アウト・オブ・コントロール

岩井喬

第1話【第一章】

【第一章】


 ガタイのいい男たちが森から駆け出してくるのを見て、ルディは背筋が凍る思いがした。

 ちょうど、鍬で畑を耕していた時のことだ。

 これは敵襲だ。この村は何者かの攻撃に晒されようとしている。


 もうすぐ、男たちを追い払った化け物たちが現れるに違いない。あれだけ力自慢の、大人の男たちでさえ逃げ帰ってきたのだ。間違いなく、おぞましい化け物が現れる。


「ルディ、ルディ!」


 父親の呼びかけに、ルディははっとして振り返った。


「無事か、ルディ! 怪我はないか?」

「だ、大丈夫だよ、父さん! でも、いったい何が起こったのか――」

「お前は家に入って、大人しくしてるんだ」

「分かった!」


 そう答えながらも、ルディは振り返りかけた身体を戻した。正面には、重苦しい甲冑を見に纏い、大剣を手に取る父親の背中がある。


「母さんの遺影は? 置いていけないよ!」


 大剣を背中の鞘に収めようとしていた父親は、ピタリとその動きを止めた。

 そしてルディに背を向けながら、苦しげな呻き声を上げた。父親のそんな声を聞くのは、ルディにとっては初めてのこと。否応なしに、恐怖感が湧き上がってくる。


「すまないな、ルディ。遺影を持っていくだけの余裕はない。もし生き残った者たちで村の移転を考えるなら、まだ希望はあるかもしれんが……」


 そんな父親の言葉に、ルディは絶望の淵に立たされた。

 母親は、農耕作業中に牛に体当たりされて死んだ。なんて呆気ないものかと、ルディは悲しみと同じくらい不思議に思った。


 大昔の文献を、村長に見せてもらったことがある。

 そこでは、農耕という作業は金属の塊や電気、空気循環装置などによって、人間がいなくてもよかったのだという。


 それほどの文明が滅び、生命の危険は多く、しかし唐突に人間だけがいなくなってしまったかのような世界。何故なのか。村人たちの間でよく交わされる会話の議題だ。

 それを聞くと、ルディはそこに理不尽という感情があることに気づかされる。

 どうにかもっと安全な生活を確保できないものかと、ルディはいつも考えていた。


 もしそんな機械があれば、自分たち人間が自然災害に襲われずに済むかもしれない。

 野菜や果物の生産力も上がるだろうし、この村をぐるりと取り囲む木々を伐採して開墾することだってできるかもしれない。


 今の自分たちに、それだけの力があれば。化け物を駆逐するだけの兵器を持てれば。

 そうすれば、もう誰も傷つかずに済むのに……!


「ルディ? ルディ!」


 はっとして、ルディは父親の顔を見返した。太陽の逆光で、黒々としている。


「上着の剣の鞘を放してくれ。これでは動けんよ」

「嫌だあっ!!」


 ルディは叫んだ。自分でも意外なほどの絶叫である。


「母さんも父さんも死んじゃうなんて、嫌だ!! 一緒に逃げよう? ドルゴが新しい裏道を見つけたんだ、そこを通って――」

「却下だ」


 あまりにも断定的な口調に、ルディは怯んだ。


「今回の敵は、どうやら知性を備えた機械のようだな。我々の装備では、とても相手にならんだろう。ドルゴの裏道も、封鎖されている可能性がある」

「で、でも!」


 ルディが何かを言いかけた。しかしこれ以上は、父親も息子の言葉に耳を貸すつもりはなかった。未練が募るばかりだと判断したのだろう。

 

「行くぞ、化け物め! うおおおおおおおおお!!」


 しかし、父親の大剣が化け物に接触することはなかった。

 その遥か手前で、光弾射出型自動小銃、通称・ビーム砲で父親は腹部を貫通され、そのまま上半身と下半身がばらけてしまったのだ。内臓の一部が、ルディの足元にまで飛んできた。


