第10話 開戦

あれからも我々は時間の許す限り修行を続け、遂に、決戦当日の朝を迎えた。今日ばかりはカルメラ様マスターも寝ぼけていない。しっかり早起きして、既にゴブリン達と一緒に、朝食を取り始めている。修行のお陰で、寝起きでありながら肉体の状態パフォーマンスも良好だ。


(もう囲まれてるね)

〔ええ、カルメラ様マスターが目覚める30分程前から、ずっとこの状態です〕


既にこの村は、約3000のオーガの軍勢によって包囲されている。加えて、他と一線を画す力を持つ気配が3つある。気配はいずれも、SS級に至ったカイザーと同等か、それを上回る覇気を放っている。間違いなく、鬼だ。


(せめて、鬼達のスキルだけでもわからない?)

〔遠すぎて『解析鑑定ラーニング』ができません〕

(そっか・・・)

〔あの鬼達も問題ですが、それよりも今はカルメラ様マスターです。これから最強の鬼達との戦いになりますが、今のところ問題はありませんか?〕

(大丈夫!バッチリだよ!)


そういうカルメラ様マスターの手は、僅かに震えていた。ワタシでなければ気付けない程、僅かに。


〔―――緊張、しているのでは?〕

(うっ、バレたか・・・)

〔まあ、この後のことを考えれば、無理もありません。ですが、カルメラ様マスターは1人ではありません〕

(!!)

カルメラ様マスターとワタシの力があれば、どんな困難も突破できます。ですから、自信を持ってください!〕

(・・・ありがとう、ミカエルちゃん。心が軽くなったよ)

〔『相棒ですから、このくらい当然です』〕


そして、約束の時間が迫る。


「カルメラ殿!例の場所に3人の人影が現れた!あの覇気からして、間違いなく鬼だ!」

「とうとう来たか・・・」

「いよいよですね」


覚悟を決めたように、カルメラ様マスターは立ち上がる。


「皆!準備は良い?」

『応!!』

「今日の戦いは、途轍もないほど激しい物になると思う。でもこの戦いに勝って、今日この日を乗り切れば、皆は鬼達の支配から脱することができる!頭領達のことは任しといて!皆まとめてぶっ飛ばしてやるから!だから、この村のことは任せたよ!」

「カルメラさん達も、どうか無事で!」

「大丈夫!それじゃあ、行ってくる!!」

『行ってらっしゃい!!』


ゴブリン達に見送られながら、我々は『時空跳躍』を発動し、約束の場所へ向かった。


*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*


約束の場所には、カイザーの報告通り3人の人物―――鬼がいた。

驚くことに彼らの容姿は、それぞれ違いはあれど、人間にとても良く似ていた。頭の角が無くなれば、人間にしか見えないだろう。


「来たか」


中心にいた金髪の鬼が、話しかけて来る。


「お前か、茨木の部下達を可愛がってくれた小娘ってのは」

「小娘じゃない。カルメラだ。そういうあんたは、頭領の酒吞童子?」

「ああそうさ。あたしはここら一帯の元締め、酒吞童子だ。まあ、酒呑童子っつーのは『称号』であって、名前じゃないけどな」


〔『称号』?〕

(何か凄いことをした人に与えられる、勲章みたいな物だよ。それぞれ特別な力を持ってるんだって)

〔特別な力・・・〕


酒吞童子の覇気は、村を囲んでいた鬼とは比べ物にならない。後ろの2人と比べても大きな差がある。それ程の力に加えて、『称号』という謎の力まで加わるとは・・・分かってはいたが、強敵だ。


「どっちにしても、僕にとってあんたは酒呑童子だ。で、そっちの桃髪は副将?」

「そうだ。私が副将の茨木童子。先日の部下達の借りは、貴様の首できっちり返してもらう」


あの桃髪の鬼が副将か。この3人の中で一番覇気が弱いのが彼女だが、ワタシが一杯食わされた相手でもある。油断ならない。


「じゃあそっちのデカい人は、四天王筆頭かな?」

「ああ。四天王筆頭の星熊童子だ。まあ、どうせ死ぬから覚えなくてもいいが」


やはり最後の一際巨大な鬼は、四天王筆頭だった。見た目からしてパワーファイターだが、この男も称号持ちである以上、それだけとは限らない。


「しかし、約束通り本当に1人で来るとはね。そんなにあのゴブリン共が大事か?」

「友達を大事に思うのは、当然のことでしょ?」

「はっはっはぁ!友達? アイツらが? 笑わせてくれるじゃないか!」

「私達魔物は弱肉強食。強い者だけが全てを手にする。弱い者は、強い者に支配されるのみ」

「俺達に言わせればゴブリンなんて、道具みてぇな物だぜ」

「道具・・・!」


カルメラ様マスターの怒りが上昇する。


「・・・あんた達魔物が弱肉強食なのは良く知ってるし、僕もそれを否定はしない。けど、僕にとって皆は、大事な友達だ!これ以上、皆を苦しめることは許さない!」

「はんっ!許さないだと? ならどうする?」

「あんたらまとめてぶっ飛ばす!」

「やれるもんならやってみろ!あたしら3人を相手にさぁ!」


言うや否や、酒呑童子が背中の大太刀を抜き放つ。そして重心を低くし、カルメラ様マスターに肉薄してきた。


「おんどりゃぁぁぁぁ!!!」


酒呑童子が大太刀を横なぎに振るう。対してカルメラ様マスターも剣を抜き、大太刀による一撃を真正面から受け止めた。


〔ぐっ・・・!〕


2人が衝突した瞬間、凄まじい衝撃が大地を、空間を揺らす。あまりの衝撃に大地が耐えられず、足元の地面がひび割れた。しかし―――


「こんなもん?」

「なっ!?」


カルメラ様マスターはそんな中でも、涼しい顔をしていた。


「こ、これは・・・!」

「嘘だろ!? あんな小娘が、かしらの本気の一撃を受け止めた!?」

「私の部下達がやられている以上、警戒はしてたつもりだったが・・・」

「ああ、認識が甘すぎたな。正直かしら1人じゃ、ヤバかったかもしれねぇ」


茨木童子と星熊童子が、口々にそう言う。正直、ワタシもそう思った。


「おいお前ら!随分好き勝手言ってくれるじゃないか。だが、お前らの言う通りだ。一太刀交えてわかったが、こりゃとんでもねぇバケモンだ・・・!」

「化け物呼ばわりは心外だけど、僕に勝てないと思うなら、早く軍を退いてくれない? あ、村の人達への謝罪も忘れちゃダメだよ」

「村に向かわせた奴らのことか?―――はっ、お断りだね!確かに1人じゃ無理だが、こっちには3人いるんだ。何より、あたしらにも譲れないものがある。例え相手が誰だろうと、同胞に手を出した奴は絶対に叩き潰す!」


〔―――え?〕


「気合い入れろ、お前ら!」

「おうよ!」

「承知!」


酒呑童子の呼び掛けにより、茨木童子と星熊童子も動き出す。丁度そのタイミングで、鬼達の『解析鑑定ラーニング』も完了した。


カルメラ様マスター、敵のスキルが判明しました。ですが現状、報告している猶予がありません〕

(わかった。なら敵がスキル使った時に教えて。それでどうにかする!)

〔了解!っ、上です!避けて!〕


カルメラ様マスターがバク転してその場から離脱する。次の瞬間、先程までいた場所に、赤いトゲを生やした、太くまっすぐな茨が無数に生えてきた。


「な、何じゃこりゃ!?」

「ちぃっ!外したか!」


茨木童子が舌打ちする。


〔あれは称号『茨木童子』の力です。頭に思い描いた茨を実体化させ、自在に操ることができます。無論、制限はありますが〕

(何で茨!?―――あ、『茨木』だからか。って、そうじゃなくて!その茨って、どんなのがあるの?)

〔例えば、触れただけで燃える茨や、毒霧を吹き出す茨などがあります。どうやら今のは、ドラゴンの鱗越えの硬度を誇る茨のようです。加えて、棘に触れると爆発します〕

(こわっ!)


