二面性彼女 ~クラスの美少女は変態紳士~
藍敦【俺ネト一巻12/13発売】
第1話
学校生活において、クラスというのは人付き合いをそこまで広めたくないと考えている俺のような人間にとっては、もっとも大きなグループ単位と言っても良いのではないだろうか。
学校単位? 学年単位? いやいやいや、そこまで広く人間関係を築くなんてそんなそんな。
いまいち咄嗟に言葉の出てこない口下手な俺には、ちょっと雲の上の話過ぎてねぇ?
さて本題。そういったクラスにも勿論、派閥が生まれ、グループが形成される。
それは運動が得意な人間や、容姿が優れた人間、ヲタク趣味な人間であったりと細分化されていくわけだ。
が、そんなバラバラな人間達全てに好かれる、所謂『クラスの人気者』という存在は、マンガやドラマの世界だけではなく、こうして現実の世界にもいるわけで。
今年学年を一つ上げ、後輩と先輩の板挟みになった我ら二年の新学期。
その席替えでなんの因果か、人の営みを一歩引いた目で眺めている俺の前の席に、件の『人気者』が配置されたわけでして。
おいおい、男は左、女は右って決まってるんじゃないのかよ。
「二学期まで宜しくね、光弥君」
「はい。どうぞよろしく」
ほら早速の先制攻撃だ。綺麗な長い黒髪をなびかせながら振り返った彼女は、なるほどそりゃ人気者になるはずだ。
同じ成分で出来ているはずの彼女の髪は、俺のナイロンよろしくゴワゴワな髪を嘲笑うかのように艶めいていて、シャンプーなのか知らんがいい香りがするのですよ。
化粧なんてこの先の未来も必要ないのではと思えてしまうほどの長いまつげと二重瞼。
色素が薄く、うっすら亜麻色に輝く瞳の色。なるほど、噂通りだ。
そう、俺は彼女が人気者だと知っている。クラスの外に目を向ける気がなかった俺ですら、一年の頃に他のクラスで人気者だった彼女『西崎稲美』の事を。
曰く、中学時代は生徒会長だった。
曰く、中学生の身で若者向け雑誌の読者モデルになった。
曰く、スポーツ万能で部活勧誘に引っ張りだこだった。
そんな創作の世界から出てきたようなこの娘さんは、その性格までもが完璧といえるような、人当たりの良さと人懐っこさを兼ね備えていた。
俺じゃなかったら今のやり取りだけで好感度上がっちゃう。
そうして、高校生活二年目の春。新学期が始まったのだった。
最初の授業。国語教師の読み上げる教科書の内容を聞き流しながら、渡されたプリントを先に終わらせてしまおうとペンを走らせる。
ふと前の席。少し手を伸ばせば届きそうな場所にある彼女の黒髪が目に入る。
もし、この極々僅かな距離をペン先で突破する事が出来れば、もしかしたらその髪に隠された彼女のうなじが見えるのではないか。
そんな俺の年代ではそそられる事の少ない身体の部位を意識しつつも、何を馬鹿な事を考えているのだと自嘲気味に伸ばしかけた腕を引っ込めた。
相変わらず聞こえるのは教師の解説と、時折聞こえるページをめくる音。
こっそりスマホを弄る音もなければ、この一種神聖な空気を突き破るような電子音もしない。
ああ、素晴らしきかな平穏。そこそこ良い学校に進学出来た事を自分の頭と教育熱心な両親に感謝しながら、引き続きこちらもプリントに取り掛かる。
だがその時、俺は見てしまった。前の席、西崎さんが机の下に隠すようにしてスマホを手にしているその姿を。
別段彼女を意識していたり、特別な感情を抱いていた訳でもなかったのだが、少しだけ、本当に少しだけ幻滅したというか、ちょっと意外だな、なんて勝手にこちらが当てはめた人物像からはみ出した事を嘆いてみたりしてみせたわけだ。
いやいや、彼女だって俺と同じ今をときめく一六歳。それくらい目を瞑りましょう。
だがしかし、今見た光景は、周囲にあまり興味を抱かない俺の琴線にも触れるちょっとしたサプライズ。
すまん西崎さん。ちょいと覗かせておくんなせぇ。
「……ツブヤ◯ッター?」
それは極々有り触れたSNSの一つだった。
小さなつぶやきをネット上に発するだけという、極めて単純なサービス。
ふむ。もしや『早く学校終われよー』とか、彼女の人物像をこれでもかと破壊してくれるような内容でも呟いているのだろうかと、恐る恐るその文面を読み取ろうと目を凝らす。
人気者のプライベートを覗き見る。後ろ暗い喜びが背中をゾクゾクと駆け上がる。
だが、こちらの目に画面が映る前に、俺の密かな諜報活動は終わりを迎えてしまう――
「おい光弥、寝るなら授業出なくていいぞー」
「!? いや、起きてます」
教師からの名指しのバッシングによって。
いや待ってくださいよ先生。しっかり目は開いていましたよ僕。しっかり西崎さんのスマホの画面をですね、見ていたんです。
――なんて答えるわけにもいかず、甘んじて周囲の人間の呆れた目線と、教師から向けられる怒りの矛先をこの身に受ける事にした。
一人気まずい思いをしながら乗り越えた一時限目。
俺と同じく席替えで幸運に恵まれた、もう一人と休み時間を過ごす。
「珍しいねぇ、光弥が大勢から注目されるなんて」
「嫌味か。いや寝ていた訳じゃない。プリント、先に終わらそうとしていただけで」
一年を同じクラスで過ごした相手であり、人付き合いが苦手だと自覚している俺と、少なくとも一年間友人として付き合ってくれたこの男の名は『木下ゆうき』。
下の名前がひらがなという、小学生に優しい名前を持っている。
が、なんとこいつの外見そのものが小学生に優しい……というよりも仲間とみなされても仕方がないくらい幼いのである。
合法ショタとして、一部女子から熱い視線を受けていたり、上級生のお姉さま方に可愛がられているのを俺は知っている。
だが、こいつ自身はその事についてどう思っているのだろうか?
『役得』だとか、見た目に反して実年齢相応の性欲や欲望を抱えているのだろうか。
相変わらず無邪気そうな、純粋無垢な表情を浮かべるゆうき。
うむ、見ても分からん。
「それにしてもお互いラッキーだねぇ。僕プリントを後ろに配る時、西崎さんがにっこり微笑んでくれたんだ。あんな距離で笑いかけられるなんて役得以外のなにものでもないよねぇ」
前言撤回。立派に欲望を兼ね備えていやがった。
そう、ゆうきは俺とは逆に、西崎さんの前の席になっているのだ。
「もし次なにか配られたら見返り美人でも期待してみようか」
「なに? さっきのプリント受け取る時見なかったの?」
いやぁ普通に惰性で受け取ってそのままの流れで後ろに回しただけなので。
だいたいこんな感じ。それが俺。ただ、なんとなく日々を過ごし、変化する周囲を観察するだけの人間だ。
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