第16話前半 始まりはすでに終わっていた
多分、私の性格って臆病で寂しがり屋だったんだと思う。
組織に保護された後、〝プレリュード〟というシミュレーション世界を使って組織の目的や必要な知識を学習した。
〝ラダル〟のようなギフトは〝プレリュード〟に反映できないので実践でニーナを相手に鍛えていった。
ニーナにボコボコにされたので休憩を挟んでいると、ニーナが水を持ってきてくれた。
「マナは体の使い方も銃もセンスがある」
水を受け取ると、彼女はそう言った。
お世辞をいえるほど器用な人ではないので本心なんだろう。
だから、褒められると嬉しかった。
「〝ラダル〟がなくともここまで戦えるのはすごいよ」
たまに、〝ラダル〟を使わない近接戦もやる。
まあそれはもっとニーナにボコボコにされてしまうわけなのだが、格上の相手にお世辞抜きで「すごい」と言われて悪い気なんかしない。
「じゃ、あと一本やって終わりにしよう」
喉を潤していた水をサッと取り上げられて、来いと手で言われる。
私はええー、と不満に声を上げて――不意打ちを突こうとニーナに飛び掛かったがひっくり返された。
仰向けで空を見ているとニーナが上から覗き込む。
「今の、一本にしてあたしの肩を叩くか、もう一本追加するか。どっちにする?」
さりげなく肩たたきをご所望している。
私は癪だったので「もう一本!」と丁重に断った。
…不器用で、でも私に必要なものを与えてくれる人。
彼女が認めてくれるからなにも怖いことなんかなかった。
過去のことを忘れたままでも。
未来がどうなろうとも。
一緒に生きて一緒に死ぬのなら。
この命の価値が捨て駒でも、なんとも思わない。
臆病で寂しがり屋な私のなかみは彼女のおかげで埋まったのだ。
でもそれなら。
私は新しく出逢った人たちの未来を望む資格はない。
彼らに望まれる資格もない。
それなのに。
この体に勝手に入ってきた、この不快な塊が。
勝手に体を動かしている。
間違っていることをしている感覚なのに。
どうして、止まれないのだろう。
―-――--――
ニーナから放たれる散弾を、オーウェンは軌道線を読んでブレードに当てていく。器用に弾き、そのまま距離を詰めてきた。
ニーナのPP-19-01 Vityazを切り飛ばす。
彼女はすぐにカーアームズP380に持ち替え、至近距離でオーウェンの胴体を狙う。
オーウェンは規格外のブレードの平面を盾にして防ぎ、グレネードの銃口を地面に向けて発砲した。
ゴッッ!!と土が吹き上がり、視界を悪くする。
オーウェンから繰り出される斬撃をニーナは全て回避する。視界が悪い中、回避に徹した後、彼女はカーアームズを一度しまった。
そしてオーウェンの動きを読んで懐に踏み込む。
ブレードを持つ彼の右手を抑え、彼の腹部に蹴りを入れる。
想像以上の重い蹴りにオーウェンは一歩後退する――が、瞬時にブレードを地面に突き刺して右手を空け、その手で彼女の胸倉を掴んで頭突きを喰らわせる。
しかし彼女の腕がそれを防御する。
防御した腕でオーウェンの頭を押さえ、片方の手でカーアームズを再び手に取り発砲した。
オーウェンは足先でブレードを蹴り上げてその銃弾を弾き、距離を取るため彼女に牽制を与える。
両者は相手の動きを読むために、いつでも再戦できる状態で一度止まった。
ニーナはオーウェンに銃口を向けたまま。
オーウェンはブレードを盾にしたまま。
純粋な肉弾戦は互角だ。
だが、オーウェンは自分が不利になったことを悟った。
「…。何人呼んだのでしょうか?」
〝ラダル〟やイルファーンのように明確な気配を感じたわけではないが、熟練された動きが近づくような、身体が危険を感じ取っていた。
ニーナは隠すことなく教えてやる。
「3人だ。他はアロンエドゥの基地を殲滅した後七草学園に向かうだろうから、30分程で他も来る。さすがのアンタでも、総勢39人の沈没都市所属の軍人を相手はしたくないだろ」
「ええ。全くですね」
冷静な受け答えをするが、彼の眉間には深い皺が一つ刻まれる。
〝ボア〟が情報操作して命令を下された沈没都市所属の軍人が3名、到着した。
暗がりからニーナへ声がかかる。
「コードをお願いします」
「nf1414972cf。あの男は反沈没都市武装組織の一人だ。――あとは任せる」