確かに恐ろしい攻撃だが、恐ろしいのは茨木童子だけではない。


「おらぁ!!」


今度は星熊童子が接近し、拳を思い切り振るってくる。カルメラ様マスターは即座に反応し、体を捻って躱した。拳の威力は凄まじく、余波だけで大地が割れてしまう。


「ヤッバァ・・・!ていうか、いくら鬼だからって力強すぎない!?」

「俺には『怪力』があるからな。俺に膂力で勝てる奴は、同じ鬼の中にもいねぇぜ!」


〔膂力だけではありません〕

(え?)

極上アルティメットスキル『怪力』。これは、怪異的・・・な力であれば何でも使えます。凄まじい剛力はもちろん、天へ昇る・・雷、四肢の再生、時空間の破壊、隕石の飛来など、もう何でもありです〕

(反則じゃん!)

〔お言葉ですが、カルメラ様マスターにだけは言われたくないと思いますよ? 何でもありと言っても、発動条件などの制限はありますし〕

(だとしても、これはヤバいでしょ!あんなの食らったら・・・!)

カルメラ様マスター、訓練を思い出してください。カイザーの『ゴブリン・バスター』は、どうやって止めましたか?〕

(っ!そうか!)


「次は外さねぇぞ!『山岳爆怪』!」


再び星熊童子が拳を振るう。しかも今度は拳に、時空に干渉する力と、拳から火山の噴火を起こす力が宿っている。

―――だが、無駄だ。


「これならどうだ!『蒼き守護騎士ブルー・ガーディアン』!」


カルメラ様マスターが左腕に蒼い盾を装備し、星熊童子の拳を真正面から受け止める。またしても拳の余波で大地が砕け、遥か彼方まで亀裂が走る。さらには火山の噴火も加わったことで、大地は赤熱を帯び溶けていた。それでも、蒼い盾と、蒼い盾に守られたカルメラ様マスターは、無傷だった。


「バカな!? 俺の拳を諸に食らって、無傷だと!?」

「隙だらけだよ!」


相手が混乱したところで、今度はカルメラ様マスターが、強烈な正拳突きを食らわせる。


「ぐぁ・・・!!」


うめき声を上げ、星熊童子は大地を削りながら後退った。だが、あまり効いているように見えない。


かったぁ!全力で殴ったのにあれしか、っ!」

「『居合・一文字』」


いつの間にか、酒吞童子が背後に迫り、大太刀を振り抜こうとしていた。彼女の手にする大太刀が、黒い炎を纏っている。あれはマズい!


〔しゃがんで!〕

(合点!)


カルメラ様マスターがしゃがんだ直後、黒い炎を纏った大太刀が横なぎに振るわれる。さらに、黒い炎を纏った斬撃が遥か彼方まで飛んでいき、木々を薙ぎ倒して黒く炎上させた。


「完全に隙を突いたと思ったんだがなぁ・・・」

「なんっじゃあれ・・・? 背筋が凍りそう・・・」

「良い勘してるじゃないか。今の斬撃に掠りでもしていたら、お前は消し炭になってたよ」

「消し炭!?」

「あたしの妖刀『地獄門』の力さ。『地獄門』から噴き出す黒い炎『終炎』は、正しく地獄の業火。1度燃え始めたら、あたしの意思で止めない限り、決して消えることのない炎。火の粉1つでも食らっちまえば、いくらお前と言えど骨まで焼き尽くされる」

「・・・!!」


〔加えてあの炎は、スキルの力が通用しないようです。『蒼き守護騎士ブルー・ガーディアン』でも防げません〕

(マジか!)


称号『茨木童子』、極上アルティメットスキル『怪力』、妖刀『地獄門』。体験したものだけでも、この3人が持つ力は常軌を逸している。『時空支配』を獲得した、今のカルメラ様マスターの命にも届きうる力だ。しかも相手は、まだ全ての力を発揮していない。どういう力なのかは既に判明しているが、それをどのように使ってくるかは未知数のままなのだ。


「さあどうする? カルメラ」

「くっ!」


数的有利と妖刀の力に光明を見出したことで、鬼達の志気が上昇し、巧みな連携を見せ始める。これは、想定以上に厳しい戦いになりそうだ・・・!





【後書き】

本作をご覧いただき、誠にありがとうございます!


遂に始まりました、鬼の頭領との戦い。いったいどうなるのか!?


このお話をより良いものとするため、皆様に楽しい時間をご提供するため、皆様のご感想をいただけると幸いです。


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