「と、父さ――」

「何やってんだ、馬鹿野郎!!」


 四つん這いになったところを、ルディは誰かに抱えられた。


「なっ、なんだよ? 放せ! 放してくれ! 父さんは? 父さん!」

「黙ってろこの野郎! このままじゃ俺たちだって殺されるぞ!」


 その声に、ルディは相手がドルゴだと分かった。この村では有名な悪童だ。

 唐突に、ルディはばしゃりと田んぼに放り出された。

 突然の出来事に、ルディは口内の泥を吐き出すのに必死になった。


「おいルディ! そこから動くんじゃねえぞ! 俺は他の生存者を探してくる! 動いたら承知しねえからな!」


 ルディは一瞬、ドルゴの言葉に呆気にとられた。まさか乱暴者のドルゴが、積極的に人助けをしようとしているとは。

 しかし動かずとも、ドルゴの活躍ぶりはよく見えた。田んぼや家屋(木製で、藁で屋根を編んでいる形のものだ)から、生存者を引っ張り出そうとしているのが。


 しかし、全員を救出するにはあまりにも時間がなさ過ぎた。

 一旦ルディの下に戻ったドルゴは、ルディの肩を掴んでこう言った。


「俺が囮になる。この畦道の反対側に敵を誘導するから、お前は俺が救出できなかった住民をこの田んぼに運べ!」

「えっ……、でも僕、そんな力持ちじゃ……」

「うるせえな馬鹿野郎! 誰かがやらなきゃならねえことだ! 俺は行くからな!」


 そう言い残して、ドルゴはひとっ跳び。田んぼの真ん中から隣接する家屋の陰へと移動した。まるで魔法を行使したかのように見えた。

 二回目の跳躍で村の中央通り飛び出したドルゴ。彼は目くらましの火炎弾を懐から取り出した。それを、避難してくる皆の頭上を越えて投擲。


 高火力の火炎弾の働きで、僅かに木々が焼けて倒れていく。

 そこに浮かび上がった敵の姿を見て、ルディは恐怖のあまり失禁しそうになった。


 一言で言えば、骸骨だ。それが今、四機編成でこの村を蹂躙しようとしている。

 真っ赤な眼球、骸骨と呼ぶには強力すぎる外部装甲。決して歩みが速いわけではないが、かといって緩みのない歩幅。


「頼むぜ、ファリー!」


 寝転がって、再び大声を立てるドルゴ。爆炎や爆風の中で、彼の声は、次の担当者に切り替わっていた。


「分かってるわよ、黙ってらっしゃい!」


 あまりに近くで声がしたので、ルディは驚くやら怖がるやらで半ばパニックになりかけた。しかし、その人物の声が自分に向けられたことで、僅かながらの安心感を得た。


「ルディ、生きてるなら返事して!」

「あ、ああ……、大丈夫だ!」

「しばらくそこに隠れてなさい! でないと、あんたごと弓矢で射るからね!」


 この声の主は、ファリーだ。よくドルゴと口論している、いわば喧嘩友達。若くても戦えるようにということで、村の道場に出入りしているのをよく見かける。

 中でも彼女が秀でているのは、弓矢による遠距離攻撃だ。剣や打撃武器を使う攻撃に比べて、威力は低くなりがちだが、重めに設定した矢じりと正確無比な命中率で皆を援護してくれる。


 四機の敵のうち、大人たちの奮闘とファリーの攻撃で、二機は倒された。僅かに残骸が光を発しているところを見ると、やはりこいつらは金属生命体のようだ。


 金属生命体。それは、旧世紀の人類が開発したと言われる戦闘用機械のことを指す。逆に、非金属生命体は、地球に元から生息していた化け物だ。

 どちらも狂暴だが、非金属生命体の方がまだ友好的だ。少なくとも、村の中で数匹飼育される程度には。


 さて、残る敵の数は二機。これでは分が悪いと踏んだのか、二機は抱えていた自動小銃を素早く背中に格納。振り返って、ギクシャクとしながら森の中へ退散していった。


         ※


 死者九名、負傷者十七名。

 この規模の、すなわち二百人規模の村を基準に考えると、今回の被害は致命的だった。

 見回りをする男性たちも、子供たちを守る女性たちも。

 金属生命体に狙われている以上、この村の末路は見え透いたものとなった。


 いやいやそれよりも、とルディはかぶりを振った。

 最も心配しなければならないのは、自分の今後の身の振り方だ。どうしたものだろうか。


 ルディの両親は、今でこそ(母親はとうに亡くなっているが)村に馴染んで、皆に親切にしてもらっている。元々は、希少な金属の売買を行うことを生業にしていたという。早い話が流れ者だ。

 

 そんなことを考えていると、村長が口を開いた。

 そうだ、今は全村を上げての、対策会議の途中だった。


「突然ですまんがの、今から名を読み上げる者たちには、起立を願いたい」


 呼ばれたのは四人の名前。その中に自分の名前があったのを見て、ルディは慌てて立ち上がった。それだけでも、自分の膝が震えるのが分かった。


 夕闇の中を、村長を先頭に歩いていく。後ろにドルゴがいてくれたのは助かった。彼に支えてもらえなかったら、足元が覚束なくなって田んぼに倒れ込むところだった。

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