第4話:ゴブリン掃討戦(ビジターゲーム)、プレイボール
翌日。
闘技場都市ベースリアが、その名の通りの熱気に包まれていた。
円形の巨大なコロシアム(スタジアム)は、朝から多くの観客で埋め尽くされている。
「うわぁ……」
選手控室(ダッグアウト)から闘技場(フィールド)を見上げた慎吾は、その空気に圧倒された。
まるで、首位攻防戦のビジター球場に乗り込んできたかのようだ。昨日感じた、あの強烈な「アウェイ」の洗礼が、今日はスタジアム全体の敵意となって自分たちに突き刺さっている。
「『エラー娘』は引っ込めー!」
「金返せー! そんな試合(たたかい)見に来たんじゃねえぞ!」
ビジター球場名物(?)とも言える容赦ないヤジが、リゼッタの耳に届く。彼女は昨日までの自信が嘘のように、青ざめた顔で剣の柄を握りしめていた。
「(ダメだ、完全に呑まれてる……。高卒ルーキーが、いきなり一軍(ここ)のビジター戦で初登板させられたみたいだ。ビジターの洗礼ってレベルじゃない。完全にアカンやつだ)」
慎吾が声をかけようとした、その時。
『さあ、まずはエキシビションだ! 我らがベースリア最強のチーム、「アイアン・ブルズ」の登場だァーッ!』
スタジアムDJのような大音声と共に、バルガス率いるチームが闘技場に入場する。
観客のボルテージは最高潮だ。
「ルールは簡単! 制限時間内に、放たれた10体のゴブリンをどれだけ早く、どれだけ『エラーなく』討伐できるかだ!」
ゲートが開き、ゴブリンたちが棍棒を振り回しながら飛び出してくる。
「行くぞ、テメェら!」
バルガスが吠える。
「「「オウ!!」」」
バルガスの仲間である重装の盾役(キャッチャー)と、軽装の弓兵(ピッチャー)が完璧な陣形(フォーメーション)を組む。
盾役がゴブリンの攻撃(バット)をすべて受け止め、弓兵が的確に急所を射抜く(ピンポイントに投げ込む)。そして、空いた隙(エラー)をバルガスが金属バトのような大剣で粉砕(クリーンナップ)する。
完璧な連携(チームプレー)だ。
個々の能力(ステータス)も高いのだろうが、それ以上に、役割分担が完璧だった。まるで往年(おうねん)の「アライバ」コンビのような、鉄壁(てっぺき)の二遊間(にゆうかん)を見ているようだ。
わずか数分。
10体のゴブリンは、一方的な「試合(ゲーム)」の末に全滅した。
『す、すげぇー! まさにパーフェクトゲーム! エラーゼロだ!』
「ワァァァァ!」という大歓声の中、バルガスがゆっくりとこちらを振り返り、親指を逆さにしてニヤリと笑った。
「見ろ、道化師。これが『一流のチーム』だ。お前らの『エラーだらけの個人芸』じゃ、こうはいかねえよ」
「……っ」
リゼッタが息を呑む。
『さあ、続いては注目のルーキー、『エラー娘』リゼッタと、謎の監督(マネージャー)山田慎吾のコンビだ!』
「(山田慎吾って、俺の名前……いつの間にバレたんだ)」
記者席でパティが「がんばれー!」と大きく手を振っている。どうやら情報源(リーク元)は彼女らしい。
「リゼッタさん」
慎吾は、闘技場に足を踏み入れようとする彼女の肩を掴んだ。
「え……?」
「ビビるな。観客(ヤジ)は全部無視しろ。聞くのは俺の声(サイン)だけだ」
「で、でも……あんなの見せられたら……」
「関係ない。俺たちは俺たちの『戦い』をやるだけだ。昨日、俺が教えたこと(フォーム)、思い出せ」
慎吾は、社会人時代に培った「はったり」全開の笑顔で、彼女の背中をポンと叩いた。
「行ってこい。エラーしたって構うもんか。全部俺がカバーしてやる」
「……はい!」
リゼッタが闘技場の中央に立つ。
ゲートが開き、今度は昨日より多い、12体のゴブリンが放たれた。明らかにハンデだ。
「(……クソったれ、舐めやがって。先発が炎上した後の、敗戦処理みたいな扱いじゃないか)」
慎吾が眼鏡(かけてないが)の位置を直すフリをした、その瞬間。
——視界が、切り替わった。
『監督の視点(マネージャーズ・アイ)』が発動する。
> 【選手:リゼッタ】
> * 状態: 緊張(強)
> * エラー(懸念): フォームが開きかけている(昨日修正した箇所)
>
> 【敵:ゴブリン(12体)】
> * 陣形: 散開(連携なし)
> * エラー(弱点):
> * ゴブリンA:突進(前のめりすぎ=頭が突っ込むクセ)
> * ゴブリンB:棍棒(大振りすぎ=テイクバックがデカい)
>
「(……見える、見えるぞ!)」
相手のエラーも、味方のエラーも、すべてが「データ」として流れ込んでくる。
「試合開始(プレイボール)だ!」
ゴブリンたちがリゼッタに向かって一斉に突進する!
