第十話


 ……二月の並木道に、雪が降らなくてよかった。



 とはいえ、きょうはとびきり……。

「寒いっ!」

「寒すぎるっ!」

 市野いちのさんも、高嶺たかねも。

 事実とはいえ。いくら口にしたって、変わらないからさ……。


「はい、追加のカイロ」

「ありがとう海原うなはら君。でも……あと三つくらいない?」

「えっ……」

「じゃぁわたし、あと五つ!」

「お、おいっ!」


「もういいでしょ。あと六分で最初のバスがくるから準備して」

 玲香れいかちゃんが、少しだけあきれたような声で呼びかけて。


 ……僕たちは『高校一般入試』当日、中学生たちの到着を待っている。



 前回より、はるかに多くの生徒が来校するということで。

 今回は女子バレー部と、卓球部。

 あと園芸部と、手芸部のメンバーたちの助けを借りている。


「あれ? 男子バレー部、今回は出な・い・の?」

 波野なみの先輩が僕に、聞くけれど。

「女子バレー部に、あの連中は女子中学生に絶対見せられないと却下されました」

「まぁ、そっか。確かにね」

 なんの同情もなく、納得してもらえた。



「海原くん、聞こえるかしら?」

 前回に続いて『本部』担当の三藤みふじ先輩が。

 こちらを色々見渡せる場所にある保健室から、インカム越しに問いかける。


「よく聞こえています」

「……こちらも、無駄話しがよく聞こえているわよ」

「は、はい……」


 本当に『全部』見渡していそうな、その存在に。

「い、移動しますね」

 僕としては……いえることはそれだけだ。



 ちなみに今回の試験では、英語のリスニング問題があるとのことで。

 藤峰ふじみね先生と高尾たかお先生は放送室でその準備に追われていて。

 この『前線』には、教師が誰もいない。


「それでいいんですか?」

「前回で学んだでしょ、『あと』でどうにかなるわよ」

 先生がたはみんな承知だと。

 はなはだ怪しいことを藤峰先生はいうけれど。


「はい、『幸福の五千円』」

 寺上てらうえつぼみ校長が、そういって僕に包みを渡してきたので。

 あながち嘘では、ないらしい。




「さ、寒い……」

 並木道を歩く市野さんは、すでに顔が白くなりつつあるけれど。

 元・運動部だよね、体をあたためる体操とかしてみたら?

「あのね、バレーって屋内競技だよ……」

 そうか、いわれてみれば……。


「じゃぁ僕のカイロ、もうひとつどうぞ」

「いいの? ありがと!」

 いや、倒れられるよりマシだから……と思ったら。


「アンタ、隠してたの!」

「えっ……」

千雪ちゆきにあげといて、わたしにないとかないし!」

 強引に高嶺に、もうひとつ奪われると。


「あー、すばる君。なんだか寒いなー」

 それを見ていた玲香ちゃんが。

 棒読みで催促してきたので、またひとつあげるしかないけれど。

 そ、そうしたらもう僕のカイロが……。



「はい、海原君!」

「えっ?」

「ほ・ら!」

 波野先輩が僕に、カイロをひとつ差し出してくれると。


「ほんと、『奪うもの』が違うよ・ね。わたしだけは別・だ・よ!」

 そういってクルリと一回転してから、ニコリとしたものの。

「キャッ!」

 次の瞬間、僕たちのインカムに甲高い雑音が入ってきた。



「あら……電波障害かしら?」

 三藤先輩がサラリと。

「『近くに』寄るとおこるみたいね。姫妃きき、気をつけなさい」

 涼しい声で、そう告げると。

 波野先輩が恨めしそうな顔で、保健室のほうを見上げている。


「はいはい。バスがくるから、真面目にやるよー」

 玲香ちゃんが再び、棒読みのセリフで割り込むと。


「早くこい、バカ」

「みなさん、真面目にやりましょうね」

 バスロータリーの前で、高嶺と市野さんが。

 すでに寒さを忘れたような顔になって。

 受験生の到着を、待ちわびていた。




「さて……はじまるね」

 玲香ちゃんが、バスの到着を前に顔を引き締める。

「早めのバスは、遠方や早起きした子たちが多いからね」

 そんな高尾先生の予告どおり、一台目の扉が開くと早速。

 どう見ても体調不良の受験生が降りてきた。


「いくよ」

「はい」

 するとすかさず玲香ちゃんが、市野さんを連れて動き出す。


「早めに頼んでおいたわよ」

 三藤先輩の声が、インカムから聞こえてきて。

「バレー部から二名呼んだので、ベンチに座らせてあげて」

 的確に玲香ちゃんたちに、指示を出す。



「二台目からもしんどそうな子が降りてきたので、ちょっといってきます」

「海原、わたしもいく?」

「どうする?」

 高嶺と波野先輩の声が重なるものの。

由衣ゆいも姫妃もそのまま。すぐに別のことで忙しくなるわよ」

 三藤先輩の指示は、的確だ。


「追加のバスが二台、近づいているわよ」

 加えて僕たちが見渡せない全景を、きっちり把握してくれていて。


「並木道の誘導係が頼りないわ。姫妃、声をかけてきて」

「オッケー」

「由衣はもう少し、校門側で対応して」

「わかりました!」

 色々と修正をかけてくれている。 



 ただ相手はやはり、慣れない中学生ばかりなので。

 なかなか、思うようには進まない。

 最初の二台でこの調子だと。

 これからどんどん忙しくなるだろう。


 あぁ、せめてあと『ひとり』でいいから。


 ……阿吽の呼吸で動ける、『誰か』がいてくれたら。



 僕は、一台目のバスの近くで。

 上履きを忘れた生徒に、玄関の右側にスリッパがあると答えて。

 咳がひどくて別室受験に切り替えたいという親子の話しを伝達して。


「遅れてごめん昴君! かわるからお願い!」

 玲香ちゃんが息を切らせながら、きてくれてから。

 ようやく降車の終わりそうなバスに向かっていく。


 前回の教訓で、回送前に忘れ物を確認させて欲しいと。

 バス会社にお願いしたからには、急がなければ……。



「失礼します! 車内確認します」

 運転手にあいさつして。

 僕が車内に乗り込もうとしたところ……。



「部長!」

「え?」

「忘れ物なし!」

「えっ?」

「部長、次の指示はなに?」

「ええっ!」



 ……と……都木とき先輩?



「えっ、美也みやちゃん?」

「美也ちゃん!」

「きたの?」

「ホ・ン・ト・に?」

「やっぱりきたのね……」



 間違いない、一台目のバスの中から。



 『受験生』のはずの……。




 都木先輩が、あらわれた。





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