「コード、承認しました。速やかに我々が対処致します」
勝手に反沈没都市勢力にされたオーウェンは、やれやれと体勢を立て直す。
ニーナの後ろから二人の軍人がSIG MPXを構えて出てきた。
一人は暗がりで後援を務めるのだろう。
ニーナは徐々に下がり、ついに闇夜に消えていった。
七草学園の応援に行くつもりだ。
第一に、ペンギンサクタという少年の安否を危惧した。
オーウェンはため息をつく。
第一の危惧を思っても、軍人たちに背を向けて彼女を追うことはできない。
研ぎ澄まされた彼の精神に焦りは生まれないが、代わりに軍人たちを強く見据える。
「…あなた方はここにいていいのですか。今すぐ学校やウォームアースの住民を助けに行くべきだと思いますが」
至る所で爆発音と銃撃が聞こえる。
間違いなく意図して軍人たちは――
暗がりで後援を務める乾亮は、軍用ゴーグルの下で少し顔をしかめている。
それでも。
―---――
屋上の扉を開けた日色は、しばらく呆然と立ち尽くした。
目の前に広がるのはコンクリートの床と竹製のフェンスでもなく。
ましてや夜空もなかった。
春の色鮮やかな景色がそこにはあった。
青々とした草原に、乱立する杉林。
夜中だというのにどこからか日差しまで差し込み、杉を通り抜けて草原を照らしている。
花びらのように舞っているものは小さな蝶々で、日色の前をひらりひらりと横切る。
「日色!」
サクタの声にハッとして、すぐさま振り返る。
サクタと、見慣れない少女が迫っていた。
日色はトカレフTT-33を向け、とにかく発砲した。
いい加減な構えで当たるはずもなく、また〝ラダル〟で感知できるマナはサクタがへたに動かないよう抑えた。
4発ほど撃って、日色はふらっ、ふらっと後ろへ下がった。
彼の後ろに広がる景色を見てサクタは言葉を失う。
隣のマナがサクタを庇うように前へ出た。
「〝イリュジオン〟。幻覚を見せるギフトだって聞いてはいたけど、機能範囲が中々広いね」
これがギフトの力だと言われ、サクタは血の気が引いた。
「こんな…、現実離れしすぎだろ…」
「でも幻覚なのは確かだよ。一面の草原に見えるけど、屋上の形が変わったわけじゃない。見える通りに動いたら落ちて死ぬからあまり動かないように」
「わかった。…ギフトを使っている人も、どこかに潜んでいるのかな」
「多分ね。視覚は向こうに握られているから、私の〝ラダル〟で感知するには視覚以外の感覚に頼る必要がある。慣れない戦法は長期戦に向かない。なるべく早く終わらせるよ」
そう言って、マナは一歩進み出た。
すかさず、日色がまた銃口を向ける。
――が、速攻でマナの射撃により拳銃を撃ち飛ばされた。
「――っう、ひぅ――‼︎」
その衝撃に呻いた直後にはマナが懐に踏み込み、彼の太腿にツールナイフを刺しこんだ。
痛みにより前かがみになった日色の頭部に拳骨を落とし、彼はその場でうずくまる。
日色を無力化したらサクタが縛る――という手はずを打ち合わせていたので、サクタがサッと扉から出て自分のパーカーで日色を縛った。
「サクタ。入口に戻って」
縛っている最中、マナがある一点を見つめてそう言った。
サクタが彼女の視線を追いかけるとそこには。
杉林の中から、思わず見とれてしまうような美しい少女が歩いてきていた。
長い黒髪を二つのお団子にまとめ、彼らより年下だろうに妙な色香を漂わせている。
両手にマチェットに似た剣が無ければ妖精のように見えるくらいだ。
彼女の潤んだ唇にはある丸薬が咥えられ、それを口に含んだ。
マナはSIG M18を装填し、アセンションを飲む込んだハオを睨みつけた。
お互い存在は知っているが、直接対峙するのは初めてだ。
ハオも殺気立つ眼光をマナに向ける。
「…命令、違反。対象は、回収。――背に、庇っている、のは、なぜ」
短く区切ったその幼い話し方には明確な敵意が込められている。
確かに。間違っていることをしているのは、マナの方だ。
けれども、マナは〝ラダル〟によって視覚以外の感覚を強化させ、〝イリュジオン〟との戦闘に構える。
――ハオは刀身をくるりと回し、獣のような速さでマナに迫った。
沈没都市の軍人が使用する丸薬――アセンションを服用したハオにはある種の動物の特性を付与される。