「ひっ……!」
リゼッタが、バルガスの戦い方を真似しようと、無謀にも大剣を振りかぶろうとする!
「違う! 大振り(フルスイング)するな!」
慎吾の怒号が飛ぶ!
「昨日を思い出せ! 脇を締めろ! 狙うは一番右(アウトコース)の、頭が突っ込んでるヤツだ!」
「!」
リゼッタがハッと我に返る。
彼女は言われた通り、大きく振りかぶるのをやめ、脇を締めたコンパクトな構え(フォーム)に切り替えた。
突進してきたゴブリンAが、棍棒を振り上げる。
「(今だ!)」
「踏み込め! 腰で回せ!」
リゼッタの体が、昨日何百回と繰り返した動作をトレースする。
軸足にタメを作り、腰を鋭く回転させる。
カキィィン!
スタジアム中に、信じられないほど澄んだ快音が響き渡った。
リゼッタの剣は、最小限の動きでゴブリンAの棍棒を弾き飛ばし、そのままがら空きになった胴体を完璧に捉えていた。
「え……?」
リゼッタ自身が一番驚いている。
ゴブリンAが光の粒となって消えるのを、観客たちも、あっけにとられて見ていた。
「……ま、まぐれだろ」
「エラー娘が……?」
「止まるな! 次、左から二番目!」
慎吾の指示(サイン)は止まらない。
「そいつはテイクバックがデカすぎる! 懐(インコース)に潜り込め!」
ゴブリンBの棍棒が、リゼッタの頭上を「ブン!」と空振りする。
そこへ、リゼッタがまるで予知していたかのように踏み込み、コンパクトな一撃を叩き込んだ。
スパァン!
「す……すごい……」
リゼッタの動きが変わった。
昨日までの、やみくもに剣を振り回す「エラー」だらけのフォームではない。
相手の「エラー」を的確に突く、洗練された「打撃(バッティング)」だ。
「いけ……いけるぞ!」
慎吾が拳を握りしめた、その時だった。
「グルルルァァァ!」
残りのゴブリンたちが、明らかに動きを変えた。
バラバラだった陣形が、一体を「囮(おとり)」にし、残りがリゼッタの死角に回り込もうとする。
「(連携(チームプレー)だと!? しかも、送りバントみたいな動きで……!)」
ウィンドウの表示が切り替わる。
> 【敵:ゴブリン・リーダー(指揮)】
> * 行動: 連携攻撃(ピンチ)
> * リゼッタ(エラー): 背後(死角)への対応不可
>
「リゼッタ! 後ろだ!」
慎吾が叫ぶが、リゼッタは目の前のゴブリンに集中しすぎている。
(まずい!)
棍棒が、リゼッタの無防備な背中に迫る。
万事休すかと思われた、その瞬間。
「(待てよ……エラーが多いのは、ゴブリンも同じはずだ!)」
慎吾は、死角から迫るゴブリンの「エラー」を必死で探した。
> 【ゴブリンD(背後)】
> * エラー: 攻撃に集中しすぎ(足元ガラ空き)
>
「リゼッタ! 飛ぶな! その場で伏せろ(ヘッドスライディングだ)!!」
「ええっ!?」
リゼッタは、意味も分からず、咄嗟にその場に伏せた。
彼女の頭上スレスレを、背後のゴブリンDと、目の前のゴブリンEが振り回した棍棒が交差し、互いに激突した。
「「ギッ!?」」
同士討ちだ。まるで、外野フライでセンターとライトがお見合いして、ポテンヒットにするみたいだ。
「今だ! 起き上がってそのまま回転(アッパースイング)!」
リゼッタが、伏せた体勢から回転しながら立ち上がり、剣を振り抜く。
体勢を崩した二体のゴブリンを、一刀両断にした。
「……やった」
「……やったぞ!」
スタジアムは、水を打ったように静まり返っていた。
「アイアン・ブルズ」が見せた「完璧な連携(チームプレー)」とは違う。
だが、監督(マネージャー)の「完璧なエラー分析」による、ギリギリの采配(ゲームメイク)。
ギルドの受付嬢エルミナが、眼鏡の奥の瞳をわずかに見開いて、手元のスコアブックに何かを書き込んでいる。
バルガスが「馬鹿な……」と絶句していた。
「(あと、6体……! これはポジっていい展開だ!)」
慎吾は、このビジターゲーム、絶対に勝てると確信した。
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