シノビガミシナリオ「Praying Player」SS集『Encore』
@bunbunguma
EP「罪の五線譜に音は無く」
1.デクレッシェンド
産婦人科の一室、ベッドの上で弱々しく息を吐きながら、女性は生まれたばかりの我が子を優しく腕に抱く。
「ねぇ恭一郎。この子が私たちの子供なのよ」
夫はおずおずと赤子を受け取る。
その小さな身体の齎す歓びの、なんと大きいことか。
僕達のもとに来てくれてありがとう
頑張ってこの子を産んでくれてありがとう
妻と我が子に対して感謝の気持ちでいっぱいだった。
涙が零れそうになりながら、これから父親になるのだというのとを実感する。
だが妻へと視線を戻した瞬間、あらゆる感動は胸の底に沈み込み、代わりにどっと焦りが吹き出てきた。
「美月……」
先ほどより見て分かるほどに衰弱している。
女性が出産後に衰弱しているのは当然のことだが、それにしても異常だった。
顔色は悪く、呼吸は極端に少ない。視線も何処か朦朧としている。
「美月!しっかりするんだ美月!一体何が…」
赤子を看護師に預けると、急いで脈拍を測る。
極端なまでに少ない。
出産中に異常はなかった。出血量だって平均的だったはずだ。
一体何が……
慌ただしくなる室内で、彼はこれまで感じたことのないほどの恐怖に襲われていた。
_______________________
あらゆる検査を行い、考えうる限りの手段を用いてもなお、彼女の状態が良くなることはなかった。
底の壊れた容器のように、彼女の命は刻一刻と失われていく。
どうしてこんなことになった?
神様を呪いたかった。
これから幸せな家庭が待っていたはずなのに。彼女は誰よりも母になることを楽しみにしていたのに。
徐々に生気を失っていく妻の側で、ただ手を取って祈るしか出来ない。
そんな自分が、何よりも情けなく憎かった。
「美月……お願いだから元気になってくれ……」
「恭一郎……」
その声にハッと顔を見る。妻は薄っすらと目を開けてこちらを見ていた。
「ごめんね……こんなことになっちゃって」
「謝らなくちゃならないのは僕の方だ。君のことを幸せにすると誓ったのに、僕は君のために何一つ出来ない……」
「ねぇ恭一郎……お願いがあるの」
彼女は弱々しい声で、しかしはっきりと口にする。
「私が死んじゃったらさ」
その先を聞いてはならないと思った。
「ダメだそんな……。弥生のことはどうするんだ!あの子には君が必要だ!」
だからどうか……。最後の方はもはや縋るような声になっていた。
妻は悲しげに微笑みながら夫の頬をそっと撫でる。
「私の代わりに、あの子のこと守ってあげてね」
その日の晩に、美月は亡くなった。
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