第3話 九尾の誘惑:怪盗Vの加速する野望

高層ビルの最上階に隠されたVの秘密のアジト――最新鋭のサーバーと解析機器が並ぶ、未来的な空間。Vは、盗み出した「九尾の尾錠」を、特殊な振動遮断ケースの中に安置し、真剣な眼差しでデータを解析していた。

​「霊力、妖力、呪い……。ナンセンスだ。御前が何を企んでいるかは知らないが、この尾錠の正体は、高密度な未知のエネルギー体だ」

​彼の前にある大型スクリーンには、尾錠から発せられる微細な波動パターンが映し出されている。それは、人間の脳波や感情のサイクルと奇妙な同期を見せていた。

​「玉藻御前は、これを『毒』と呼んだ。しかし、私にとって毒とは、克服すべきバグ、あるいは調整すべき変数に過ぎない」

​Vはケースのロックを解除し、光を放つ尾錠を手に取った。手触りは冷たいが、持つと同時に、体内の血液が沸騰するような、抑えがたい高揚感が全身を駆け巡った。

​過去の彼は、緻密な計算と完璧な準備を信念としていた。しかし今、尾錠を握りしめたVの脳裏に浮かぶのは、「なぜ、自分はもっと大胆になれないのか?」という、それまで抱いたことのない、傲慢な問いだった。

​この尾錠がもたらすのは、単なる魅力ではない。自己肯定感の異常な増幅だ。Vの持つ天才的な知性が、まるでターボエンジンを搭載したかのように加速し、不可能と見えた制約をすべて「解決可能」なノイズへと変換してしまう。

​「そうだ。今までが、あまりにも慎重すぎた。私は、Vだ。世界で最も完璧な存在であり、誰にも超えられない」

​Vは、すぐに尾錠の力を試したくなった。彼はネットの深淵から、ある極秘情報を引き出した。それは、世界中の主要国家が共同で設立した、対テロ・対怪異対策の国際統合警備機構(AISS)が開発した、次世代AIのコアデータ。

​そのAIは、Vのガジェットのパターンや思考回路を予測し、彼の未来の行動を先読みするために作られた、まさに「怪盗Vキラー」と呼べるシステムだ。そのデータは、AISSが誇る、地下一層に厳重に守られた金庫室に存在している。

​以前のVであれば、この計画を実行するには、数ヶ月の綿密なシミュレーションと、偽装工作を重ねただろう。しかし、尾錠の誘惑に晒された彼は、違った。

​「面白い。私の動きを先読みするAIか。ならば、そのAIの『核心』そのものを盗み出せば、奴らは盲目になる」

​Vは尾錠を左手の甲に軽く押し当てた。尾錠が体温を帯びて微かに脈打つ。

​「猶予は一週間。準備は不要だ。完璧な計画など、必要ない。なぜなら、私自身がすでに、完璧な武器なのだから」

​彼は笑った。その笑いは、以前の冷静で知的なものとは違い、狂気を孕んだ、全てを嘲笑うような高笑いに近いものだった。

​Vは真っ白な設計図を広げると、ペンを取り、一筆で新たな挑戦状の文案を書き上げた。

​――月が二度満ちる前に、AISSの魂、コアデータをいただきに参る。今宵、警備システムの「絶対の壁」は、私が自ら破壊する。

​挑戦状を特殊インクで印刷する彼の背後で、九尾の尾錠が妖しく光を放っていた。その光は、まるで獲物が罠にかかるのを待つ、玉藻御前の愉悦の笑みのようだった。Vは、自分が今、史上最大の危険なゲームに足を踏み入れたことに、まだ気づいていなかった。

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