速度としなやかさを見るに、恐らく豹だろう。
眼前に迫るハオ相手にマナが向けた銃口は――真横だった。
2発撃ち込むと、眼前のハオが途端に消えた。
マナが真横に撃った銃弾が幻覚の杉に当たると、人影がザッと通り抜ける。
それを見たサクタが息を飲む。
(正面から来た女の子は幻覚⁉︎)
〝イリュジオン〟の宿主はまだ姿を見せていなかったようだ。
マナは〝ラダル〟で視覚以外を強化し、嗅覚や聴覚、敵の動く風の動きを触覚で読み取っている。
戦法としてはうまくいったものの、銃弾が当たらなかったことにマナは内心舌打ちをしていた。
視覚を掌握されたまま、屋上いっぱいに広がる幻覚から〝本物〟の情報を全て読み取ることは不可能なようだ。
(宿主が近くにいるってことは、効力範囲は恐らくこの屋上だけ。寮に戻ればこの力は及ばないんだろうけど、下にはランがいる。へたにここから逃げてハオとランが合流されれば絶対に負ける。ハオはここで倒さないと――)
しかし、さきほどの銃弾は杉林――聴覚から感じ取った音としては、恐らくハオ自身が刀身で防いだのだろう。
攻防含めて、いずれマナの方が不利になる。
「サクタ‼︎君のギフトを使って‼︎」
「えっ、え⁉︎」
マナから唐突の要望にサクタは狼狽える。
マナはハオが近づかないよう威嚇射撃を続ける。
「前みたいに私に〝ブリッツ〟を使わせてって言ってるの!ギフトの効力を与えている屋上を激しく破壊できれば、〝イリュジオン〟の幻覚にもほころびが出るはず!」
「そ、それは――でもっ」
サクタはグッと奥歯を噛みしめた。
先日の〝ブリッツ〟とやらは確かに破壊力があった。それこそこんな屋上も、――襲って来た少女も黒焦げにできるだろう。
―――他に方法があるはずなのに――。
心の奥底でそう呟く自分の声が、ギフトの起動を邪魔しているとわかる。
そうこうしていると、相手の少女がマナの射程距離を殺して躍り出た。
マナも装備していたガーバーマークⅢでハオの斬撃を流して応戦する。
材質のレベルとしては同じ組織から配給されているものなので同格だ。
しかしリーチの長さと本数、薬による強化で力負けしてしまう。
それでも、マナの方が経験値は上だ。
ガーバーでハオの斬撃を受け流すと、そのままガーバーを捨てた。
意表を突かれたハオの腕を平手で弾き、胸倉を掴んで背負い投げをきめる。
猫のように着地するハオに間髪いれず腹部に蹴りを入れて杉林へと放った。
小柄なマナが力負けすることは慣れっこである。
かといって武器に固執や慢心など抱かない。
決め手となるサクタの準備が整うまで時間が必要だと判断したマナは、サクタからハオの距離を離して制圧することにした。
サクタは杉林に消えたマナに瞳を震わせながら、自分へのもどかしさに歯ぎしりした。
「…お前、ギフトまで持ってんのかよ」
縛り付けた日色から怖いくらい虚ろな声が漏れた。
しかし、そんな状態の彼に気圧されるほ、サクタも軟弱ではない。
キッと睨んで「だったらなんだよ」と彼にしては珍しく、低い声で言い放つ。
うずくまって、うつむいて。
アロンエドゥに蹴られた腹部。
掠った銃弾の傷。
マナに刺された太腿。殴られた頭部。
毒が広がるように体中が痛くなる。
誰かにぶつけなくてはと、身体が叫び始める。
そうでなければもっと痛くなることを知っているから。
そんな日色は堰を切ったように激しく叫んだ。
「ずるいッッ‼︎ずるいッッ‼︎ずるいんだよッッッ‼︎
お前は――お前らは‼︎
俺だってお前らと同じように賢い人間でいたかった!
助けてくれたことを返せるくらい‼︎優秀な人間でいたかった!
でもオレはここでは生きていけない‼︎ついていけない‼︎
オレなんかがいていい場所じゃないんだって言われてるみたいで‼︎」
日色は屋上の床に唾液と涙を散らせた。
日色の攻撃性にも暗い声にも気圧されなかったサクタだが、吐き出すように泣く友人の姿には圧倒された。
「オレが出て行ったって、誰も困らなかっただろ⁉︎
オレなんかいなくていいんだよ⁉︎
大きな願いなんて望んだことなんてないのに‼︎
なんでオレばっかり!
ゴミを食って生きる人生しか選べないんだよッ‼︎
なのにお前は頭も良くて、ギフトまで持っててッッ!
