第6話 王女
社交の夜会から数日後、
俺は再び王城に呼び出されていた。
訓練場での実力試験、社交界での失態――
どちらも王都の人間にとっては格好の噂の種になっていたらしい。
「田舎者の勇者」「鍬を振るう大男」「舞踏会でドレスを踏んだ男」
……うーん、どの呼び名もありがたくはないな。
そんな俺に、王城からの呼び出しだ。
正直、処罰でも下されるのかと冷や汗をかきながら謁見の間へと向かった。
重厚な扉が開かれると、そこには王と、その隣に立つ一人の女性がいた。
王女――アリシア殿下。
黄金の髪を結い上げ、深紅のドレスに身を包んだその姿は、
まさに絵画から抜け出したような美しさだった。
だが、俺が息を呑んだのは、その美貌よりも、彼女の瞳に宿る光だった。
厳しさでも高慢さでもなく、柔らかく人を包み込むような光。
「あなたが勇者なのですね」
アリシア殿下は微笑みながら俺に歩み寄った。
俺は慌てて膝をつき、頭を下げる。
「は、はいっ!田舎者ですが……なぜか勇者に選ばれました」
周囲の廷臣たちがくすくすと笑う。
「田舎者と自分で言うか」
「やはり愚かだな」
だが、アリシア殿下はその声を無視し、俺の前に立った。
「顔を上げてください。勇者に選ばれたのは、神の御心。田舎者かどうかは関係ありません」
その言葉に、俺の胸は熱くなった。
王都に来てからずっと笑われ続けてきた俺に、
初めて真正面から「勇者」として接してくれる人が現れたのだ。
その後、殿下は俺たち勇者パーティーを庭園に招いた。
色とりどりの花が咲き誇る庭園で、殿下は俺たちに紅茶を振る舞ってくれた。
「セーラさん、あなたの癒しの力は素晴らしいと聞きました」
「もったいないお言葉です、殿下」
セーラは緊張しながらも微笑む。
「マリアさん、あなたの剣技には王都の騎士たちも驚いていました」
「え、ええ……まあ、勇者を守るのが私の役目ですから」
マリアは頬を赤らめながら答える。
「クリスさん、あなたの魔術の応用法は王立学院でも話題になっています」
「恐縮です。まだまだ未熟ですが……」
クリスは眼鏡を押し上げ、少し照れたように微笑んだ。
「ソフィアさん、あなたの弓の腕前は森の民にも劣らないとか」
「えへへ、ありがとうございます!」
ソフィアは無邪気に笑った。
殿下は一人ひとりに優しい言葉をかけ、緊張を解きほぐしていった。
そして最後に、俺の方を見た。
「そして……勇者様」
俺は思わず背筋を伸ばした。
「は、はい!」
「あなたの力には王都の誰もが驚いています。剣の型は未熟でも、大地を耕して鍛えられたその力は本物。私は、あなたを誇りに思います」
その言葉に、俺は言葉を失った。
王都に来てから、俺はずっと笑われ、馬鹿にされてきた。
だが、アリシア殿下だけは違った。
俺の力を、俺の存在を、真正面から認めてくれた。
庭園を後にする時、殿下は俺にだけ小さく囁いた。
「勇者様。どうか、自分を卑下しないでください。あなたは、あなたのままでいいのです」
その言葉は、俺の胸に深く刻まれた。
その夜、宿舎に戻った俺はベッドに横たわり、天井を見つめながら考えていた。 王都で笑われ続けた俺に、初めて差し伸べられた温かい言葉。
アリシア殿下の瞳に宿る光。
「……俺は、あの人のために戦いたい」
そう思った瞬間、胸の奥に炎が灯った気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます