、戦績の振るわなかった者が数名おり、こちらは討伐数0だ。戦闘が不得意な者がいるのはこちらも想定しており、そのための選択肢を幾つか用意している。それと戦果として数値になりにくいサポート型がいるなら申告してくれ。ポイント計上の基準を変更する」


 ジェスタの言葉に頭に浮かんだのはレイメルの姿。

 自己バフが使えず満足に戦えない彼女はこの先どうなるのか?

 また同じような理由で戦えない、サポートにも回れない英霊は何ができるのか?


(或いは何をやらされるのか?)


 そう考えてしまうのは少しばかり陰謀論に毒され過ぎだろうか?

 これだけ切羽詰まった世界ならば、倫理感など捨てている可能性も考えられる。

 僅かではあるがかかわりを持った相手である。

 力になれるのであれば、多少の手助けくらいはしてもよいだろう。

 ちなみにレイメルは結局ここには姿を見せなかった。

 ちょっと危機感足りてないんじゃないですかね?

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