第1話 氷の笑顔
古びた木材の香りが漂う部室棟の階段を登り、踊り場の窓から差し込む柔らかな西陽に目をひそめながら、きみは文芸サークルの部屋の扉を開けた。そこに、ひとりの男が背を向けて立っているのを見とめた。背は高く、髪は長い。
男が振り向く。
目の覚めるような色白の肌。薄い唇。繊細な長い黒髪の下からのぞく切れ長の目に、きみは息を飲む。小惑星にへばりついた氷のように冷たい視線。きみは背筋を凍らせる。
次の瞬間、氷の目はやわらかなものへと変わる。愛情に満ちあふれたような無防備なまなざしがきみに向けられる。
「いらっしゃい。新入生? 入部希望だったりする?」
力のゆるんだ顔つきで、男は話し始めた。先ほどの目つきは何だったんだろう? そんな疑問を心の奥に押し込んで、きみは話を始める。
「文学部一年の金城葵です。新入生のレセプションで興味を持ちまして、ここに来ました」
「硬いよ」
彼は言った。
「えっ」
「リラックス、リラックス。そんなに緊張しないで」
男の白く長い指がきみの肩にふれたとき、きみは心臓の高鳴りを確かに感じる。
「金城さんと言ったね。もしかして、君は
「姉を知っているんですか?」
「同じ学校ではなかったけど、高校の時にボランティアサークルで一緒になったんだ。とても元気の有り余っている人だったね」
「姉がご迷惑をかけていたらすみません。あの性格ですから。馴れ馴れしかったでしょう」
「全然悪い気はしなかったよ」その
彼の顔をきみは見つめすぎていたのかもしれない。パチクリと瞬きひとつして、彼は見つめ返してきた。
「そうだ。自己紹介がまだだったね。僕は、安堂。安堂
彼が手を差し出してきた。利き手の左手を差し出しそうになるのを抑えながら、きみは反対の方の手を伸ばして、握手しようとする。
その瞬間、部室のドアが開き、にぎやかな声とともに四人の人間が入ってきた。
背の高い男が二人と、それより頭ひとつ分小さな女が二人。
それぞれカップルらしく、男女は互いに肩を組んでいた。四人はそれまで浮かべていた笑い顔を維持したまま、視線をきみに向ける。
「ん? この子は?」
背の高い男が言った。
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