LIMINAL WORLD――邪神教徒式・無理ゲー攻略記
いそじま
第1話 前半
「はあ、はあ……やばい! やばい! いけるぞこれ!! ……っちょ、右っ! セーフ!」
もうどれだけ時間が経っただろう。
戦闘が始まって、二度目の朝がきそうなころだった。
一瞬の油断が、十年を無駄にしかねない。
水も飲まず、極限の集中の中で――
「……っ! おお……おおっ! っしゃああ!!」
モニターには“討伐完了”の文字。
同じサーバーで観戦していた者たちからチャットが一斉に流れる。
『神』『やば』『ほんとにやったのか』
フレンド申請の通知が止まらない。
けど、全部閉じた。
十五年前。
俺をこのゲームに誘った親友がいた。
近所に住んでる女の子で小さいころからいつも一緒に遊んでいた。
何にも興味をもてない俺をあいつは無理やり連れまわした。
でも、それが楽しかった。
そして十年前、あいつは若くして死んだ。
俺はひとりでこの世界に戻った。
レベル1、ソロ、全ボス討伐。
理論上ではクリア可能な縛りプレイ。
誰もやらなかった縛りをずっと続けた。
ただ、終わらせたくなった。
「……はは。終わっちまったな」
鼻の奥がつんとする。
あいつと最後に遊んだ思い出の世界を、俺はとうとうやり尽くしてしまった。
もうやることは何もない。
「……はぁ。朝か。仕事、行くか」
モニターを閉じる。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、やけに眩しかった。
……違う。
俺は目をすぼめて、涙を眩しさのせいにした。
◇◇◇
縛りプレイをやりつくして数日がたった。
何もする気が起きなかった。
新作のゲームも数本試してみたけど、どれもはまらなかった。
今は仕事を終え、帰宅。
動画をみたり寝転んでみたり、
ただ、眠たくなるのを待つ日々だった。
そんなある日、大学の時の友人から着信がきた。
「おつ!久しぶりだな。掲示板みたぞ!ついにやりきったんだな!」
「おー、久しぶりー掲示板?」
「そうそう!掲示板だよ。ついに達成したんだろ?レベル1のソロ討伐。お前話題になってるぞ!」
「え⁉……まあ……そうか」
「なんだよーテンション低いなー。どうかしたのか?」
「ん?いや、別に……なあ、暇なときって何すればいいかな?」
「暇なときねぇ。ずっとやりこんでたゲームだったから燃え尽きちまったか!
そういう時は酒でも飲んで寝とけ。
やりたいことはみつけるもんじゃねぇ。やってくるんだよ!」
「はは。……お前らしいな。それもありだな」
「そうそう!んじゃ、久しぶりに話せてよかったよ!今度飲みに行こうな!」
「おう!また今度!」
「……ん⁉お前飲みに行くのか⁉あのゲームバカが!ははっ!一か八かで誘ってみるもんだな。じゃあなー」
通話を終えるとゲームしかない部屋が一段と静かに感じた。
「やりたいことはやってくるね……たしかにそうかもな」
最近までやりこんだゲームもあいつが誘ってきた。
とりあえず今日は寝るか。
◇◇◇
習慣というのは恐ろしいもので、仕事を終えると無意識に家に帰ろうとしてしまう。
今日も、帰る理由がないのに。
そんなことを考えながら信号をまっていると、
頭上の大型ビジョンが一斉に点灯した。
夜の街が、まぶしい光に照らされる。
《LIMINAL WORLD》
――国家とヘリオス財団が共同で立ち上げた、
次世代AIによる超大型eスポーツ・プロジェクト。
現在のプレイヤーは千人。
現実と完全に連動した仮想世界で、
国家を統一したチームには――賞金十兆円。
「剣と魔法の世界に飛ばされてしまったプレイヤーたち――!」
「だがこれは、ただの戦いではない!」
「国を統一するためには、戦争、政治、外交――なんでもありだ!」
「プレイヤースキルは“ゲームだけ”じゃない!」
「頭脳、資金、信頼、すべてが力になる!」
ナレーションが熱を帯びていく。
「リミナルは、AIがリアルタイムでシナリオを生成する世界。
プレイヤーの数だけ“物語”があり、
