5-10
「何?」
「ああいや、ごめん。何でもないよ。心配しなくてもすぐに帰って寝るから」
「そうじゃなくて」
桧和が目線を逸らして、手元で指を組む。先ほどの威圧感は消え、今はかえって小動物のようにか弱く見える。
「その。泊まれば? 今日」
思いがけない提案をする点は、姉妹で似たところか。
「……泊まるのは流石に迷惑にならないかな?」
「客室なんかいくらでもあるから。お姉ちゃんもいいって言うだろうし」
それに、と桧和は続けて、
「上手くいってないんでしょ。色々」
ぐさり、と突き刺されたような痛みが胸を襲う。
聡明とはいえ、桧和はまだ子供だ。そんな子供に今の状況を察せられ、気を遣わせている。今生じている自分の異常さを全て隠せるとは思っていなかった。こんな様子を樹に見られたのは偶然だが、そもそも豪雨の中出歩いている時点で、それを隠そうともしていなかったのかもしれない。そうなのだとしたら、迷惑な話だ。結果こうして、職人が顧客に心配されるという何とも無様な図が完成している。
分からずにいた自分自身の心境を、朗義は少しずつ自覚していく。
誰かに助けて欲しくて、彷徨っていたのではないか。
「……お見通しかあ」
「誰でもわかる。まあ、顔洗えば」
そうするよ、と言って身を翻し、大きい鏡で自分の顔を見る。
なるほど、これで心配されるなというのは無理な話だ。
青い印のついたノブを持ち上げて、冷水を顔に浴びせた。水が目の奥まで行き渡るよう入念に顔を擦って、手探りで側にかけられたタオルを取る。
唇から血色は失われ、目はまともに開かないままだが、目は覚めた。
浴槽の掃除を続ける桧和を背にリビングへと戻ると、樹がティーカップの乗ったトレイを両手に乗せていた。
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