Episode02「仲良し」

2ヶ月後──


学力試験が終わった教室は、いつもより少しだけ明るい気配に包まれていた。


答案が返ってくる緊張はまだ残っているけれど、とりあえずひと山越えた解放感のほうが勝っている。


机を囲んで談笑している声も、どこか浮き立って聞こえた。


僕は席につきながら、隣の學くんにそっと声をかける。


「まなぶくんは数学、大丈夫だった?」


すると、學くんは机に突っ伏したまま片手をひらひら振って、気怠そうに返す。


「…赤点は免れたけど半分ぐらい?まーた母ちゃんに怒られる~…はあ…」


苦笑しているうちにチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。


ざわめきが収まり、全員がなんとなく背筋を伸ばす。


「はい、試験もひと段落したところで――」


担任は手にしたプリントを軽く掲げた。


「来週からいよいよ文化祭が始まる。今日の6時間目のLHRでは出し物を何にするか決めてもらうからな」


その言葉に、教室が再びざわつきを取り戻す。


文化祭は僕ら一年A組の一大イベントだ。


受験を控えた三年生にとっては、実質的な高校最後のお祭りになる。


期待と不安と、面倒くささが入り混じった


独特の熱が漂い始めた。



◆◇◆◇


昼休み───…


教室でお弁当を広げた僕のところに、早速學くんが近づいてきた。


そのサラサラの髪が光を反射して、いつもの無邪気な笑みが眩しかった。


「ねね、ひとみ。学祭なにやるんだろね」


「うん、6時間目に決めるみたいだけど、まなぶくんはなにかしてみたいことって浮かんでるの?」


「やっぱ文化祭と言えば喫茶店じゃない?メイド喫茶とかやりたいな~」


「え、まなぶくんそういうの好きなんだ」


「そそ、なんならコスプレ喫茶のがいいかも!ひとみのセーラ服とか見てみたいな~」


「ぼっ、僕の?!僕、男だよ!?」


學くんの言葉に、僕は思わず声を裏返してしまった。


冗談だとわかってるのに、頬がカッと熱くなる。


急いで動揺を隠そうと、慌てて水筒を手に取って水を飲む。


學くんはそんな僕を見て、ケラケラと笑い声を上げる。


「でもひとみなら似合うと思うけどな~女装」


「それは絶対ないってば!」


「そうかなぁ~足だって細いし、ほっぺなんかプニプニで柔らかいし…」


そう言って、學くんは僕の右頬を指でつついた。


その指の感触がくすぐったくて、僕は思わず身をよじる。


「こらっ!つっつかないで!」


そんなとき、僕たちの会話を聞いていたのか、近くにいた男子ふたりが突然口を挟んできた。


「お前らほんと仲良いよな~」


「それ、仲良すぎってもはや兄弟って感じ?」


それに対して「別に普通っしょ」と、學くんが笑って返す。


それに被せるように、彼らはさらに続けた。


「なんかでも兄弟ってよりは、お前らって俗に言う…BLっぽくね?」


「まんまじゃん!」


そう言って、ゲラゲラと下品に笑い出す男子たち。


「び、びーえる……?」


僕は耳慣れない言葉に首をかしげた。


すると學くんが少し慌てた様子で


「ちょっ、ひとみに余計なこと吹き込むなって」


と男子たちを制した。


「つっても眸ってちょっと天然?入ってる感じだしなー」


「まぁそうだな~よくわかってないこと多いしな」


男子たちの発言に、僕は困惑しながら答えた。


「て、天然ってなに…?僕、人間だよ?」


当たり前のことを言ったつもりだったのに


僕の顔を見た男子たちだけでなく學くんまで、一斉に吹き出してしまった。


「え?なんでまなぶくんまで笑うの??」と首を傾げれば


ますます「やっぱり天然だ」と言われてしまった。


そうこうしているうちに、先生が入ってきて昼休み終了を告げる鐘が鳴った。



◆◇◆◇


6時限目―――……


いよいよ文化祭の出し物を決める時間になった。


クラス委員長が壇上から声を張り上げる。


「はい注目!これから文化祭の出し物について決めてくから、どんどんアイデアちょーだい!」


するとたちまち


「定番は喫茶店じゃない?」

「ならクレープ屋がいい!」

「もっとアトラクション的なのは?」

「ゲーム系なら脱出ゲームとか?」


といった提案があちこちで飛び交いはじめた。


そんな中、學くんが身を乗り出すようにして発言した。


「俺的にはやっぱコスプレ喫茶がいいと思うんだよねぇ、コンセプトカフェ的な?」


彼のその発言には何人かの男子が賛同の声をあげる。


しかし、すぐに一部の女子からはブーイングが起こった。


「えー!コスプレとか無理なんですけどー!」

「絶対男子が見たいだけでしょ!変態!」


そんな反発の声に、別の女子が続けて言う。


「でもでもメイド喫茶なら男子には執事してもらうのもアリじゃない?!なんてったってここにはクラス一イケメン・學くんがいるんだからっ!」


そんな反応に學くんは頭をポリポリかきつつ、困った表情で口を開けた。


「いやいや、執事はいいかなぁ」


それに被せるように「え~」と残念がる女子たち。


それを皮切りに再び、あれがいいこれがいいと盛り上がり始める一同。


議論が二転三転した結果、最終的に採用されたのは、意外なものだった。


『セーラー服組と学ラン組に分かれた女装&男装カフェ』


メイド姿の女の子に接客してもらえることがわかった男子たちからは歓声が上がり


女子陣からも


「男子がセーラー服とか絵面絶対おもろい」

「いいじゃん!学ラン着てみたかったんだよね~」


など肯定的な意見が多かったこともあり、満場一致で可決となった。


まさか男子がセーラー服を着ることになるとは。


僕はただただ呆然としていた。

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