そのすべてが記録され、放送される。」
「戦うだけがすべてじゃない。
交渉も、裏切りも、愛も、すべてが“コンテンツ”だ!」
「死んだら脱落!再ログイン不可の緊張感!」
「これは――人類史上、もっともリアルな冒険譚!」
「第4期アップデート、まもなく完了!」
「今まで発表されたオラクルプレイヤーは十二人!」
「果たして……十三人目のプレイヤーは誰が選ばれるのか⁉」
電子音とともに、CMが終わった。
信号が青に変わり、人の波が動き出す。
俺はポケットに手を突っ込みながら、ぼそりとつぶやいた。
「……リミナル、ね」
LIMINAL WORLD――通称リミナル。
AIが作り、国家が後押しした“仮想現実”。
いまやニュースでは戦況が毎日のように流れ、
街頭スクリーンではハイライト映像がエンドレスに再生されている。
子どもたちは“プレイヤー”に憧れ、
企業はスポンサー枠を奪い合い、
一部のプレイヤーは年収が億を超える。
優勝なんてしなくても、稼げる。
戦わなくても、話題になれば金になる。
戦略会議を生配信して視聴率を稼ぐ奴、
敗北しても“ドラマ”でバズる奴。
プレイヤーそのものが、ひとつの番組みたいなもんだ。
リミナルをプレイしなかった理由? 簡単だ。
参加費が十億円とか。
接続装置は一般人には手が出ない代物だった。
プレイヤーのほとんどはアスリートやら研究者やら
スポンサー企業に雇われた一流ばっかりだ。
俺みたいな普通の会社員には、一生縁のないゲームだ。
「十三人目、おまえだったりして」
「なわけ。オラクルプレイヤーって有名人ばっかじゃん」
隣の学生たちが笑いながらスマホを掲げる。
画面には、十二人のオラクルプレイヤーの名前。
政治家、俳優、プロゲーマー、アイドル――誰もが知る顔ぶれ。
オラクルプレイヤー。
リミナルを管理するAI〈オラクル〉が、
“面白そうな人間”を自ら選び出して招待する、特別枠。
毎年、四、五人だったのに今回は十三人と大盤振る舞いらしい。
今や十三人目は誰が選ばれるのかの話題で世界中に注目されている。
俺には関係ない話だ。
信号を渡りきり、ため息をつく。
ネオンの光が滲んで、街の喧騒が遠く感じた。
家に帰っても、やることなんてない。
ふと、角のバーの看板が目に入った。
「……寄ってみるか」
◇◇◇
薄暗い照明。ムーディーな音楽。
一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。
大人の世界に足を踏み入れた気がして、思わず背筋が伸びる。
こういう場所に来るのは初めてだった。
もう二十八なのに。
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
「は、はい。そうです。」
「かしこまりました。カウンターのお席にどうぞ」
案内された席に足早に向かう。
客は俺以外に一人いた。
二人きりのカウンターになんとなく気まずく感じる。
「お飲み物はいかがいたしましょうか?」
「え、えーと」
渡されたメニュー表を吟味するがよくわからない。
シャンディガフ?これだけ書いて何を想像すればいいんだ。
注文する酒に困っていると、もう一人の客がたばこをふかしながら話しかけてきた。
「マスターが作るお酒はこれがおすすめですよ。私が一杯ごちそうするので飲んでみてください」
「え!そんな!悪いですよ」
「ふふ。若いのに謙虚な方ですね。それではおじさんの話し相手になってください。
そのお礼でごちそうさせてください」
「はぁ……そんなことでよければ。すみません、お言葉に甘えさせていただきます」
そんなやりとりがあり、俺は不思議な雰囲気まとった中年の男性と語り合うことになった。
「お名前は?あ、失礼いたしました。私の名前は中曽根 勝と申します。ぜひ、なかちゃんって呼んでください。」
「え、えーと、名前は七篠 晃っていいます。よろしくお願いします……なかちゃんさんでもいいですか?」
「ははは。若い方はみなそう呼びます。なかちゃんさんでも結構ですよ」