不公平だろ…ッッッ‼︎」
圧倒はされた。
日色なりの苦しみが、彼をここまで追い詰めたのだろう。
――だからといってサクタの怒りが引くわけがなかった。
「ここは――…、お前は助けてくれた場所だろ。
先生たちのことも、友達のことも――俺のことも…ッ、
忘れるくらいどうでも良かったのかよ!
こんなこと出来るくらい、俺達と過ごした時間はお前にとってそんなに憎いものだったのかよ‼︎」
堪らず、サクタは日色の胸倉を掴んで自分の方を向かせた。
お互い、怒りで身体がいっぱいになる。
相変わらず善良なままいられるサクタなんて日色にとっては悪にしか見えない。
言い表し難い毒に蝕まれる感覚をサクタは知らないんだろう。
それが堪らなく、許せなかった。
「しょうがないだろ‼︎
こういうやり方でしかオレみたいなのは生き残れないんだよ‼︎
お前らと違って…ッ‼︎
…サクタは!…一緒に内陸に行こうって言ったオレを断ったじゃないか!
役立たずのオレとは違うから…ッここに残ったんだろ?」
昂った怒りは頂点に達すると、怒りが絶望に変わって声が弱くなる。
「お前には沈没都市の恩恵を受ける価値があるからそんな風に生きられるんだよ。
実際に人の役に立つ力があるから誰かが認めてくれるんだろ。
オレだって――…、
オレだって好きでこんな身体に生まれたわけじゃない。
オレも…サクタみたいだったらこんなこと、きっとせずに生きられた」
俄然、怒りの収まらないサクタの眼光から目を逸らし、日色は振り絞って声を張った。
「たまたま恵まれたお前らになんでオレの生き方を否定されなきゃいけない⁉︎
お前らはたくさん持ってるんだから、少しはこっちによこせよ‼︎
それできっと、つり合いが取れるんだから‼︎
そうする権利が‼︎オレみたいな人間にはあるんだ‼︎」
サクタの怒りの熱さはますます上がっていく。
その怒りの方向が、日色がいなくなったあの夜の自分に向かったから。
日色が抱えていた毒に気づけたのはあの時の自分だけだったのに。
彼の身体は今、アロンエドゥの連中が吹き込んだ言葉に支配されている。
あの時の自分が彼に言葉を伝えていたのなら。
明日でいいか――なんて悠長な判断が結果的に彼を見放したことになった。
サクタは日色の胸倉から手を離し、彼の両肩を掴む。
怒り任せに声を荒げないよう努めて、日色の目線に自分を合わせた。
「俺は沈没都市で学んだこと、ちゃんと届けに内陸に戻るよ。
そう思えたのは、母さんが俺を守って、流未先生が俺を見つけて…お前が俺と友達になってくれたから。
今だって忘れられない。
ここが俺にとって宝物になった、あの時間が。
それなのに――…、
ずるい?しょうがない?恩恵を受ける価値?役立つ力?」
手遅れでも、今。
ここに自分がいるのなら。伝えるべきだ。
死んでも誰も困らないなんて思っていた彼の心に。
だから感情がせり上がって、結局声が大きく震えてしまった。
「そんなもの、一緒に過ごした時間の中で気にしたことなんか一度もなかったよ‼︎
壊すなよ‼︎
ここは――大事な友達ができた場所だ‼︎」
絶望に沈んだ日色の目にサクタが映る。
色んなものを拒絶したはずの身体が馬鹿みたいにサクタの言葉を受け入れている。
…それだけ、自分の存在を証明する言葉を彼の身体は欲していた。
溜め込んだ毒を誰かにぶつけるよりも、よっぽどその言葉の方が痛みを和らげた。
日色が力なく視線を落とす。
後悔と自己嫌悪がみるみると押し上がってくる。
「…もう、オレ、こんな…。引き返せない…どうしたら…」
サクタは涙をボロボロと流す日色の肩を支え、ひとまず屋上の入口まで連れて行く。
日色を座らせると、つられて泣いていた自分の涙を拭った。
「引き返せなくたって、このまま進ませない。さっきの女の子とこの襲撃は止めてみせるから、待ってて」
そう言って立ち上がるサクタを引き留めるように、日色はハッとして「さっきの女子、誰なんだよ⁉︎」と尋ねた。
「沈没都市の軍人か⁉︎あんな子供が!」
「あの子は俺達と同い年だよ」
「――え⁉︎」
目を見開いて驚く日色に、サクタは少しだけ笑みを見せてやった。
睨み続けても仕方ない。
今できることはもっと他にあるのだから。
そして、発砲音の聞こえる方を目指して幻の杉林へ向かった。
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