第6話 京都襲来:百鬼夜行の原典と深まる呪縛

日本の古都・京都。霊的資料庁の建物は、最新の耐震・防火構造に加えて、何重にも張り巡らされた古い結界と、強力な霊的防御で守られていた。外部からの物理的な侵入を防ぐ西洋式のセキュリティと、内部からの霊的な侵入を防ぐ東洋の呪術が混在する、難攻不落の要塞だ。

​「この波動だ。この資料庁の地下深くに、尾錠が求める『真理の断片』がある」

​Vは、京都の静かな裏路地に停めた特殊車両の中で、九尾の尾錠を装着した左手を分析機器にかざしていた。AISSでの失敗以来、彼の行動はより焦燥的になり、尾錠を肌身離さず身につけるようになっていた。

​尾錠は、資料庁から発せられる霊的なエネルギーに反応し、鼓動しているかのように微かに脈打っている。その熱が、Vの脳内で「すべては計算通り」「失敗は二度とない」という確信を植え付ける。

​Vは、今回は「計画」ではなく「即興」を選んだ。尾錠がもたらす直感に従い、最も警備が薄いと思われる場所ではなく、最も警備が厚い、正面からのルートを選択した。

​「正面突破? 馬鹿げている!」彼のAIアシスタントが警告するが、Vはそれを無視した。

​深夜零時、彼は資料庁の敷地に侵入した。正面玄関を囲む結界は、最新の周波数ジャミングと霊的な波動を組み合わせた複雑なものだった。

​通常ならば、解除に数十分かかる結界を、Vは尾錠の力を借りて強行突破した。尾錠から放たれる高密度の妖力が、結界の波動を一瞬で乱し、霊的な穴を開けたのだ。

​バリバリ! 結界が破られた衝撃で、資料庁内に警報が鳴り響く。

​「侵入者! 霊力反応、極大! これほどの妖力は、百鬼の総元締めか!」

​資料庁の陰陽師たちが慌てて防御態勢に入る。Vは、尾錠の力で増幅された身体能力と判断力で、彼らの術を紙一重でかわしていく。

​地下の保管庫へと続く階段で、Vは最初の大きな障害に遭遇した。階段全体に展開された**式神(しきがみ)**の群れだ。それらは、紙の人形ではなく、石や木、そして鉄の素材に霊力を込めた、半実体的な防御人形だった。

​「原始的なプログラムだが、厄介だ」

​Vは小型のレーザーカッターで式神を両断しようとするが、霊力の核を持った式神はすぐに再生する。しかし、焦りはない。尾錠が「正解はそこではない」と囁く。

​Vは、尾錠を握りしめた左手を式神の群れに向かって突き出した。

​ドォン!

​尾錠から黒い波動が放たれた。それは霊力というよりも、霊力を食い潰す高密度の負のエネルギーだった。式神は、まるでバッテリーを抜き取られたかのように、一瞬で動きを止め、粉々に砕け散った。

​「これが、私の新しい力だ」Vの顔に、再び狂気の笑みが浮かぶ。

​最深部の特別保管室に到着したVは、霊的に最も強固な扉の前に立った。尾錠は激しく脈打ち、今すぐ扉を開けろとVを急かす。

​Vは、扉に尾錠を接触させた。刹那、彼の脳裏に、玉藻御前の声が直接響いた。

​(ようこそ、舞台へ、怪盗Vよ。その扉を開けた時、貴方は、九尾の真の『呪縛』を知るでしょう)

​Vは構わなかった。「呪縛? 私はそれを支配する!」

​扉が開き、中央に置かれた台座の上に、古めかしい巻物、**『百鬼夜行の原典』**が安置されていた。Vは巻物を手に取り、その古の妖力を感じ取った。

​次の瞬間、彼の全身に、強烈な幻覚が襲いかかった。

​巻物から、過去の百鬼夜行の情景が溢れ出し、保管室全体が夜の京都の闇へと変貌する。無数の妖怪たちが笑い、叫び、蠢く。Vの目の前には、亡者となった影法師たちが無数に出現した。

​「これは幻覚だ! 尾錠の力を制御しろ!」

​Vは必死に尾錠の力を使おうとするが、尾錠は逆に、この幻覚の力を増幅させた。

​(九尾の尾錠は、妖力を増幅するのではない。貴方の心にある『欲望』を、現実と見紛うほどの力で『実体化』させるのだ)

​Vの脳裏に、AISSでの失敗の記憶がフラッシュバックする。

​「失敗……だ? 否! 私は完璧だ!」

​幻覚の中で、Vは世界中の全ての秘宝を手に入れ、全知全能となった自分の姿を見た。その瞬間、彼の自我は尾錠の力と完全に同化し、現実と幻想の境界が融解した。

​Vは意識を保ったまま、巻物を抱きしめ、保管室から脱出した。彼は勝利した。秘宝と、世界を支配する力を手に入れたのだ。

​しかし、資料庁の屋根の上。勝利に酔いしれ、尾錠の光を浴びるVの背後で、もう一人の人物が静かに彼を見下ろしていた。

​それは玉藻御前ではない。白と黒の着物を纏った、若く端正な顔立ちの男。彼の名は、**鴉天狗(からすてんぐ)**の幹部、羽織(はおう)。玉藻御前の忠実な側近であり、百鬼の中でも一際知略に優れる妖怪だった。

​羽織は静かに口を開いた。

​「これで、狐の姫様の筋書き通り。怪盗Vは、もはや尾錠の檻の中だ」

​彼は、Vが今手に入れた「百鬼夜行の原典」が、単なる古文書ではなく、尾錠と共鳴することでVの破滅的な欲望を増幅させる起動キーであることを知っていた。

​羽織はVに気づかれることなく、夜の闇へと溶け込んだ。怪盗Vは、手に入れた巻物と尾錠の力に陶酔しきっており、自分が今、玉藻御前の用意した**「敗北への最短ルート」**を辿り始めたことに、全く気づいていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る