中曽根さんは物腰が柔らかく接しやすかった。
堅物そうな眉間の皺とは裏腹にポップな人柄かもしれない。
マスターから注文した酒をいただき、中曽根さんにお礼も込めて乾杯をした。
「すみません、いただきます」
「どうぞ。こちらこそすみません、若い方と話すのが好きでして……こう見えてゲームとかまだやってるんですよ」
「ゲームですか。僕も好き……でした」
「あら?今は好きじゃないんですか?」
「どうなんですかねー。ちょっと前に10年くらいやりこんでいたゲームを完全にクリアしてしまって……
もうゲームであの時ほど楽しめる気がしないんですよね」
なんでだろう。
酒の勢いか中曽根さんの親しみやすさかわからないが、
初対面なのにあれこれ話してしまう。
酒が進みゲームの話題で盛り上がりだした。
「七篠くんって、もしかして……この前掲示板で話題になった≪NO NAME≫さんですか?」
「ぶふっ!な、何で知ってるんですか⁉」
思わず酒を噴き出してしまった。
まさか、もう終わったはずの名前がでるとは思いもしなかった。
「いやいや、10年縛りプレイした男がついにクリアなんてネットニュースの記事にもなってますよ。
それに七篠、ナナシノ、名無しの。つまりNO NAMAEってことだったんですね」
「はは、なんだか恥ずかしいな」
「ふふ、かっこよくていいじゃないですか。それより聞かせてください。なんで縛りプレイをやったんですか?」
そのあともゲームの話は続き、中曽根さんとは打ち解けてしまった。
この店の酒がうまいこともありどんどん酔いは迷った。
終電の時間にさしせまったころ、中曽根さんから提案があった。
「七篠くん。よかったらもう一軒いきませんか?
おすすめの店があるんですよ。
どうやら家も近いようですしタクシーの相乗りで帰りませんか?」
「いいっすね!行きましょう!なかっちゃんとなら朝まででもよろこんでー」
「おやおや。お水も飲みましょうね」
そして二人で店を後にした。
◇◇◇
「お、おお」
中曽根さんと向かったお店は会員制のおしゃれな個室のBARだった。
先ほど初めてBARに行ったばかりなのにレベルが上がりすぎてしまった。
「ふふ。緊張しちゃいましたか?まあまあこれでも飲んで落ち着いてください」
「あ、ありがとうございます」
あまりにも自分の場違いさを感じてしまい酔いが醒めてしまった。
気が気じゃない。
勧められた酒を一気に飲みこむ。
「いい飲みっぷりですね。ささ、どんどんどうぞ」
「ありがとうございます!」
中曽根さんの勧める酒はどれもうまい。
煽られた分だけ飲み干してしまう。
それから一時間ほどたっただろうか。
酔いが回り意識が朦朧としてきた。
もう、水すら飲みたくない。
すると、頃合いを見たかのように中曽根さんは店員に指示をだし、
アタッシュケースをもってこさせた。
「七篠くん、お願いがあるんです」
「へぇー。お願いですかー?」
「実は……あるゲームの大会に参加してほしいんです。こちらは引き受けてくださった際の手付金になります」
中曽根さんはアタッシュケースの中身を開けて見せた。
中にはびっしりときれいに札束が入っていた。
どれも万札だった。
「一億円あります。こちらでどうでしょうか?」
「へぇ!一億円すげぇ!もちろんやるやる、それになかっちゃんの頼みなんて引き受けるしかないっしょ!」
「……承諾していただけた、ということでよろしいですね?」
「もちろん!」
「……ありがとうございます」
中曽根さんは、軽く手を叩いた。
パンッ、と乾いた音が個室に響く。
その瞬間、空気が変わった。
入口の扉が開き、黒服の男たちが列をなして入ってくる。
「だ、だれですか⁉ なんですかこれ⁉」
「ふふ、少しお話をさせていただくだけです。……少し、眠っていてください」
甘い匂いが鼻をついた。
視界が歪み、音が遠ざかる。
「……なか……ちゃ……」
世界が、ゆっくりと暗転した。
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